土崎「こんどう食堂」おもひで んだんだ
前回に引き続き、今回も秋田編。
今回はさらに私の本気の地元である”土崎(つちざき)”の店を訪問した。
土崎は秋田県の沿岸部にある港町で、毎年夏には「土崎港祭り」という重要無形民俗文化財の祭りが有名で…などと、そんな情報はいいとして、この土崎は私 にとって、子供の頃を過ごした思い出の場所であり”ルーツの場所”なのである。
その土崎に「こんどう食堂」という老舗の食堂がある。
この食堂を知らない人は”エセ土崎人”と言っても過言ではないほど有名な食堂である。
──だが、私は「こんどう食堂」に行ったことがない。
いや、もしかしたら幼少期に連れて行って貰っているかもしれないが全く記憶にはない。
学生の頃、毎日のようにこの店の前を通っていたし、クラスに”近藤”という苗字がいれば「お前、こんどう食堂の子供だろ」と言われるのが鉄板ネタになっているほど身近な存在だったのにも関わらず、
私は行ったことがない。
そんなことを思い出し、今回の帰郷で必ず訪問しようと企んでいたのだ。
北国といっても夏は暑い。
いや、この日は暑すぎた。家から歩いて10分程度だが店に着くころには瀕死状態であった。
緊張する間もなく、私は生まれて初めてこの店のドアを開けた。
中へ入るとテーブル席が大小6つ程で、騒がしくない程度に物が並び、エアコンも効いていた。
奥には客席スペースよりはるかに大きい厨房があり、例えるなら小中学校の給食室のようだ。
客は誰もいない。
にわかに、子供の頃の自分が私の手を引き、窓際の席へと座らせた。
“給食室”から”給食のおばさん”が注文を聞きに来る。
パッと目に付いたものが「冷やし中華」であった。
給食の冷やし中華って旨かったなぁと思い出し、思わず注文した。
給食のデザートには名物という「そばだんご」を。そしてパック牛乳の代わりは中瓶ビールを頼んだ。
今日の”給食当番”である私の倍以上の歳であろう同級生の女子が、カキンカキンに冷えたパック牛乳… いや、中瓶ビールを持ってきてくれた。
そして私は、”見えない同級生達”と久しぶりの再会に乾杯した。
チャイムが鳴り、給食の時間が始まる。
先ほどの給食当番の女子に、冷やし中華を器に盛ってもらい「先生いただきます、みなさんいただきます」とは言わなかったが食べる。
完全に昔食べた給食の冷やし中華であった。唯一、違う所はカラシを使うか使わないかである。
良い意味で”チープ”であり本当に子供のころに戻ったかのような錯覚を覚える食べ味である。
しばらくすると、私の肩を「チョンチョン」と、これまた見えない隣の席の同級生が「今ダイエット中だからこれあげる」と一丁前に女を気取りながら私に「そばだんご」を渡す。
昔も今も、甘いものを殆ど食べない私だが、女子の頼みでは仕方がない。
しかし、食べてみるとこれまた甘さ控えめで蕎麦の風味も悪くなかった。
久しぶりの給食の時間を過ごしていると、ふと一枚の色紙が目に入った。
漫画「味いちもんめ」の作者の「倉田よしみ」のサインであった。
そうだ、ここ土崎は倉田よしみの出身地である。子供の頃、近くで個展もやってて見に行った記憶もある。
さらにその色紙の上にもう一枚、手形が押された色紙が飾ってある。
「豪風(たけかぜ)」
と書かれている。
力士のサイン色紙なのだが、この豪風と私は高校(金足農業高校)のリアル同級生なのだ。
私は高校の同級生の友達が殆どいなかったのだが、ある日クラスの席替えがあった時に私の目の前の席が豪風になり、何故かこいつとは直ぐに打ち解けた。
豪風は秋田県内でもトップクラスの田舎から下宿で高校に通っていた。
訛り方も半端ではなく、私の本名は『さいとう』なのだが、いつも「さいどぅ~、さいどぅ~」と、名前を呼ぶのでさえ訛っていた。
高校卒業後は、一度だけ新宿の歌舞伎町で偶然会い、「今、先輩と風俗に行ってきた帰りで、さいどぅ~にこの店の割引券をやる」と私に割引券を手渡してきたのが最後であったが、その後、相当活躍して銅像まで建てられたと聞いた。
チャイムが鳴り、給食の時間が終った──。
地元と老舗店。
初めて入ったはずの店なのに、思い出を揺さぶるものが多すぎて、このままでは東京に帰れなくなってしまう。
私は、”給食のおばさん”と”見えない同級生達”に思い出を預けたまま店を出ることにした。
「こんどう… いや、こんどぅ~食堂、 また来ます。」
こんどう食堂(こんどうしょくどう)
住所: | 秋田県秋田市土崎港中央4-5-50 |
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TEL: | 018-845-1212 |
営業時間: | 10:00~19:00 |
定休日: | 日曜日 |