さらば愛した味、ようこそ惚れた味/三島「お食事処 源氏」
正月に埼玉の川越を訪れた際、駅前で「ゼッテリア」なる看板に遭遇した。「ロッテリアの丸パクリじゃん!」と、職業柄その挑戦的なネーミングに目を奪われたが、後日、衝撃の事実を知る。「すき家」や「はま寿司」のゼンショーへの傘下入りに伴い、54年の歴史を持つロッテリアが順次「ゼッテリア」へと姿を変え、2026年には事実上消滅するというのだ。
まさか、ですよ。私はマクドナルドより完全にロッテリアが派だった。幼い頃、夢中で頬張った「リブサンドポーク」も消えてしまうのだろうか。街の再開発も然ることながら、思い出の〝味〟というものがなくなるのは、どうにも胸がモヤモヤする。
そういえば……テリヤキバーガー童貞を卒業したのもロッテリアだ。失恋と同じで、無くなると思えばその味に会いたくなるのが人の性というもの。

そんな事実を知る数か月前。私は三島駅に降り立っていた。東海道新幹線の停車駅って、すべて豪華なアーバンスタイルだと思っていたが……見上げれば、剥き出しの鉄骨が組まれた高い天井と、時代を支えてきた無骨な梁。足元には、数多の旅人に踏み固められ、角の取れたタイル……高度経済成長期の熱狂をそのまま閉じ込めたようなその無骨さが、いいですねえ。
それから駅を出てすぐ、目の前に構えるその店を見た瞬間、思わず「あ!」っと、虹でも発見したような声が出た。

出たっ、『お食事処 源氏』だ! すばらしい、この堂々たる佇まい。ビル上部には「釜めし」の巨大な文字、その下には年季の入った「うなぎ」「生そば」の本業は一体なんなのか分からない木看板が並ぶ。

使い込まれた外壁の質感は、時代の荒波を潜り抜けてきた証左だ。看板の文字ひとつひとつに、この街で暖簾を守り続けてきた自負が宿っているようだ。駅の反対側にある「三嶋大社」様を差し置いて、二礼二拍で中へと入った。
「いらっしゃいませ~」

わっ、広い! 一歩足を踏み入れれば、そこは旅人と地元の呑兵衛を等しく包み込む「マッタリ」が満ちていた。使い込まれた黒光りする小上がりのテーブル、控えめなホワイトボードメニュー、そしてこの酒場の空気を均等にかき回す扇風機。

小上がりの畳に腰を下ろせば、妙な安心感に包まれる。駅前の喧騒が嘘のように遠のき、ただ酒と向き合うための時間が流れ始めた。

まずはここならではのシグネチャーモデル、名物『三ヶ日ハイボール』を注文。静岡が誇るとされる三ヶ日みかんのフルーティな香りが鼻腔をくすぐりやがらあ。

ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……すっぺうまぁぁぁぁっ! 柑橘の爽やかな酸味と強炭酸が、渇いた喉をスカッとリフレッシュさせてくれる。ウイスキーの重厚なコクをみかんの甘みが優しく包み込み、まさに生きかえる心地だ。ならば生き返りついでに、生き返り料理もいただこう。

まずは駿河湾の恩恵、とれたての生シラスから。箸で掬い上げれば、一匹一匹が水晶のように透き通り、生命の輝きを放っている。生姜醤油を潜らせて口に運べば、なめらかな舌触りと共に、うま味のあるほろ苦さが広がる。この鮮度抜群な苦味こそが、酒呑みにはたまらない最高のアテだ。

続いて、淡い桃色に染まった海の宝石『生桜エビ』へ。殻ごとの絶妙な食感が心地よく、噛み締めるほどに風味豊かな甘みがじゅわっと溢れ出す。シラスと交互に味わえば、口の中は瞬時にして至福の駿河湾に染まっていく。

さてさて、この店が発祥だという注文率No.1の『うなぎコロッケ』もいただこう。揚げたてを割れば、中からタレの染みた鰻が顔を出す。サクふわの衣と、ホックホクのジャガイモのコンモリ。

そこに鰻の濃厚なコクが加わり、未体験の極うまなマッチングを奏でる。これは、これはやみつきになる。
ふと隣へ目をやると、年配のマダム二人客がしっぽりと盃を重ねていた。私が店に入った時には既に仕上がっていたが、私が会計を済ませる頃になっても、マダムたちの宴はまだ続いている。
こんな真っ昼間から、温暖でのんびりとした静岡の街の空気に身を任せ、自由気ままに飲る。その贅沢な時間の使い方が、私の将来の夢だと彼女らに伝えたかった。

夢見心地にやってきたのは、ジビエの王道、伊豆産鹿肉を100%使用の『伊豆メンチ』。ひと口噛めば、肉汁がじゅわーと溢れ出す。鹿肉特有の深いコクはありつつも、臭みは微塵もないとう不思議。

上質な赤身肉の力強さをダイレクトに感じる、まさに、自然が育んだごちそうだ。

ゼッタイ、駿河湾で『アジの塩焼き』を忘れてはいけない。この一帯のアジは、どうしてこうもふてぶてしいほどに旨いのか。こんがりと焼き上げられた皮目に、真っ白な化粧塩がよく映える。

「フゥワッ」
箸を入れれば、中はふっくらと蒸し焼き状態で、脂の乗った身がじわりと口内で解けていく。シンプルだからこそ、素材の良さが際立つ絶品だ。
ああ……本当にいいなあ。久しぶりに〝ここでしか〟味わえない、しかもどれも旨い料理を堪能。これがまた駅近というから最高だ。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
マダムたち、また酒をおかわりしていますね。ここはまだまだ平和だということか。
「ロッテリア」がこの先どんな〝ッテリア〟に姿を変えようと、愛した思い出の味が時代の波に消え去ろうと、それはそれで受け入れるしかない。しがない呑兵衛に出来ることは、たまたま巡り逢った味を、無くなった思い出の味に置き換えていく。
それで、いいのかもね。

あっ、この店で「リブサンドうなぎ」を出してくれたらうれしいなあ。
お食事処源氏(おしょくじどころげんじ)
| 住所: | 静岡県三島市一番町15-22 |
|---|---|
| TEL: | 055-975-0882 |
| 営業時間: | 11:00~21:30 |
| 定休日: | 不定休 |


