
盗み聞きながら飲む酒は、ちょっと狭くて、やけに旨い/米子「なるこ」
独りで酒場に訪れたら、めっちゃくちゃ、店内が混んでいる時があるでしょう? 呑兵衛のみなさん、そんなときはどうやって酒場で過ごしているだろうか?
私はお店に入るのに並んだり、ギュウギュウの中で酒を飲んだりするのが苦手で、正直にいうと「そんなことまでして酒飲みたいか?」などと思ったりもするが、以前も同じようなことを記事に載せた次の日に、ラーメン屋で並んでいるインスタをうっかり載せてしまい、酒場仲間にツッコまれたことがあったが……いいや、私は本当に慌てず、ゆっくり酒が飲みたいのだ。
地方都市は本当に地方の酒場ばかり行っているが、意外と都会より地方都市の酒場の方が、並んだり店が激混みだったりすることが多い気がする。おそらく、酒場に限らず人口一人あたりの〝名店〟の割合が地方都市の方が低いから、特に休日はドッと集まるからじゃないかと思うのだ。さらに、私のように他の地域から来た人間は、ネットで調べたそんな店に行きがちだから尚更だろう。
……で、その混んでいる酒場に独りで入ったとしよう。大抵はスマホをいじったり、本を読んだり、ぼーっと日々のことを振り返ったりして愉しむのだろうが、私はこの独り時間を〝盗み聞き〟に費やす。混んでいる時は、四方八方から色々な会話が聴こえてきて、これがまた面白かったりするのだ。
〝盗み聞き飲み〟とでも言っておこうか、特にサラリーマンの会話が面白い。たぶん、そこが酒場じゃなかったらなんでもない話なのだが、酒と料理をチビチビ飲ってるときの盗み聞き飲みは、慌てず、ゆっくりではないが、それはそれで愉しめる。
鳥取県米子市を訪れた時も、まさにそれに出くわした。山陰本線JR米子駅から歩いて5分もしないところに、あらかじめ調べておいた酒場を訪れた。
出たっ、串焼きと土手焼の『なるこ』だ! 古い雑居ビルの一角に、割烹風の外観。モルタル外壁から瓦屋根が飛び出し、店先には行燈風の看板、手入れのされた植物が律儀に並ぶ。
色褪せのない、きれいな藍暖簾がまたいいですねえ。事前の調べだと人気店ぽい感じだったが、外に人が並んでいることもなく、これはすぐ酒にありつけそうだが……と、戸を引いた瞬間。
「いらっしゃいませ~!!」
ワッ!!と、音が押し寄せてきそうな喧騒。寿司割烹風店内の入って目の前にはL字10席ほどのカウンター、左手は内屋根がありかなり奥まで続く座敷があるが、そのすべてがビッチリと客で埋まっていたのだ。
瞬時に〝ああ、これはお預けだな〟と察し、女将さんのひとりに「また来ますね」と言おうと思ったが、ちょっと待っててくれたら席を空けて下さるとのこと。
おお、意外とイケるのか……少々待つと、出入り口の真ん前にあるカウンター席に通された。過去イチ……いや、少なくとも5本の指に入る程の酒飲り面積の狭さ。中々の圧迫感ではあるが、まあ仕方がない。まずは酒にしよう。
ちょっぴりメニューが遠く、隣客の目の前に腕を割り込むことを遠慮した気の弱い私は、全国どこにでもある、もまさしく〝とりあえずビール〟を頼む。
ああ、酒瓶が目の前にあるだけで何だかホッと落ち着いた。このまま眺めているだけでいいかなと、そんなわけにはいかない。
ごくんっ……狭んっ……ごくんっ……、ああ、間違いのないおいしさ。もう大丈夫だ、ちょっと狭いくらいで酒場を楽しむことは出来る。それなら、料理をいただきましょうよ。
まずは看板にもある『どて焼』から。見たまんま、溶ける! ずっと見てたら、この写真も溶けるんじゃないだろうかと不安になる。
味噌の甘みと牛すじの脂が舌の上でとろけて、まるで口の中が小さなどて焼温泉になったような気分だ。
「すごーい」
「はっはっはっ」
そして、始まる〝盗み聞き飲み〟の時間。
斜め向かいの席では、おそらく会社の男先輩と女後輩の話が聴こえてくる。男先輩は低音の関西弁で、ちょっと〝自慢話〟をする口調。それに女後輩はしきりに「すごーい」と相槌しているが……いや、わかりませんよ? でも、たぶん〝適当〟な返答だ。女性って、こんなのをさりげなく出来るのが本当にすごい。
耳はそちらで、目の前には『湯豆腐』がやってきた。たまたまなのか、島根鳥取では他の酒場に行ってもよく見かけた湯豆腐。
でも、ここの湯豆腐は出汁が絶妙に違う。昆布と鰹のバランスが絶妙で、豆腐がまるで出汁を吸ったスポンジのように、じゅわっと旨味を放つ。この年季の入った鉄鍋からも、しっかりと旨味が滲み出ているのだろう。
「えっ、〇〇さんは主任になるんですか?」
「どうやろ、順当にいったらそうなるんかなぁ?」
出た~、男の出世話! いや、私だってもしかたら女子の前で自慢話しているのかもしれない。〝何も聴いてませんよ〟みたいな顔でビールを飲みながら、しっかりと聴き耳をたてている。もはや、他の客たちの会話は聴こえてこない。
「トイレ行ってくるわ」
「はーい」
男先輩がトイレに席を立つと、女後輩は一気に無表情……いや、別人かと思うほど顔が違う。やばい、笑いそうだ。女後輩、やっぱり全然話に興味ないんだろうなあ。
ここで、私が興味アリアリの『イカのウニ和え』がやってきた。小皿にちょこっとかと思いきや、たっぷりの量! いい意味で粗目にウニとイカが混ざり合っている。
旨い! 新鮮なイカのヌルシコの歯ざわりと強烈なウニの主張。ひとくちしようものなら、いつまでも口中にウニイカが留まっているシアワセ。酒場料理のマッチングアプリがあったら、間違いなくゴールインまでいくだろう。
「すいません、いま席が一杯なんです」
旨さで、飲ってる席が狭いことを忘れていた。さすがは人気店で、客が訪ねてきては満席コール。私は運よく入れたのだから、少し早いがここは後続に籍を譲ろう。
「まあ、日本の場合は第二次世界大戦で……」
「すごーい」
「歴史的に、アメリカ人とヨーロッパ人が好き勝手に……」
「すごーい」
会計中に男先輩のどえらい話が始まったが、果たして女後輩がその話に耐えられるのかが心配だ。
店を出て、私もあんな風に誰かに話を聴かれたい気持ちになった。実際、最近ちょっと面白い話があって、今度その話を女飲み友に酒場で話そう。
でも、「すごーい」ばかりだったらどうしよう……
なるこ(なるこ)
住所: | 鳥取県米子市茶町44-1 |
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TEL: | 0859-22-6026 |
営業時間: | 17:30 - 22:00 |
定休日: | 日 |