山形「スズラン」東北人が改めて東北で飲る旅 山形編
高校卒業を間近の冬、ちょうど今くらいだろうか。友人らは次々に運転免許を取得すると、親の車を借りて連日のようにドライブをしていた。北は青森、南は宮城や新潟。地元の秋田から行けるレベルの範囲なら、ほとんど行ったと思う。
そのドライブの中で、ちょっと面白い企画をした。題して〝秋田美人は本当か?検証ドライブ〟だ。今までの機動力は自転車のみ、それが車に変わると外の世界を確かめてみたくなったのだ。
野郎5人で車に乗り込み、夜明けとともに企画がスタートした。検証方法は簡単で、車に乗ったまま女の子に近づき、すれ違いざまに男5人で目視採点をして立ち去るというもの。これを気が済むまで繰り返すのだ。
まずは午前中に青森の弘前に着いた。
「うーん、そうかそうか。なるほどねー」
続いて岩手の盛岡だ。
「あー、はいはい、そうきましたか」
次の大都会の仙台だ。仙台には〝日本三大ブス〟という不名誉な肩書があるが、どれどれ──
「Oh……」
今のところ、秋田美人は本当だったということが大いに納得できた。我々一行は、最後の山形へと向かう前に仙台市内の駐車場で仮眠を取ることにした。いくら若くて運転も交代してるとはいえ、金のない私たちは下道のみを走り続け、かなり疲弊していた。ちなみに、私はその時免許を取っておらず、友人らに運転してもらっていた。あの時は、大変ご苦労様でした。
いよいよ山形市内に入った。すでに日も暮れて、人気の少ない駅前周辺をひたすらグルグルと採点し続けた後、秋田への帰路へついたのだった。
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──それから二十数年後の私は、仙台から山形へ向かう仙山線の車内にいた。
そもそも山形駅に降りたことがない私は、この電車に乗るのもはじめてだ。いい意味でガタのきた電車のボックスシートで、最近話題の深夜ドラマ『#居酒屋新幹線』ならぬ『#居酒屋ローカル線』の始まりだ。
仙台駅で購入した楽天イーグルスのロゴが入った缶チューハイと、『うにとウニと雲丹 味くらべ弁当』を広げる。正直、旅でのこういう時間は何を食ってもウマいのだが、この弁当はちょっと様子が違った。
うめぇのなんのって! 三種類のウニがどれも濃厚で繊細極まりなく、駅弁とは思えないほどのクオリティ。さらにこのボリュームで、たったの1,350円という、今まで食べてきた駅弁では間違いなく一番なのは確かだ。記事内であまり酒場以外のことを勧めたりはしないのだが、ウニ好きで仙台に行く機会がある方は、必ず試してみることをおすすめする。
そうこうしていると、山形駅に到着した。二十年ぶりの山形は、とんでもなく暑い……いや、異常に暑かった。隣の秋田はあんなに涼しいのに……さすがは盆地。六月の中旬に訪れたのだが、間違いなく東京より暑かった。
ひとまず駅を出て、美人探し……いや、久しぶりの山形を散策しよう。駅を西に山形城、東に繁華街があるようだ。
むむっ、シャレオツ路地発見! 地方のこういうところ、結構好きなんだよな。
あー、こういう錆びついた外壁のデパート、懐かしいなぁ。昔はこんな感じのデパートはよくあった。
好きだなぁ……こんなモダン建築もあるのか。県庁的なものかと思ったら、立派な郷土資料館らしい。ちょっとお邪魔しよう。
芝生があまりにもキレイだったので、思わず裸足で寝っ転ぶ。芝生に裸足なんて何年振りだろう。ちょっと暑さが和らいできたと思ったら、近くを通りがかった叔母さまに「若い人はいいねぇ」と笑われた。もう四十二歳なんだが……急に恥ずかしくなったので、そろそろ大人らしく酒場を探しに向かうことにしよう。
ひゃあ、いい暖簾……
ゴクッ、ここもいいですねぇ……
山形さん、素敵な酒場が多いじゃないですか。ただ、こんな素敵な〝ザ・大衆酒場〟もいいのだが、気分的にもっと地方都市〝ならでは〟な酒場がいい。もっと、地元民しか知らないようなローカルチックな……んんっ!?
出たっ……こ、これですよ、こんな感じですよ! うんうん、帰省した初日に家族だけで行くような、そんな雰囲気だ。店先には〝山形県長野県人会 連絡所〟という、なんだか想像もできない立札が飾ってあるのもいい。
それも含め、いい意味で〝わちゃわちゃ〟した店先が、興味しか起こらない。『スズラン』か……やっと、見つけた。体が勝手に暖簾を潜っていた。
おほっ、店内も私好みのわちゃわちゃ感! それに、かなりの大箱とみた。右と左に分岐された経路が、ファミコン『がんばれゴエモン!』の〝迷路マップ〟みたいだ。通行手形……いや、店員さんが見当たらないが……ええい、左に十字キーだ!
うーむ、どっちだ……?
こっちか……いや、違うかも?
これは迷ったぞ、まったく酒座にありつけない迷路酒場だ!……とまぁ、こんな茶番をしていながらも、女将さんに出会うと酒座を案内されるのだ。いやぁ、迷路酒場最高。
「こちらへどうぞー」
完全個室だ! 三畳くらいの広さはあるだろうか、襖を閉めると密室感が半端じゃない。〝帰省した時に家族と行くような雰囲気〟……これはまさしくその通りの酒座だ。
畳に胡坐をかいてドカリと座り、よっしゃ、酒っこ飲んべ! まずは瓶で〝身支度〟しましょうね。
グビッ……グビッ……グビビビッ──ツゥゥゥゥうんめぇねが! めちゃめちゃ暑かったんだもの、そりゃうめぇはずだ。こんな時、ビールがウマいと思える味覚でよかったと心から思う。身支度は済んだから、東北山形の料理とヤッショ、マカショッ!
出たっ、『バイ貝煮付け』! 東北酒場では、よくお通しで出される珍味だ。秋田だと〝ツブ貝〟とも呼んでいたが、こいつがめっぽうウマい。貝殻ごと甘辛く煮た身を爪楊枝で引っ張り出してパクリ。じんわりと舌に響く、独特な甘さがたまらない。子供のころ、よく父親のこれを盗み食いしていたのを思い出す。
早くも高級牛『山形牛のにぎり』が降臨! 箸で持っただけで分かる高級感、さらに塩で食えと?……いいでしょう、望むところです! 半生の身に塩をチョンとして、勿体ぶりながら口の中へ……んまいっ、さすが山形牛! シャリが解けると共に、牛肉がスルリと舌の上に降りたかと思うと、旨味という思い出を残しつつ、そのまま消えてなくなった。これが1カンたったの300円なんて、この山形県長野県人会連絡所は一体どうなってるんだ。
ほほぉ……これが噂で聞く『山形牛入りメンチ』か。見た目の迫力が、ステーキが出された時とまったく同じだ。このガタイにして、箸を挿れてもなんら抵抗もなくスッと切れ、「あれ?」と箸も驚いている。そのまま持ち上げてみると……
重い……いや、このメンチ、とんでもなく重いっ! 身が詰まっているからか、それとも山形牛自体が重いからなのか……? その断面からは肉汁が滴らんとばかりに滲み出て……やばい、重すぎて箸が折れそうだ。一気に喰らいつく! ガツガツとした食いごたえに、高級な肉のあの旨牛風味がブワッと押し寄せてきた。これはウマい、ただただ、こんなウマいメンチが大好きだ。
最後に山形料理の代名詞、それが『芋煮』だ。そんな名物も、実は食べたことがあったような無いような、そんな記憶しかなかった。ただ、目の前にすると「あれ?」という、どこか懐かしい香り。手探りする気持ちで箸を挿れると、名前通りの立派な里芋がお目見え。
そもまま里芋にかじりつくと、ネットリとした里芋の舌触りに、東北特有の出汁があまり効いていない甘しょっぱい汁が、じゅわりと沁みている。あとはキノコと長ネギの素朴な味わいのみ……待てよ、思い出した。これって、ウチのおばあちゃんが週一で作っていた、あの鍋じゃないか!
「あの鍋って、芋煮だったのか……」
両親が共働きだったので、私は〝おふくろの味〟よりも〝おばあちゃんの味〟の方が思い出深い。馬鹿デカいアルマイト鍋に、いつも大量の鍋……いや、芋煮を作って食べさせてくれた。ずっと『きりたんぽ鍋』の仲間か何かと思っていたが、まさかこんなところで答え合わせになろうとは。
そんな芋煮を作ってくれたおばあちゃんも、昔はシュッとしていて秋田美人だった。だが最近、母親から送られてきた写真を見ると、『ピノキオ』の〝ゼペット爺さん〟にそっくりになっていた。
「鍋、でぎだがら、け」
「ちょっと、しょっぺがもしれねや?」
懐かしいなぁ……ここの芋煮を食べていたら、久しぶりにゼペット爺さんの芋煮、食べたくなってきた。
あっ、秋田美人といえば〝検証ドライブ〟で、山形の女の子はどうだったのかというのを言い忘れていた。
えーっと、まぁ……そうだなぁ、
ひとつ言えるのは、秋田男子は不幸だっていうこと。だってね、〝美人慣れ〟してるんですよ、ハイ。
味の店 スズラン(あじのみせ すずらん)
住所: | 山形県山形市香澄町2-10-5 |
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TEL: | 050-5872-8213 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 不定休 |