神泉「まん福亭」古アパートの記憶
ある日、私は自宅で園子温の『恋の罪』というサスペンス映画を観ていた。 この映画は、実際に渋谷区のホテル街で起こった「東電OL殺人事件」という未解決殺人事件を題材としている作品なのだが、事件に興味を持った私は映画を観終わった後、東電OL殺人事件について調べたのだ。
事件の詳細が載っているWEBサイトを見ていると、私はある写真に注目した。
その写真には『女性が殺害されたアパート』と記されているのだが、そのアパートの一階部分が酒場となっており、さらに”まん福亭”という店名もしっかりと確認できたのだ。
とんでもないところに酒場があるなと思っていたが、さらに調べるとこの殺人事件が発生する前から営業しているらしい。
──まだ営業しているのだろうか?
私は得体のしれない” 何か “に引きつけられるような感覚を覚え、”まん福亭”への取材を決意した。
そしてその日は来た。
夏の空が妙に暗く、じっとりと小雨が降る中、私は”まん福亭”のある神泉駅へと向かっていた。
どこか不安な気持ちを抑えつつ神泉駅に着くと、駅から目と鼻の先に”その酒場”はあった。
見上げると、看板には「まん福亭」と淡く、浮かび上がっていた。
前述の通り、その酒場は錆びた古いアパートの一階部分にあり、”いかにも”という外観。
まるで私に何かを訴えかけるように、そのアパートは物悲しく、それはまた背中をゾッと突き立てるのだ。
『20年前、このアパートの一室であの凄惨な事件が起こったのか……』
ここは渋谷だということを忘れてしまう静けさの中、
「カン カン カン カン……」
突如、踏切音が鳴り響く。
──何かに背中を押された気がした。
いや、気のせいだと言い聞かせ、私は店へと向かう。
入口は半地下にある。
私は、少し雨で濡れた階段を滑り落ちないようにゆっくり、ゆっくりと降りる。
……!? 女性がこっちを見てい笑っている?
いや、これはきっと看板だ。絶対に、看板だ。
暗い入口。
言わばここは「事故物件」。入ってみてもしも” 変な “ことが起こったら……。
私は震える手で、軋むドア押した。
「ハイッ、いらっしゃ~い~ま~せ~!!」
は?
ドアを開けると、そこには元気モリモリな店主がハツラツと声を出し、4坪程の小さな店では、多くの客同士が和気あいあいと酒盛りをしていたのだ。
え……? えぇぇぇ!?
あまりの騒がしさに私は、一瞬何が起こったのか解らなかった。
ギュウギュウの店内、客同士の大きな笑い声をかき分けながら店主が近付いてきた。
店主「カウンターでいいですかぁ~!?」
客「お兄ちゃん、俺の横に座りなよ!!」
ちょ……ちょっ、ちょっと!!
みんなこの店のアパートの事件のこと知ってるんだよね!? 絶対、ここ” 出る “ところだよね!?
客「ごめんね~狭くて~」
店主「何飲みますか~?」
私「え……? じゃあビールを……」
店主「ありがと~ございま~すっ!!」
……なんだここ。全然思っていたのと違うぞ。
まぁ、私が勝手に怖いところだと思っていただけなのだが、こんなにイメージと違う事があるなんて。
店主「はぁ~い~、お~ま~た~せ~!!」
カウンターの中にいた店主は、中から渡してくれればいいものを、わざわざカウンターから出てきてビールを持ってきてくれた。
私「じゃあ……焼きサンマとマカロニサラダください」
店主「ありがと~ございま~す~!!」
客「じゃあお兄ちゃん、俺もう帰るからね」
私「あ、はい……」
何か……何かあるはずだ。
私は、必ずどこか” おかしい “ところがある筈だと躍起になって周りをキョロキョロしていると、
「マスター、どうしたの?」
という声が聞こえてきた。
店主一人で切り盛りしているのかと思っていたが、もう一人手伝いの女性(かなり美人)がいた。どうやら店主(マスター)はこの日、体調が悪いのかこの美人に心配されているようであった。
店主「ああ、なんかちょっと調子悪くてねぇ~ ゴホッゴホッ」
あれぇっ!?
もしかして店主、取り憑かれてる!?
やっぱりなっ!!
美人「マスター大丈夫? 薬あげようか?」
客A「おいおい、俺に移さないでくれよな~」
店主「大丈夫~大丈夫~」
客B「ほら、風邪薬やるよ」
店主と美人「わぁ~ありがとう~!!」
……ただの風邪だな。
そんな体調不良にもかかわらず、またもや、わざわざカウンターから出て料理を持ってきてくれるやさしい店主。
マカロニサラダはずっと嫌いで、最近になって食べるようになったのだが、ここのマカロニサラダは私の大好物となった。厚切りのハムとマカロニとのバランスが最高である。
たまたまなのであろうか、焼きサンマもずっと内臓が食べれなかったのだが、ここでは全部おいしく食べることができた。新鮮でとても美味しい。
美味しい料理。
笑顔。
和み。
ここでは酒場に必要なすべてが揃っている。
新しく客が来れば、店主が元気に招き入れ、今いる客もそれを受け入れるという光景が何度も続く。
“場所がちょっと怖そう”だなんてとんでもない。こんな素敵な店は他でも中々ない。
──私の心配など杞憂に終わった。
会計をして、最後に店主が「また来てくださいね~」と駄目押しの気配り。
私も「また来ます」と言い残し大満足で店を出ようと、
ふと、
店の天井を見ると、
そこにはお経の様な”謎の文字”が、天井すべてに書き埋め尽くされていた。
え?
注: 料理も本当においしく、お店の雰囲気も明るい素敵なお店でした。
まん福亭(まんぷくてい)
住所: | 東京都渋谷区円山町16-8 喜寿荘 1F |
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TEL: | 03-3464-5750 |
営業時間: | 17:00~23:30 |
定休日: | 日曜日、祝日 |