勇気を出して、その暖簾をくぐれ!一見客だからこそ行くべき老舗酒場/荻窪「鴻金」lj
年がら年中、酒場へ訪れているので、大抵の酒場には順応できると思っている。「大抵」というのは、店先が明るく中もよく見えるチェーン酒場は含まず、築50年は経つであろう古い建物の大衆酒場のことを言う。
例えば──「シブい酒場がある」という噂を聞きつけてやって来てみると、闇の中におぼろげに灯る赤提灯と、中の様子は一切分からない引き戸の入り口が待ち構えていた。
色褪せた暖簾(のれん)は掛かっているが、店先の看板は点け忘れたのだろう、シン……と静まり返っている。入りづらい……そもそも営業しているのだろうか……今日のところは、一旦引き上げようか。いや、ここまで来てそれはないだろう……などと、その圧倒的な外観に、未だ尻込みをしてしまうことがある。
いざ、勇気を出して中へ入ってみると、小さな店内には数名の常連客。テーブルでは年配の男性客がテレビの相撲を観ながら静かに酒を飲んでいる。カウンターの客は、店の大将と談笑している。無表情の女将さんが私に気が付き、一瞬、間をおいてから「……カウンターへどうぞ」と言って席に座らせる。
はじめて訪れる古い大衆酒場ではよくあるこんな空気にスッとなじめる肝っ玉の持ち主は、そうそういないだろう。理想的なことを言えば、「遊びに来た」ような気軽さで酒場を訪れたいが、なかなか、難しいのである。
そんなある夜、中央線沿線の荻窪を訪れた時のこと。
久しぶりに荻窪で一杯やりたいなとやって来たが、行こうと思っていた酒場にことごとくフラれる。この際、ラーメンでも食べて帰ろうなどと思いつつプラプラと歩いていると……おや?
ラーメンと文豪の街・荻窪で見つけた老舗酒場
久しぶりに荻窪で一杯やりたいなとやって来たが、行こうと思っていた酒場にことごとくフラれる。この際、ラーメンでも食べて帰ろうなどと思いつつプラプラと歩いていると……おや?
建物自体は割と新しいが、暖簾を見ればその歴史が分かる。少々長めのウグイス色の暖簾に、どことなく〝玄人感〟を感じる……これは〝明るい雰囲気だけど入りづらい〟稀なタイプである。
灯りはあるが、中の様子が外からでは分からない。長年のカンからすると、この荻窪で長らく営業をしており、客は常連ばかり。寡黙だが腕の確かな大将と鉄火肌の女将さんが店を回し、そこに一見客の入る隙間などはない……そんなカンを働かせていると、なかなか入る勇気が出てこない。
それでも、やはり気になり、思い切って長暖簾を引いて中へと入ってみた。
「はーい、いらっしゃーい!」
元気な女将さんの声と共に、そこには“ちょうどいい”雰囲気の店内が広がっていた。団体客用の大きなテーブル、ネタケース付きのカウンター、片方の壁には木製の品札が並び、落ち着いた和風照明がすでに居心地のよさを演出している。
幸運なことに(?)客は常連らしきマダムひとりのみだ。目立たぬように、カウンターの端に座り、まずは酒場のお作法。女将さんに酒を頼む。
一見客の私が突然「日本酒のいいところを!」などと言えない。はじめての酒場では瓶ビールに限るのだ。
グビッ……グビッ……グビッ……、小グラスに注いだ麦汁がみるみるうちになくなる。この一杯がはじめての酒場の緊張を和らげてくれるのである。
焼き鳥のおいしさに名店だと確信。牛カルビもたまらない!
そこへ同時に頼んでいた焼き鳥、地鶏ひなどり、つくね、鳥皮、豚レバの面々が熱々のうちにやってきた。
タレの鳥皮と豚レバの見事な照りったらない。鳥皮はちょうどよく表面がカリカリに仕上がり、上品な脂がスッと喉に落ちる。ボリューミーな豚レバは、サクッとした歯触りとレバ特有のギュッとした旨味がたまらない。
「ウチのつくねは、自動的に塩なの!」という女将さんの宣告通り、焦げ目の鮮やかなつくねは、ムッチリと肉々しい食感が素晴らしい。そして焼き鳥屋の顔とも言える地鶏ひなどりは、引き締まった身からたっぷりの肉汁があふれる一品。ああ、私は今間違いなく、焼き鳥をおいしくいただいていると実感する。
「ちょっと待って! ごめんね、ワンオペだからさ!」
焼き鳥のおいしさに名店だと確信した私は、いっちょ前に料理を追加……まさしく鉄火肌の女将さんの大きな声に一瞬怯んだが、なんだか心地いい。もちろん、いつまでも待ちますとも!
「ゆっくり飲(や)ってもらうと助かるんだけどね、あはは!」
そう言って目の前に出されたのがイカワタルイベだ。メニューにあったら必ず頼む、私の大好物である。イカの軟骨がコリコリと小気味よく、次第に口になじんでいくとワタのほろ苦い旨味が、じんわりと口中を駆け巡る。やはり、旨い。
チビチビと酒を楽しんでいると、ひとりの女性客が入って来た。
「あとね、3人来るから」
「ええっ!? 連絡ないじゃーん、予定が狂っちゃうよ!」
どうやらこの日は女将さんひとりで店をまわす予定だったらしいのだが、次々に客が入って来たのだ。女将さんは苦笑いをしつつ、
「まさか、こんなにお客さんが来るなんて……ねぇ?」
「すごい繁盛してますね」
「なんで今日に限ってこんなに……表の電気、消そうかな?」
「いやぁ、それでも飲ん兵衛なら入って来ますよ?」
冗談めいて、なぜか毎回私に話を投げかけてくれる女将さん。私もそれに笑顔で応えるのだ。気がつけば、常連客でいっぱいの店内。普段であれば、いづらくなってしまうのだが、ここはなんだか違う。なんなら、もっと客であふれて盛り上がってほしい、とさえ思えてきたから不思議だ。
じっくりと待っていた和牛カルビ焼がやってきた。なんと「待たせたから一枚おまけね!」といただいたのは、いかにも高級肉感があふれる和牛が6枚。
一緒に小皿のタレを渡しながら、「塩コショウを振ってるけど、このタレつけてみて!」というので、その通りにいただくと、これが旨いのなんの! 醤油とごま油とにんにくを合わせたタレなのだが、ミルキィで柔らかく、肉汁たっぷりの和牛に、このサッパリとしたタレが絶妙な組み合わせだ。
「和牛カルビの味、どう?」
「めっちゃ旨いです!」
「待ったかいあった? あはは!」
すごく忙しそうにしながらも、やはり何度も私に話しかけてくれる女将さん。……もしかして、私に好意があるのかしら? なんて、勘違いさえしてしまう親しみやすさだ。
『♪チャ~~~~、チャラララララ~……』
突然、「男はつらいよ」のテーマソングが店内に流れる。その音の元は、女将さんのスマホの着信音。電話に出た女将さんは、電話の向こうに「事の顛末」を話し始める。
「よかった、タクシーで来てくれるって!」
改めて店内を見渡すと、いつの間にか満席状態。実は自宅で休んでいた旦那さん(店の大将)に、応援のお願いをしていたらしい。「着替えてからだから40分くらい? ウチの旦那見ていってよ!」と女将さんが言うので、残った酒をチビチビと「時間稼ぎ」しながら飲むことに。
はじめにいた常連のマダム客は、当たり前のごとく他の客の配膳などを手伝っている。私も手伝わないといけない雰囲気ではあるが、所詮「一見客」の私にはその度胸などない。
一見入りづらいけど、また遊びに行きたくなる店
こんなにも働き者の女将さんは、さらに昼間は近所の中華料理屋でお手伝いしているというパワフルさ。まだまだ、ここで女将さんと話をしたいが、旦那さんがやって来る前に、他の客へ席を渡すことにしたのだ。
そして店を後にする際、女将さんにこんな言葉をかけられた。
「また遊びに来てくださいね!」
「遊びに来い」だなんて、酒場でこんな風に見送られるのは初めてだし、何だか無性に心へ突き刺さった。
店を出て、振り返ってもまだ見ている女将さん。忙しいはずなのに、私が見えなくなるまでお見送りをしてくれる女将さん。
こんなのが、常連客になる瞬間かもしれない……と思いつつ、またきっと「遊びに来る」ことを固く誓うのであった。
鴻金(とりきん)
住所: | 東京都杉並区上荻1-16-14 |
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TEL: | 080-6697-8332 |
営業時間: | 17:30 - 23:00 |
定休日: | 月・日 |