〝ちょっと〟暖簾をくぐって幸せを!江戸川橋『いずみ』で見つけた正しきニッポンの酒場
人生に必要なのは、ちょっとの余裕と、ちょっとの酒。
あと、ちょっと「いい酒場」。この〝ちょっと〟があるかないかで、今日が〝ちょっといい日〟になるか、〝しょーもない日〟になるかが決まる……思い当たるでしょう?
財布にはお金がちょっとしかない。
……でも、晩杯屋ならちょっと飲めるじゃないか。
完全に二日酔いだ。二度と酒なんか飲むかよ。
……あれれ、結局また飲みに来てる。
まあ、いいか。飲んだらちょっとマシになってきたし。
そんな〝ちょっと〟があると、人生はだいぶマシに思えてくる。暖簾がちょっとくたびれていて、店内がちょっと暗くて、でも客の笑い声が明るい。メニューは手書きでちょっと達筆だけど、ホッピーは冷えてる。名物のちょこっとカレーは漏れなく全員頼む。おや、隣の常連なんか2回も頼んでいる。ちょっとイイコトがあったのかもしれない。いや、何もなくても頼んでしまう味なのだろう。
そんなちょっとが全部そろった〝正しきニッポンの酒場〟を見つけた。

江戸川橋の首都高池袋線がのしかかる神田川のほとりに、ひっそりと佇む酒場『いずみ』。見つけた瞬間に「おっ、これは……」と声が漏れるのは、酒場好きの反射神経。

赤ちょうちんに照らされた暖簾をくぐれば、きっとその答えは見つかるのだろう。
「いらっしゃいませ!」

ああ……もう、めっちゃイイッ! 入って一枚板のカウンターが奥まで続き、その奥がテーブル数席と〝家系〟小上がり。コンクリの床と色紙に黒板メニューに裸電球のワチャワチャと賑やかな店内が最高じゃないですか!

ちょうど店の中心にある席のカウンターに着座。席ガチャは見事にアタリ。店主の手元が見える砂被り席だ。テンションはマックスだが、ここは焦らず酒で落ち着こう。

まずは『ホッピー白セット』で喉の産声を。ジュワジュワとタンサンが弾ける起動音。グラスに注がれた白ホッピーが、氷と焼酎に溶け合いも聴こえてきそうだ。

うぶっ……うぶっ……うぶっ……、ひと口目で、現実からふっと切り離されるような感覚。ここから始まる料理たちに胸が高鳴らせよう。

お通しは『厚揚げのあんかけ』。漫才でいうところの〝ツカミ〟とはよく言ったもの。とろりとした餡が厚揚げに絡み、出汁の香りが鼻をくすぐる。この〝はじめの一品〟が旨ければ、後は期待しかない──そんな予感が〝確〟の〝信〟にズバリと変わる。

やってきたるは『とりハツ刺し』。プリッとした食感と、噛むほどに広がる旨味。鮮度の良さが舌にダイレクトに伝わってくる。

こいつは旨いなあ……鳥刺しの中でも、ハツは特に好きな部位になった。

野菜、果物、海鮮、そして女性も──旬は多様だが、『初カツオ刺し』は、この時はまさに旬の味覚。

この時期のカツオは切り口がビンビンに尖り、味の方も「これでもか」とカツオの旨味を押し付けてくる。これがやたらと薬味との相性よく、口の中で旬が踊る。
この酒場を知ったのは、私の愛読している大竹 聡パイセンの『100軒マラソン』のシーズン1の最終話から。ウチから江戸川橋は、微妙に行きづらい場所であるにも関わらず、その日から「近いうちに」思い焦がれていたのだ。
今のところ、何ひとつ減点はない。いやはや、これは最終話になるワケだ。

『刺身用アジフライ』は、名前からして心をくすぐる。〝刺身用〟という言葉が、ただのフライではないことを物語るじゃないか。

衣に包まれ、油に漬かっているはずなのに、口に入れた瞬間、新鮮なアジの香りと甘みが広がる。これはもう、フライというより〝温かい刺身〟だ。うん、我ながらいい例えだ。

『北海水タコと天然ヒラメ刺し(肝醤油)』は、贅沢な二種盛り。北海水タコは驚くほど柔らかく、噛むたびに海の香りが広がる。ヒラメは肝付きで、濃厚な肝醤油がその繊細な身を引き立てる。

ひと口ごとに、静かな感動がやってくるようだ。

まだまだ続く。『イワシ梅肉串焼き』は……すいません、これは〝ちょっと〟どころの旨さではなかった。

旨すぎる……! 焼きたてのイワシに梅肉が絡み、香ばしさと酸味がちょっとだけ……ほんのちょっとの〝絶妙〟が調和する。翌朝、ふと目覚めた瞬間にイワシの旨味が蘇るほど記憶に残る、これぞ傑作の一串。

締めは『高菜チャーハン』。周囲の客がこぞって頼むので、ついついツマミ泥棒。

パラリパラパラとした米が口の中にふわっと浸透し、時折「ポリッ」と口中に響く高菜の食感がすばらしい。香ばしさと塩気のバランスが絶妙で、締めとして申し分ない。
いっちょ前に、料理というのは「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」「うま味」が、ちょっとずつのバランスを保って完成されるのだと言わざるを得ない。

あっという間に店は満席。ずっと見ていたけれど、料理に配膳、予約の電話対応に至るまで、お店の皆さまたちの手際の良さが、とにかく気持ちいい。
今日を〝ちょっといい日〟にしてくれるのは、こういう酒場だ。江戸川橋の神田川沿い、『いずみ』で飲んだホッピーと、旨い料理と、ちょっとした笑い声。それだけで十分。
めっちゃイイ酒場は、結局〝ちょっと〟の心地よさでできている。
いずみ(いずみ)
| 住所: | 東京都文京区水道2-4-4 |
|---|---|
| TEL: | 03-3815-6594 |
| 営業時間: | [月・火・水・木・金]17:00 - 23:30[土]17:00 - 23:00 |
| 定休日: | 日・祝日 |



