参拝して乾杯して、昼間からの「一杯」が許されるという非日常/大師前「大衆ろばた焼 つきじ」
世の中の酒場文化は、思っている以上に広く、そして奥深い。「なぜ、こんなところで?」と驚く光景がある。それは八百屋の片隅だったり、鮮魚店の奥だったり、精肉店の一角だったり……およそ酒とは結び付かない場所に、ひっそりと酒場が息づいているのだ。
大阪府平野へ訪れたときのこと。厳かな『光永寺』の壁沿いに、色褪せたテントをみつけた。お祭りでもないのに屋台? いや、それでも屋台がその一軒だけしかないのはおかしい……そんな謎の屋台こそ『串かつ武田』だったのだ。「お寺の前で串カツ!」と、思わず笑ってしまったが、その違和感こそが酒場文化の懐の深さを物語っている。
それで、さらに思い出した!

足立区にある『西新井大師』を参拝した帰り道、光明殿の目の前に小さなテントを見つけた。お祭りでもないのに、ひとつだけのテント……これは見たような光景。これはひょっとして……
中からラジオの音が聴こえるので、好奇心で覗いてみると──やはり酒場だった。

大至急、お邪魔する。テントの中にいる女将さんがひとり、酒の入った冷蔵庫も見つけた。さっそくお願いして、昼間からビールを一杯。座っているところから仏像様がこちらを見ているという、なんとも背徳感。後で調べても、その店の情報はどこにもない、まさしく〝名無しの酒場〟で、まるで幻のような存在だった。

後で調べても、その店の情報はどこにもない、まさしく〝名無しの酒場〟で、まるで幻のような存在だった。

唯一残念なのが、料理の提供がないところ。さすがにサービスの市販のお菓子で記事にできるはずもなく、葛藤しながら駅へ向かっていると……おや?

昼間から灯りをともす、しっかりした大衆酒場然とした外観。堂々たるその姿に、思わず足を止めたのは『大衆ろばた焼 つきじ』である。

雑居ビルの一階部分に、宮造りの異色な店構え。出入口には日に焼けた赤提灯がずらりと並び、その奥にはデカデカと花菱紋が記された藍暖簾。

想像だが、江戸時代のお奉行所のような外観にひとめぼれ。店先のノボリを見る限り、昼飲みどんと来いといった雰囲気なので、遠山の金さんにお願いして昼酒をいただくことにしよう。
「いらっしゃいませ」

うわっ、うわっ、うわ──っ! めちゃくちゃいい景色じゃないですか! ウッディで広い店内の半分はL字カウンター、さらに半分は小上がりが奥の方まで伸びている。

うれしいのはどこを見てもメニュー札が飛び込んできて、ワックワクをつかんで離さない。まだ店に入ったばかりだが、ここの夜景も気になって仕方ない。いや、焦るな……一旦、カウンターに座って、酒で落ち着こう。

うれしいですねえ、『ホッピー白セット』のナカは、強気の水位75%! 時刻はたったの11時35分……いいですか、昼間っから酔っちゃいますよ、いいんです!

どぐんっ……どぐんっ……どぐんっ……、ああああああ、ホッピーハッピーな時間。さらにここから、夢の数ほどあるメニュー群から料理を選べるうれしみっ!

まずは『刺身四点盛り』から。本マグロ、ヒラメ、甘エビ、カンパチのオールスターは、誰もが認める贅沢盛り。そのどれもが鮮度が際立ち、ヒラメは風味豊かで、甘エビは極うまの甘みがとろりと広がる。

カンパチはコク深い旨味がクセになる味わいで、本マグロは濃厚かつ芳醇な口どけを愉しめる。

こんがり焼きたての『焼きナス』は、香ばしい皮とジュルトロな食感が絶品。コクのある旨味がしみ込んでいて、まろやかな甘みが口いっぱいに溢れる。

ご一緒に『ピーマン』はいかがでしょうか。サクッと香ばしい焼きピーマンは、サクサクシットリな食感が楽しい。さわやかな旨味が凝縮され、クセになるほろ苦さがアクセント。〝野菜+焼く=おいしい〟という、野菜はシンプルが正解。
酒場ライターにとって、変わった場所にある酒場は宝だ。お寺の前で飲めたり、魚屋の奥で一杯やれたり……そんな〝特徴〟があればあるほど、筆は踊る。だが、宿命ともいえる難題がある。それは〝めっちゃ腹が一杯になる〟ということ。どれだけ酒や料理がおいしくても、一度に何軒も回るライターは、常に満腹との死闘だ。
しかし、ここは違った! 居心地の良さに加え、料理が満腹を凌駕するほど旨いのだ。昼から飲める店で、このクオリティは奇跡に近い。普段注文する料理は2、3品だが、まだまだ頼もう。

誰が見たって新鮮な『赤貝酢』は、ブリュッとした食感と爽やかな酸味がフレッシャー。うま味のある貝の風味と酢のバランスが絶妙で、このまま真空パック保存して家でも愉しみたくなる。

大好物の『豚レバ』は、濃厚なコクとうま味が特濃級。香ばしく焼き上げられ、口どけのよい食感がやみつきになる。

豚ついでの『豚シソ巻き』は、ジューシー&ジューシーな肉汁とシソの爽やかな風味が融合した絶品。カリサクと焼きたての香ばしさと、コク深い旨味が永久にホッピーのお供になることでしょう。

まだまだ、いきます。大粒のあさりを使った『あさりバター』は、芳醇な香りとじゅわっと広がる旨味が贅沢極まりない。バタースープの濃密なコクが身体にジワジワと染み込むようで、マラソン後のポカリスエットの如く、ごくごくと飲み干してしまう。
満腹との戦い……とか言ったな? 確かに腹は〝一杯〟だが、今だけは忘れよう。酒もバタースープも「もう一杯!」と叫んでしまえばいい。

宮造りのお奉行所に足を踏み入れれば、そこは刺身と豚レバの楽園。昼酒を許すこの空間は、笑えるほど非日常だ。酒場文化の懐は、想像以上に深い。お寺の横でも、八百屋の奥でも、テントの中でも──酒場は、思いがけない場所で私たち呑兵衛を迎えてくれる。
その瞬間に出逢えたとき、心は摩訶不思議アドベンチャー。だから私は、今日も探してしまうのだ。
つきじ(つきじ)
| 住所: | 東京都足立区西新井1-1-10 |
|---|---|
| TEL: | 03-3855-3741 |
| 営業時間: | 17:00 - 01:00 |



