
命日、酒と家族と /秋田県土崎「まさご食堂」
上京してから、実家のある秋田には滅多に帰ることがなかった。理由は、若いころはとにかく新幹線代が高額だったこと(今もだが)。大人になってからは片道最短四時間もかかることだ。これを言い訳にするわけではないが、祖父祖母や親戚の死に目を見ることも出来なかったし、10匹も飼っていた猫の名前も4匹目以降は知らない。妹が妊娠したことも出産の一か月前に知った。
極めつけは、母親が危篤状態だと連絡があり、さすがにすぐ帰ろうとしたがちょうど地震の影響で東北新幹線が不通状態で帰ることがことが出来ず、なんとか飛行機を乗り継いで実家にたどり着いたころには時すでに遅し。この時ですら、母親と会うのは四年ぶりだったという、もはや地元でもなんでもなくなっていた気がする。
この後悔から、毎年必ず母親の命日には帰ろうと決め、それから三年間続けている。罪滅ぼしとは言わないが、帰ってきたらお墓に花を添え、それから妹と姪っ子を連れて食事をする。よっぽどのことがない限り、私はこの年一回の帰郷を続けていくつもりである。
そして、今年もその時期がやってきた。
昼過ぎに最寄り駅に妹と姪っ子が集合。そこから行きつけの花屋で花を見繕ってもらい、母の眠るお寺さんへ向かう。お墓を前に柄杓で水をかけ、花を添え、線香を炊き、三人並んで手を合わせる。時間にして五分もかからず「これだけのために……?」と前の私なら思っていたが、今は清々しい気分だ。
心が穏やかなまま、それから食事へ行く。これが結構楽しみなのだが、姪っ子がなかなかの偏食家で、毎回店選びに悩む。肉ひとつにしてもステーキはダメ、ひき肉や加工肉は大丈夫。魚も赤身はダメだがサーモンは大丈夫で、エビも生はダメ……といった具合で、エクセルで一覧表を作らないといけないレベル。まあ、子供の頃の自分を見ているみたいで、それもちょっとかわいいのだが。
前回は近くの寿司屋に行ってお好み寿司でお願いしたが、結局サーモンだけの桶が出来上がっただけでイマイチだった。それを踏まえての今回は……ここだ!
出ました、『まさご食堂』! 地元中の地元にあるこの食堂は、子供の頃から存在こそ知っていたが、実は行ったことがなかった。というのも、このすぐ近くにある『とんかつ太郎』という姉妹店の方が知名度があり、なかなか来ることがなかったのだ。
外観はトタン二階建てでかなり大きく、ちょっとした合宿所のようなビジュアル。
小さめの出入り口には、手書きで小さく〝食事処 お酒〟の間に〝まさご〟が記されている。中の様子がまったく想像できないのがいい。さっそく、三人並んで中へと急ごう。
うわっ、いいですねえ! 角張った外観から想像つかない、小上がりがメインの不規則な席の配置。小上がりの畳には極薄座布団、カウンターとテーブルはパイプ椅子で床は擦れていい具合のカラー。店の端の小上がり陣取り、まずは酒を頂きたい。
ひゃあ、やっぱり畳のテーブルに瓶ビールって画になるなあ。外からの太陽光をいっぱいに浴びた、黄金色の麦汁を、いざ流し込もう。
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、うまぁぁぁぁい! お母ちゃん、私を産んでくれてありがとう。産んでくれなければこの極楽を体験できなかったよ。そんなどうしようもない叔父さんの表情を写真に撮ってくれるのは姪っ子。「初めて叔父さんのことを撮った」というのが嬉しいじゃないか。
さあ、お墓参り後の食事だ。みんな、好きなのを食べてくれ。
「まずは、刺身の単品と……」
「あいすいません、刺身は〝夜の部〟の料理なんです」
「なんと……!」
ここに来て知ったのが、ここは昼間は一階で『まさご食堂』で夜は二階も含めた『居酒屋 風来坊』となる二毛作酒場だったのだ。おもしろいなあ、こんなところが地元にあったなんて、ずっと損している気分だ。それでは、昼の食堂メニューをいただこう。
まずは私の希望である『カツ煮』から。もうね、目の前に出された瞬間に「頼んでよかった!」って思える美しいビジュアル。カツ煮の〝丸〟の中心からだんだんと火が通っていくグラデーション。
しっとりとしたカツは、半分(中心部)はトロリとした玉子と絡み、もう半分は火の通った玉子焼きの様な食感。ロース肉も柔らかく、姪っ子にも勧めたがステーキと同じで〝肉の形状〟が残っているので断られた。
それじゃあと、姪っ子が希望した『エビフライ』がやってきた。青銅カラーの大皿にドカエビが3匹!
何も付けずにカリッと焼いた後はシナッとした衣の食感と、中からブリンッと弾けるエビの歯ごたえ。付け添えのタルタルをドップリと付け、むしゃぶりついてもよし。
続いては、妹のチョイスの『焼き餃子』は、だいぶホワイティで色白秋田美人。
底面はパリッパリ、上面はモチモチの理想的な焼き餃子仕上げ。じゅわっと滴る肉汁が、もうひとつ、さらにもうひとつと病みつきだ。姪っ子は箸を付けなかったが、理由は分からない。とりあえず〝餃子は食べない〟と心にメモしておこう。
ここまでくると……「というか、父親はいないのか?」と思うだろうが……妹と姪っ子と〝冷戦状態〟らしく不参加。姪っ子曰く「ステーキや餃子より嫌い」とのこと。がんばれ、親父。
私と姪っ子が同意見で頼んだ『ハンバーグ』を頼んでよかった~。大皿にデンッとソースたっぷりの模範的なハンバーグ。
ムッチムチの肉々しさからは、甘さにも似た肉の旨味がドップリ。私はそれをビールで、姪っ子はライスで夢中に頬張った。
因みに、私以外はちゃんとライスと味噌汁を頼んでいる。
母親の命日の食事会だってのにだいぶ安く済ませているようだが、まあ、こんな食事もいいじゃないか。いや、むしろ私は料亭や寿司屋よりこっちがいい。
なんなら、夜は二階の『風来坊』に、今度は父親も誘って行こうかしら……
食べ終わって残りのビールを飲んでいると、横で姪っ子はスマホのゲームをやっている。そのスマホは亡くなった母親のもの。姪っ子はそのまま母親のLINEのアカウントを使っていて、私も母親とのLINEの履歴も消さずにそのままにしている。
数年に一度しか帰らなかった私は、毎年この時期にそのLINEへ『また今年も帰るよ』と送るのが楽しみとなっている。
まさご食堂(まさごしょくどう)
住所: | 秋田県秋田市土崎港中央1-11-15 |
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TEL: | 018-845-1136 |
営業時間: | [月・火・木 ]10:00 - 14:00[金・土・日]10:00 - 14:00 17:00 - 20:00 |
定休日: | 水 |