恋する洋食と私の長尻メトリクス/町田「ママグリル」
洋食で酒を飲ると、どうしてあんなにも長居してしまうのだろう。
ビールを一口、ナポリタンの湯気を一口、それだけで帰る気配がどこかへ蒸発していく。私の〝酒場メトリクス〟によれば、洋食を前にしたときの長尻率は九割超え(自己調べ)。旅番組で洋食屋の皿がちらりと映ると「あ、この街、飲める」と直感し、その勢いのままネットを読み漁ることもある。記事はどれも古びているが、洋食と酒の組み合わせが放つ当時の空気感は今も鮮やかだ。

しかし、その下に書かれた値段を見た瞬間、胸が締めつけられる。ハンバーグ定食600円、瓶ビール450円──そんな牧歌的な価格帯が本当に存在していたのだろうか、と疑いたくなるほど安い。今となっては、たった十数年前の洋食酒場の価格が、いい意味で狂っている。
大衆的な洋食屋での一杯は、本来〝庶民のちょっとした幸せ〟だったはずなのに、いまや軽く飲んだだけで会計が洋食コースのフルセット級に跳ね上がる。外食がこんなにも強気に出てくる時代が来るとは思わなかった。いつか〝洋食で一杯やる〟こと自体が、特別席の贅沢になるのではないか。
それでも私が洋食屋へ足を運んでしまうのは、酒に誘われたのでも惰性でもなく、レトロ皿の上に広がるあの世界に〝恋している〟からだ。洋食と酒が織りなす、あの幸福な背徳感は、どれだけ物価が上がろうと私を裏切らない。
そう、今日は〝恋する洋食〟のお話で御座います。
町田駅へやってきた。神奈川県……いや、東京都西部の関所を代表する都会で、駅前は新旧が交わるざわめき、アーケードには昭和の名残と現代色が織り交ざる。通りごとに喫茶のコーヒーアロマやラーメン屋のスープフレーバーが混ざり、思わず入りそうになる。がんばれ、目的の店はもうすぐだ。

出ました、『ママグリル』! 美しい青と赤茶のツートーンがふっと視界を奪う。建物はどっしり、面構えは古強者。ショーケースがいいですねえ。ぎゅうぎゅうに詰まった洋食衆の面々は、退職知らずの永年功労者。

ええ、洋食屋で飲る準備は整っていますよ。
「いらっしゃませ~」

扉を抜けると、時計が半拍遅れる。木の椅子は厚みで語り、天井の琥珀色は落ち着きで包む。演出より店内の体温。それが支配している。

壁のレンガ風タイルには、料理の往復回数だけ歴史の褪せ色。店全体がひとつのオーケストラのようで、そのリズムは「安堵・余韻・滋味」の『週刊少年ジャンプ』的な三大原則。テーブルの木目が「あなた、こちらへ座ってくださるかしら?」と促す。

OK、ハニー。君に私の硬くて茶色いものを乗せましょう。

んぐっ……んぐっ……んぐっ……、ひゃぁああああうんまい! 気のせいか、今日はやけにタンサンが強く感じる。カ──ッと麦汁を流し込んだら、否が応でもこってりしたアテがいきたくなる。そう、洋食屋のビーフシチューが欲しい!
のだが……
「ビーフシチュー、終わっちゃった……」
店の店員さんの声に、思わず肩が落ちた。人気者はいつも早い。わかってはいたが、今日はこれ目当てで来てしまったのだ。否、それだけ愛されている証拠だろう。店内には、鍋の底に残った気配のようなシチューの香りがほんのり漂っているので、こいつをアテに飲んでやろうか。いや、洋食屋には変わりのオンナはいくらでもいる。

まずは木のボウルに山をなす『ママサラダ』から。このビジュアルからしてすでに“幸せの造形美だ。マカロニの白、大海老の朱、ピーマンの緑の三色が、まるで「うまそう!」の信号機。

ひと口入れれば、マヨネーズのまろやかなコクが、海老の甘みを極うまに引き立てつつ、ピーマンの風味豊かな苦味がたまらない。完熟トマトの赤がそっと添えられ、これもまた旨し。

俵型じゃない三日月型の『カニクリームコロッケ』がやってきた。この揚げ肌よ。カリッと香ばしい黄金色が視界に飛び込み、「アタシ、揚げたてです」と無言で主張してくる。

箸を入れれば、サクッと衣が割れ、中から愛らしい、とろーりクリーミーな白い海が湯気とともに現れる。外はサク、中はとろ。中に潜む蟹は、だいぶ濃い味でうれしい。

平日の昼の店内は、洋食の香りと穏やかな会話で満ちている。
テーブルに追加された一本の瓶ビールだけが、私の席にだけ影を落とす。昼から、一本。視線は来ないが、来た気がする。麦汁が喉を越えた瞬間、罪悪感は快楽に転じる……それが呑兵衛よ。メインディッシュの準備はいいかしら。

はい、洋食屋の主役メンバー『ハンバーグ』の登場だ! 鉄板に届いた瞬間、油煙の立ち昇りがすでに癒される。ナイフを入れれば、じゅわっと豊かな肉汁湖が誕生する。

ソースは控えめの本格派。肉圧はあるのに、前に出すぎず、どこか上質で優しい。噛むたびにうま味の湖がダム決壊。こいつは修復に時間をかけたいですねえ。
これだけ皿が揃えば、もう値段より胃袋の恋心が勝ってしまう。サラダで始まり、コロッケでほどけ、ハンバーグでオチる。洋食屋での恋は、結局いつもこうして発展するのだ。

だから私の記事には、昔から値段を書かない。だって、書いたところでその頃には値段が上がっているのがオチだろう。
高い安いなんて情報は、二の次、三の次でいい。「このハンバーグ、いくらかしら……?」なんて気にしていたら、肉汁が冷めてしまう。
恋に値段がないと同じように。
グリルママ(ぐりるまま)
| 住所: | 東京都町田市原町田6-11-7 |
|---|---|
| TEL: | 042-722-3307 |
| 営業時間: | 11:00 - 21:00 |
| 定休日: | 水 |


