スマホ注文時代にふと湧く〝シブい酒場は絶滅するのか問題〟の考察/池袋「大衆割烹 まるさん」
ふと、こんな不安に襲われることがある。
〝将来、シブい酒場はこの世に存在するのだろうか?〟
昭和の街並みはどこも再開発、そんな街を歩けば、どこもかしこもガラス張りのビルに光るネオンの洪水、夢遊病の群れ。システム化された接客とSNS映えを狙ったメニューたち。そもそも〝映え〟なんて言葉が死語になった頃、ジジイになった私は、そんな店でホッピーを飲んで「居心地がいいねぇ」なんて言えるのだろうか? いや、むしろスマホから注文するシステムの普及率が100%になった時点で、老眼鏡をかけて「あぁぁぁまどろこっしいっ!」と発狂している未来が目に浮かぶ。

大都会のシブい酒場であれば、なおさらそうだろう。今、都会の片隅にひっそりと残るそんな店も、かつては真新しい店内で〝最新のトレンド〟だったはずだ。そう考えると、時の流れと人の営みが〝シブさ〟を育てるのだと気づき、多少だが胸が熱くなる。
そうやって、近い未来に訪れるだろう不安を胡麻化しているのかもしれない。
今夜も、そんな不安をごまかす為に池袋へやってきた。大都会の雑踏を抜け、目指すはシブい酒場。オシャレカフェ、アニメバー、大人用バル……さすがは池袋西口、シブいを受け入れてくれる隙間がほとんどない。その中でその看板は、ぽつんと控えめに灯っていた。

出たっ、「大衆割烹 まるさん」だ! 煤けた蛍光灯の看板と、くたびれた藍暖簾。煌びやかな大都会の喧騒の中で、ひっそりと呼吸しているようだ。街のざわめきに埋もれない、これぞ昭和の入口。

これだけの〝場違い〟であれば、一見客ならばだいぶ緊張がある。言うなればマッチングアプリで知らない女の子と会うようなもの。期待と不安が入り混じる、あの独特の間合い──まあ、知らんけど。

すぐそばにいるガールズバーの女の子に声を掛けられる前に、勇気を出して中へ入ろう。
「いらっしゃい」

うわっ、シブいっ! 店内に足を踏み入れると、まず目に入るのは木のカウンターと、年季の入った緑がかった床。

壁には手書きの短冊、テレビの音がぼんやりと流れ、奥の暖簾がゆらりと揺れている。その空気の中心に、年配の大将が迎えてくれる。注文を受け、厨房を見て、料理を出す。その動きは、ゆっくりなのに、どこか迷いがない。まるで、店そのものが彼の身体の延長であるかのよう。いけませんね……見とれてばかりではなく、酒をいただこう。

うれしいねえ、『ホッピー 白』だねえ。水位は氷少な目のタンプラー70%といったところ、酔っ払いが決壊することはないだろう。ホッピーが口に入り込むと同時に、店のシブい空気も吸い込まれる。体内酸素濃度をシブいに高めつつ、料理もいただきましょう。

小鉢に並ぶ『いわしつみれポン酢』はつみれ四兄弟。色味こそ地味ではあるが、味の方はそうでもないようだ。

ふわっと柔らかく、じんわり旨みがしみ込む。ポン酢の酸味が、コク深い魚の香りをキュッと引き締める。そこへ刻み葱がシャキシャキ清涼なアクセント。つみれって、こんなに風味豊かだったっけ……いや、いわしつみれをもっと食っていこう。

続いて『お刺身5点盛り』です! 行儀よく皿に並んだカレイ、ヒラマサ、タコ、ハタ、カツオは、どいつもこいつも新鮮であることを押し付けてくる。カレイは瑞々しくしっとりと、ヒラマサはぷりっと滋味深い。

タコはコリリと弾むようで、ハタはじんわり旨みが染み込む。カツオはネットリと極めて美味。それぞれを食べ重ねることで〝五味一体〟となり、旨いの相乗効果となっている。
先に飲っていたほろ酔いの先輩は、帰り間際にそっと語りかけてくる。
「あれで90歳だからね、凄いよあの大将は」

その声は、店のざわめきよりも静かで、どこか誇らしげだ。改めて大将を観察すると、う~む、確かに90歳とは思えない立ち振る舞い。先輩の言葉が、胸の奥でゆっくりと沈んでいった。

『穴子の天ぷら』って、普通は丸ごと一本そのままでやってくるが、ここではざく切りの大胆さ。衣はサクサク、身はふわりとろける食感。

噛めばじゅわっと広がる芳醇な旨み、香ばしい衣が海の恵みを包み込む。添えられたおろしが味を引き締め、揚げたての至福が酒を誘い。

ガラス鉢にころりと並ぶ『味付けツブ貝』。コリッと弾む歯応えに、甘辛だれがじゅわっと広がり、貝特有の旨みがホッピーを誘う。

噛むほどじんわりと深みが増し、癒しの一粒がリッチで風味豊か。こんなの、誕生日レベルのご褒美ですよ。
「もう帰んの?」
と、客に声をかける大将。そのやり取りが心地よい……なんだか、学生時代の放課後を思い出す。あの頃の、帰り際の「もう帰るの?」という何気ない言葉の温度。シブい酒場には、そんな温度があるのだ。

そして、ふと思う。
未来の酒場がスマホ注文だらけになっても、やはり私は老眼鏡で酒を探して発狂しているだろう。つまるところ、酒場のシブさは古さではなく、その時、そこにある人の営みが醸し出すものなのだ。
そう考えると、未来にシブい酒場がなくなる不安は、ちょっぴり和らぐ。
大衆割烹 まるさん(たいしゅうかっぽう まるさん)
| 住所: | 東京都豊島区西池袋1丁目19-3 |
|---|---|
| TEL: | 03-3982-5940 |
| 営業時間: | 17:00 - 22:30 |
| 定休日: | 日・祝日 |


