
ラッキーは連鎖する!ふらっと入ったツイてる酒場/米子「庄屋」
普段の生活していて、たまに「ラッキー」って思うことがある。
行先までの信号が全部青だったとき、
ちょうどいいタイミングで電車が来たとき、
Amazonで検索したら欲しかった商品がセールになっていたとき……
なんて、そんな些細なラッキーが思いのほかうれしいのが庶民の楽しみ。鳥取県米子を訪れたのだが、ここは本当にそんなラッキーが多かった。
鳥取県の情報は、正直、砂漠くらいだ……いや、砂丘か。そこからだいぶ離れた米子という地域に来たのだが、もちろんなにがあるのか分からない。さすがにちょっと情報をネット検索すると〝皆生〟という海岸があるということが分かった。ゆーても、荒波の日本海だ。その中でも「ちょっとキレイな砂浜があるくらい」としか思っていなかったが、これが、本当に、本当にラッキーだったのだ。
キレイ……というか、本当に美しい浜辺だ。いや、沖縄にも何度も行って脳がバグる程の美しい海は見てきたはずなのだが、それらとは本筋が違う。
沖縄の海は〝二十代のキラキラした海〟に対して、皆生の海は〝熟女の様なしっとりとした美しさ〟なのだ。真っ平で「Cの字」に湾が形成されており、そこに白浜が果てしなく続く。シン……とした時間としとやかな波の音──私の地元秋田や過去に新潟、福井などの日本海を体験したが、この雰囲気はなかった。
信じられないことに、ただただその海を眺めつつ一時間も居たのだ……いや、居させていただいた気持ちだ。
まったくもって、こんなことになろうとは思っていなかっただけに、心からラッキーと思えたのだ。
夢うつつのままそこから駅前に戻って、何の気なしに近くの『中海』という湖に向かった。前日に島根松江の名湖『宍道湖』を体験していたので、時間つぶし程度に訪れたのだが、これもまたすばらしかった!
なんかもう、「きれいだなあ……」っていう、素直な気持ちで夕暮れの中海を眺める。雲が大きくかかっていたのもまたよかった。何とも言えない荘厳な雰囲気の水辺で、チャプチャプと岸辺に波打つ音。「なんて、キミは美しいのだ」と、たまに吉岡里穂の写真もそんな風に眺めることもあるが、ちょっと次元が違う。こちらも間違いなく、ラッキーである。
前に紹介した堺港、そして皆生と中海……表現が分からないが、鳥取が身体に合ってる、っていうのがしっくりくる。
その土地が身体に合ってて、ラッキーな酒場に出会わないわけがない。満を持して目を付けていた酒場へ向かうと……なんと、臨時休業! 本当であればここで発狂であるが、今日はラッキーなことが続いている。こういう時こそ、なにも、本当になにも考えずに街を歩いて、フッと入った店が正解になる。
20分ほど街を歩いて、フッと入った酒場がこちらである。
わはっ、『庄屋』さん、ですか! いいですねえ、この改装を重ねつつも昭和を遺しつつあるモルタルビル。台形型に露出しているという、不思議な外観。入り口は……
こっちと……
おおっ、こっちにもある! 出入口が複数ある酒場は稀にあるが、かたや雑居ビル内、かたや繁華街からというのははじめてだ。
とりあえず、正門っぽい繁華街口から入るとしよう。
「いらっしゃいませ」
うっひょ~、いいねえ、いいですねえ! 外観通り台形型に店内は曲がり〝上底〟部分に小上がりがあり、そこから広がる様に半分がカウンター席と半分が小上がり、〝下底〟に厨房がある感じだ。
ラッキーなことに他の客の姿はなく、この複雑な造りの迷路感を独り占め!
カウンター席の一番奥へ酒座を決め、さて、酒からいきましょう。
十代くらいのお兄さんが、瓶ビールと霜降り小グラスを手早く持ってきてくれる。グラスに注いで、芳醇な麦汁の香りを辺りにまき散らす。
こくんっ……こくんっ……こくんっ……、ああああああああおいしいいいいっ! なんかね、必死に狙って入った酒場の緊張するひと口目より、こんなリラックスしたひと口が遥かに旨い。こんなゆったりモードで、いただく料理はさぞかしおいしいのでしょうね。
まずはオススメとなっている『煮込み』から。なんかもう、見た目で色々溶けている。ふうわりとミルキィな牛の甘い香り。ズルルと吸うように喰らうと……旨い!牛スジ煮込みと生姜醤油系のキリリとしたおいしさよ。
とにかく、アブラが美味。舌にとろけてあっという間になくなる。あと、超どうでもいいが、四角い容器に煮込みって珍しいな。
続いてやってきた『山芋タタキ』を口に運んだ瞬間、ふわりと広がるのは、どこかヨーグルトのような酸味。山芋の粘り気が舌の上で息づき、爽やかな風味と共に喉をすべる。
タタキという名の通り、叩かれて砕かれた山芋は、どこか無防備で、それでもその無防備さが愛おしい。これも超どうでもいいが、山芋を四角い容器に入れてるのを見ると、実家を思い出す。
この落ち着く雰囲気──そうか、私の大好きな〝大箱総合居酒屋〟のソレだ。決してシブ過ぎる酒場ではなく、度肝を抜く珍メニューがあるわけでもクセありマスターがいるわけでもない。それらを求める熱心な酒場ナビ信者に悪いが、私はこんなどこにでもある、けれどもチカラを入れすぎなくていい、こんな酒場が一番好きだ。
ヒラマサ、ヒラメ、サーモン……『刺身の盛り合わせ』の三種三様の海の表情が、△皿の上で静かに並ぶ。
ヒラマサは力強く、筋肉質な旨みを湛え、ヒラメはその奥に潜む甘みがじわじわと広がる。さらに軽く炙られたサーモンは、脂の乗った優しさで全体を包み込む。山陰の海の荒波が育んだ魚たちが……なんて、いっちょ前に語りたくなるおいしさだ。
宍道湖のお隣なら『あさり汁』も間違いないはず。湯気の向こうに見えるのは、あさりの殻が開いた瞬間の、あの「ほふっ」とした表情。ひと口すすると、潮の香りが鼻腔をくすぐり、まるで湖に立っているかのような錯覚に陥る。
あさりの旨みがじんわりと広がり、骨髄まで染み渡るような優しい旨味。
これぞ、ラッキーな一杯──それは偶然ではなく、旅のご褒美だったのかもしれない。
店を出ると、まだ外は明るい。よーし、米子城にでも行ってしまおうか。
結局、臨時休業の酒場に振られたことすら、ラッキーの〝前座〟だったのかもしれない。ラッキーは探すものじゃなく、ふらっと入った酒場の奥に、ひっそりと待ってる……のだ。
庄屋(しょうや)
住所: | 鳥取県米子市明治町140 |
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TEL: | 0859-34-3618 |
営業時間: | 17:15 - 00:00 |
定休日: | 年中無休 |