「あなただけ助かる」と予言された呑兵衛が、その〝思し召し〟を喰らう日々/沼津「せきの」
手相を診てもらうと、決まって「あなたはご先祖様に守られている」と言われる。中でも印象的だったのが、「あなたはレスキュー隊の仕事をしているはずだ」と断言されたことだ。「いや、多分真逆なことをしてます」と答えると、そんなはずはないとばかりに力説してきた。なんでも私の手相は、事件や事故において〝周りは助からなかったのに、自分だけは助かる〟という強烈な強運を持っているらしい。なるほど……だから私は子供の頃から「これはきっと〝思し召し〟なのだ」ということを、人一倍強く意識して生きているのかもしれない。
道に迷って変な場所に出る。
──ああ、こんなところがあっただなんて。方向音痴でよかった。
行きたかった神社が急な都合で行けなくなる。
──ああ、今は神様に呼ばれていないんだな。
たぶんダメだと思っていたことが、案外高評価される。
──ああ、これは「やれ」という啓示だったのだ。
もちろん、酒場でも同じだ。臨時休業にぶち当たれば、それは今の自分に必要のない場所だったのだと解釈する。
そんな〝思し召し〟は、日常のそこら中に転がっている。だから普段から、興味のないことを勧められても拒まないようにしている。そこにはきっと、私を導くための酒……いや、何かが潜んでいるはずなのだ。

ありがた~い導きを求めて、私は朝の沼津港へとやって来た。宿泊したホテルから歩くこと35分。ちょっと遠かったが、狩野川を渡り、目の前の富士山を拝みながらの散歩気分もまたいい。昨夜は同行者の部屋で酔っ払い、スマホで長渕剛を流して熱唱したところでフロントからの苦情を受けてしまったが、その反省と共にアルコールは浄化できた。
大型展望水門「びゅうお」を背に歩を進めると、目的の店が姿を現した。

出たっ、『せきの』だ! 看板に躍る「地魚」の文字と、潮風に晒されていい具合に枯れた外壁。港町の路地に馴染みきったその佇まいは、こんな一軒こそが沼津の朝を支えるサンクチュアリ。

私を呼んでいたのは、この手書きの暖簾に違いないと〝思し召し〟するのだ。
「いらっしゃいませ~」

やはり、中もイイ! 細長い店内にズラリと並んだ黄色い短冊メニュー。刺身、フライ、煮付け……その圧倒的な情報量が、アルコールが抜けた脳をビクビク刺激する。カウンターの向こう側から漂う香ばしい匂いと、きびきびとした店員さんらの所作。まさに活気のある港の朝の象徴。たまたま空いていた席に、私と同行者は滑り込むことに成功した。

まずは、黄金の液体を流し込むことからはじめよう。冷えた大瓶のビールをグラスに注ぎ、一気に流し込む。

ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、ああ!しあわせのビールよ!どこへ! シン・アルコールが身体に押し込まれていく嬉しさ。またここが港っていうのがいいですよ。今日という船出の〝思し召し〟を受け入れるための儀式は済んだ。さて、船出に相応しい料理もいただこう。

なんともインスタ映えの『鯵丼』! まるでフランス料理のフルコースの一皿のように、繊細で気品溢れる盛り付けが施されている。その身は極・新鮮な輝きを放ち、一切の妥協を感じさせない。

ひと口運べば、アジ特有の味わい深い旨味と、生姜の清涼感が口の中で弾ける。これぞ、この港町でしか出会えない至福の瞬間だ。

続いて、主役級が勢揃いした『三色丼』。濃厚なウニ、ルビーのように輝くイクラ、そして白く輝く分厚ぃいホタテだ。この強力なラインナップを前に、私の理性は崩壊する。

ウニの濃厚なコクが舌の上でとろける。イクラの塩気が弾け、ホタテの甘みのある身が優しく受け止める。

〝恐怖〟以外にもあるんですね、あまりの旨さに唇が感動で震えている。
客の出入りが落ち着いたところで、常連客風の男女が入ってきた。
「アジフライね」
メニューも見ず、当たり前のようにと注文を飛ばしている。その迷いなき言葉に、少々動揺する……しまった、やはりアジフライも頼んでおくべきだったか。いや……今、私の目の前にあるのはこの至高の丼。アジフライに呼ばれなかったのではない。今は、この丼をいただくことこそが、私に与えられた〝思し召し〟なのだ。

忘れませんよ、付け合わせの『味噌汁』さん。一見すると何の変哲もない味噌汁だが……絶句した。中にはサケの荒身が潜んでおり、その出汁はコク深いの言葉では言い尽くせないほどの旨味が凝縮されている。

出来立ての熱さが内臓各所に染み渡り、身体が満たされているのが分かる。この味噌汁だけで、酒が三杯は飲める。東京では逆立ちしても出会えない、圧倒的な本場の味だ。
「ありがとうございました」
「ごちそうさまでした!」
すべてを満たされて店を出る。うーむ、港を一周してから、素知らぬ顔でまたこの暖簾をくぐってやろうかしら。それで中休憩で入れなかったとしても、それもまた〝思し召し〟だと納得できる。
かつての占い師は〝あなただけが助かる手相だ〟と言った。レスキュー隊にはなれなかったが、今の私は、この店の丼によって、日常の澱みから見事に救助された──のだと信じている。
せきの(せきの)
| 住所: | 静岡県沼津市沼津市千本港町122 |
|---|---|
| TEL: | 055-963-5317 |
| 営業時間: | [月~水金]05:00~14:00[土日]05:00~15:00 |
| 定休日: | 木曜日 |


