元ヤンに切符を握らされた駅で、今は大箱総合酒場でホッピーを握ってる/藤沢「宗平」
三か月……いや、二か月に一度は、無性に行きたくなる〝大箱総合酒場〟というジャンルがある。それは、中規模ローカルチェーンでも、小さな個人経営店でもない。
ちょっと大きめの駅前ビルに、必ずといっていいほど存在する――昼から飲める、広くて、なんでもある、あの空間。昼から大酒を飲む酒場ナビ読者なら分かると思うが、あの感じ……イイよねえ。

15時くらいがいい。ランチ客が掃けたあとの、マッタリとした時間帯。ホワイトボードのおすすめ刺身と瓶ビール。客は疎らで、大箱特有の静けさに、グラスが麦汁で満たされる音が沁みる。時間は有り余っているから、食べたりなかったらその都度料理を頼み、いい意味でダラダラと酒場を愉しむ。

スマホで動画やゲームなんかやらない。ただただ、大箱総合酒場と向き合って飲る。夕方に人が混み始めたら終了。そんな贅沢な時間が、まだ全国に点在している。
……ほら、想い焦がれるだけで行きたくなってきたでしょう?

そんなんを想い焦がれて、やって来たるは神奈川県・藤沢。藤沢を含む湘南は、漫画の影響でどうしても〝爆音バイク団体〟のイメージが強い。そういえば……昔付き合っていた子も藤沢で、もれなく元ヤンだったなあ。

その子の家に初めて泊まって、藤沢駅まで送ってもらい、電車の切符を買おうとしたら「ほら、コレ」と先に切符を私の手に握らせて颯爽と去って行った。私はなぜか元ヤン女子とお付き合いすることが多いのだが、きっと潜在的に、こんな男気のある女性が好きなのだろう。

そんな苦酸っぱい思い出はさておき、いま欲しいのは元ヤンではなく、大箱総合酒場。

目指すは南口から歩いてすぐの『プライム』ビル。たまりませんね、この昭和ヨロシクのシブい造り。

エレベーターで三階まで上がり、「チン」と扉が開くと……ありました。

出たっ、『宗平』だ! 店先には全国の銘酒を並べた大きなショーケース。木目模様に塗り替えたビルの太い柱には、豪壮な木板看板。他はどこにでもありそうなレストラン街の店なのに、この一角だけ民芸風を醸し出している。中が楽しみだ。
「いらっしゃいませ」

おおっ、いいですねえ……! 店に入ると、ど真ん中にテーブル型の囲炉裏があり、それを囲うようにテーブル席がビッチリ。

四方には広い座敷が伸びていて、パッと見ではどれくらい深いのか見当もつかない。ああ、これぞ大箱総合酒場……このワクワクする感じがたまらない! 他に客は一組だけ。もちろんどこに座ってもいいと言われたので、店の真ん中を酒座に決める。

テーブルのテカテカとした茶光がまたいい。さっそく、ここへ酒を飾ろう。

ここはやはりホッピー。スリムジョッキに氷が強めで、水位は50%くらいか。そこへホッピー120ミリリットルを注いで、アルコール度数30%程度にチューニング。いい具合に仕上がったところを……

ブオンッ……ブオンッ……ブオンッ……、タッハー!〝幸運(グッドラック)と踊(ダンス)〟っちまったぜ! 鰐淵サンも驚くほどのおいしさに、早く料理がよこせと胃袋がフルスロットル。問題はここが大箱総合酒場であること。なんでもあるはずだから、時間がかかりそうだ、ウフッ、ウフフ……!

まずは「なんで今まで出会わなかったんだろう」と不思議な『春菊の塩昆布和え』から。そんな熟年恋愛のような驚きが、この春菊と塩昆布の邂逅にある。

青々とした春菊の苦みを、塩昆布が優しく抱擁。これにはまいった。間違いなく草食系(くさ系)おつまみの中でダントツ一位の旨さ。ぜひとも世の酒場でも流行って欲しい。

続いて『白身三点盛り』。真鯛、ひらまさ、すずきの白身界の闘魂三銃士が、皿の上で静かに構えている。どれも主役級なのに、喧嘩せず、互いを引き立て合う。

真鯛はネットリと白身の王道の貫禄、ひらまさはキレのある色白色男。兄貴分のすずきは、旨味で舌を包むような……そう、包容力のある味わい。

この三人が揃うと、酒が進むというより、酒を忘れてしまう。

これだけ酒場に行っているのに、まだまだ知らない料理があるっていう、嬉しさでもあり悔しさでもある。特にこんな大箱総合酒場になると、その可能性は計り知れない。

そこへまた……これはなんだ、『すぼ』だって? 初見で「すぼ」と聞いてもピンとこないが……なるほど、見れば納得。ストローで巻いたかまぼこのことか。

というか、ストローがそのまま残っているのが、なんともセンスを感じる。

ムチムチとした弾力は、『特攻の拓』で例えるなら半村晶チャンの二の腕か……いや、中村雛子チャンの胸部くらいだろうか。見た目のインパクトと、食感のギャップにやられる。

思わず「……!?」となったのが『巻き寿司の盛り合わせ』は、赤・緑・黄の信号機カラーの花火が皿の上で打ち上げられた。

鉄火巻きの赤はこってりな赤身の旨味、きゅうり巻きの緑はシャキシャキと清涼感。沢庵巻きの黄は、ポリコリと食感が楽しい。
来年の夏こそは、マブいオンナを連れて湘南の花火大会に行きたいゼ。

ただいまの時間は……まだ、16時過ぎだっていう嬉しさよ。
唯一の客も帰り、ついにこの大箱が私だけのものとなった。かつて元ヤンの彼女に切符を握らされて見送られた藤沢駅で、今の私はホッピーのジョッキを握りしめ、春菊の塩昆布和えをムシャムシャと頬張っている。
あの頃は恋に心が揺れて、今は酔いに脳が揺れて――詰まるところ、これからも私はこの〝大箱総合酒場〟という不思議な磁場に、何度でも吸い寄せられてしまうのだろう。
宗平(そうべい)
| 住所: | 神奈川県藤沢市南藤沢2-1-2 |
|---|---|
| TEL: | 0466-23-0006 |
| 営業時間: | 11:30 - 22:00[日]12:00 - 22:00 |
| 定休日: | 第2・4火曜日 |



