忘酒場で昼酒三昧、師走の正しいサボり方/北千住「じんざえ門」
年末で暇と時間がない問題である。
仕事納めはまだ先、忘年会はすでに始まっている。やることは山積みなのに、気持ちはすでに年越しモード全開。掃除も仕事も執筆も、やらねばならぬことばかりなのに、なぜか毎日19時には布団に入ってYouTubeやプライムビデオをだらだら視聴。〝忙しい〟と〝暇〟が同居するこの季節、時間の感覚がどこかおかしくなるのだ。
やることはあるのに、やる気がない。やる気はあるのに、時間がない。そんな年末のねじれ時間の中で、ふらりと訪れたくなるのは……やっぱり酒場だ。

だいぶ、久しぶりに北千住へ訪れた。めったに来ないのだが……好きですねえ、この街。酒場の宝庫であるのはもちろんのこと、東京の下町がじっくりと時間をかけて変遷するありさまがいい。駅前再開発よろしく、唐突に高層マンションがボコボコ建設されている街とは、なんとなく違う空気を醸し出している。
そんなゆるい時間の都会で、昼から楽ぅに飲れる酒場を目指してやってきたのが……

出たっ、『じんざえ門』だ! 北千住駅西口から歩いて数分の、何気ない横丁の一筋に、爛々と輝く赤提灯。営業時間は……14時からという頼もしさ! くぅぅぅぅっ、一番昼飲みしたい時間帯に、よくぞお招きくださった。モルタル建築自体に似つかわない瓦屋根の雰囲気が、この地で長いこと営ってらっしゃるという証。脊髄反射の如く、身体が勝手に暖簾を引いていた。
「いらっしゃいませ~」

ワハハッ、中はもっとイイ! どこもかしこも茶色、茶色、焦げ茶色! レトロ照明にタイル床、経年劣化のテーブルと破れた四角イス。それらを包み込むウッディな内観は完全に民芸風で、奥の方からグルりと見た渡すところにろりますと、私の大好物ナソレでしかない。

ゼッタイ、ゼッタイここで飲もう、いち早く……! 酒座を決めて、うん……やっぱりどうしたって、この下町と店内のビジュアルには『ホッピー』がマッチングですよ。
「こちら、ホッピーセットです」

来た来た。さあて、ジョッキにホッピーを注ぎ……おや?

目の錯覚か……ジョッキにナカが入っていない!? そんな馬鹿な。いや、最近は老眼がひどい……ジョッキを持って目の前でグルグル回してよく確認するが──
ホッピーのナカがない問題である。
長年、酒場でホッピーを愛飲しているが、こんなことは初めてである。そのまま5分ほど待ってみたが、あとからナカだけを持ってくる気配もない。つまるところ、若い店員のお兄ちゃんがナカを入れ忘れただけっていう。申し訳なさそうに再びやってきたジョッキには、しっかり五合目まで入れてくれましたとさ。

ごくんっ……ナカっ……忘れっ……、ああああああああ焼酎の入ったホッピーサイコー!〝年忘れ〟の前に〝ナカ忘れ〟しておいてよかったことにして、料理は忘れずにいただくとしよう。

まずはこんがりと焼かれた『かわ・白レバー』から。「かわ」は外はカリッと香ばしく、噛めばジュバッと脂がしみ出す。まさにパリトロという言葉がぴたりとくる、クセになるクシ。

対する「白レバー」は、しっとりとなめらかで、まろやかなコクが舌に広がる。クセがなく、上品な味わいはリッチなご褒美のよう。焼き台の上で静かに輝くこの二本、まるで美人系と可愛い系の対照的な美女に挟まれているようだ。

『ミョウガの酢漬け』の一皿は、まさに瞬間の妙(ミョウ)を味わうもの。漬かりが浅ければミョウガ特有の風味が立ちすぎて、深すぎればその風味が霧散してしまう。絶妙な食べごろを見極めるのは、まるで女性との終電間際のやりとりのような繊細さ。口に含めば、シャクッとした歯ざわりとともに、ほのかな酸味が心地よく鼻をヌける。この終電間際勝負、女性の勝ちだ。

さっきの〝ナカ忘れ〟で思い出した、くだらない話がある。我が家で常備しているセブンイレブンの4リットル焼酎ボトル。毎日それで水割りを飲んでいるのだが、焼酎が無くなるたびに詰め替えをしている。
一度、なにかの重石代わりの為に、空になったボトルへ水を入れておいてたことがあった。そのことをすっかり忘れていて、3日間くらい〝水〟を〝水〟で割って飲んでいたことがある。いや、噓ではない。恐ろしいのが〝ちょっと酔っぱらっていた〟という。
ここでも、もう少し酔っぱらっていたら、ホッピーだけで満足していたんだろうなあ……

気をとり直して『とりわさ』だ。しっとりとした鶏の身に、わさびの清涼感がふわりと重なる。そこに忍ばせてあるのが、細かく刻まれたほうれん草。さらに刻み海苔としその葉と、この具だくさんの細工が味に奥行きを与えている。青菜のほろ苦さが、鶏の旨味を引き立てる……これは結構、コケコッコー。

席の壁に張り付けてあった『ウインなピーマン』の文字。その名を聞いた瞬間、なんとなく想像がついた。ウインナーとピーマンを炒めた、あの定番の組み合わせ。

だが、いざ口にすれば、ピーマンの香ばしさとウインナーのジューシーさが、思いのほか気分を高揚……いや、気分はウイーンと上昇。ネーミングセンスがいいというのは、味の記憶を先回りしてくれるということ。おっ、思わずいいこと言ったなあ。

最後にやってきたのは『タルタルちくわ』! これはもう、超ヒットの予感。青のりの香りがふわりと立ち、ちくわのサクふわな食感に、〝マヨリー感〟強めのタルタルのクリーミーなコク。やみつきになるとは、こういう味のことを言うのだろう。

そして何より、この〝タルタルちくわ〟という名の響きの良さ。ネーミングって、やっぱり大事だ。
どれも、旨いねえ。師走の昼下がり、いい具合に酔いがまわってきてますよ。
ふとジョッキを見やると、やっぱりナカが……入っていない。いやいや、これは自分で飲み干しただけ。最近はすっかり深酒すると〝無記憶〟になり、それこそ年末年始に〝飲らかし〟をしないか不安でいっぱいだ。
そこにナイスタイミングで、無記憶のおかわりがやってくる。そう、私に永遠に付きまとう問題。

記憶がない問題である。
じんざえ門(じんざえもん)
| 住所: | 東京都足立区千住2-62 |
|---|---|
| TEL: | 03-3870-4479 |
| 営業時間: | 14:00 - 23:00 |
| 定休日: | 水 |


