盛岡「細重酒店」サウイフ角打ちニ、ワタシハイキタイ【おまけ記事あり】
岩手県盛岡市。
私の地元である秋田県のお隣ということで、車の免許を取ったばかりの時は、よく深夜に盛岡駅までドライブに来たものだ。
といっても、当時は特に目的があるわけでもなく、何となく駅の周りを回ってすぐに帰るだけだった。
『盛岡駅』
もうかれこれ20年ぶりに訪れる盛岡駅。
この駅は、目の前に雄大な『北上川』が流れており、一旦大きな橋を渡ってから街らしい繁華街が並ぶという、県庁所在地の大きな街にしては、ちょっと変わった街風景なのだ。
ここに来た理由は、一週間ほど秋田に帰郷していたのだが、新幹線で東京に帰るついでに、どうしても寄りたい酒場があったからだ。
川沿いを歩き、30分くらい経ったろうか、古い町並みの一角が現れその中の一軒に今回の目的の酒場があった。
『細重酒店』
〝ほそしげ〟と読んでしまいそうだが、〝ほそじゅう〟が正しい。酒店と名が付く通りこの店は酒屋であり〝角打ち〟が出来る店なのだ。
外に暖簾がないので〝エア暖簾引き〟をして早速中へ入ってみる。
中は日本全国どこにでもあるような〝酒屋さん〟である。
そんな普通の角打ちの為に、なぜ盛岡くんだりまでして来たかたいうと、角打ちをするその場所に理由があった。
この〝内暖簾〟を潜ると、様子は一変する。
えっ!?ここでホントに酒飲めるの!?
これは映画のセットや博物館の展示物などではなく、完全に一般家庭の生活の一部であるのだ。
『わぁ~、昭和時代っぽいな~』という大衆酒場は何度も行ったことがあるが、ここは『わぁ~、江戸時代っぽいな~』と言わざるを得ない。
とにかく酒場に来て、〝どこでどうやって酒を飲めばいいかわからない〟と思ったのはここぐらいだろう。
そうこうしていると、女将が奥からやってきたので聞いてみた。
「あの、ここって角打ちが出来るんですよね?」
「えぇ、できますよ」
お年は召されているが、しゃべり方や振る舞いに〝そつ〟がない女将。明らかに〝外から来た人間〟を見る風に一度私を確認して、酒の種類を丁寧に教えてくれる。
「ビールや〝もっきり〟もあるし、お店のお酒を選んできてもいいですよ」
「じゃあ……ビールください」
「はい、じゃあ前金ね。そこらへんに座っておいてください」
(えっと、そこらへん……?)
女将がそう言うと、奥にあるビールサーバーでビールを注ぐ女将。歴史的に重要な価値がありそうなものばかりな様な気がしたので、とりあえず座敷の端にチョンと座りビールを待った。
『生ビール』
うまいっ!!
そこまで暑い日ではなかったが、店の外から中庭へ向かう風に吹かれて飲むビールは、風流かつ格別であった。
「なんか、おつまみも貰っていいですか?」
「はーい。ここから適当に選んでちょうだいね」
まるで子供の頃に毎日通った〝駄菓子屋〟でお菓子を選ぶ気分だ。角打ちでは、これも懐郷の情に駆られ、堪らなく好きな時間なのだ。
『酢イカ』と『さば水煮』
「はい、醤油どうぞ」
女将に『さば水煮』用として醤油を渡される。さすが東北、すでに〝しょっぱい〟ものをさらにしょっぱくするのだ。今日は血圧の事は忘れ、地元秋田に住んでいたときを思い出し大量に醤油をかけるのだ。
「おーい、来たよー」
「アラ、また今日も来たの?」
店に入ってくるなり、店内のワンカップを選ぶ男性の先輩。
女将に代金をポンと渡したあと、私の隣に座り私をチラリと見たが、特に何も言わずにワンカップを飲み始めた。
「昨日、あのあと21時半まで店を開けてたのよ」
「21時半!? あややや~!」
〝岩手訛り〟なのかは分からないが〝あややや~!〟と何度も驚く先輩。どうやら前日の夜、地元の祭りがあったらしく店を閉めたのが大分遅かったようだ。
近いところでのやりとりだったが、特に会話に私から混じることも、あちらから振られることもなく、その時間を楽しんでいるとまた来客があった。
今度は少し賑やかだ。
「チャーッス!ハイボール貰っていいッスか!?」
およそ私と同じ30代くらいの男性二人組が、先ほどの先輩と同じように酒を選んで中へ入ってくる。そして、慣れたように近くにあったビールケースをひっくり返して〝テーブル〟を作った。
「アラ?あんた達、仕事は?」
「休んだッスよ~!で、また今日も来たッス!」
「バカッ!仕事休んでまでここ来るんじゃないよ!」
「だってムかつくんスよぉ~」
こちらはどうやら仕事をサボって友人と一緒に飲みに来たらしい。二人組は、いそいそと酒を飲みながら女将に話しかける。
「オカーサン、惣菜買ってきていッスかー!?」
「はいよ」
「じゃあ、ちょっと行って来るッス!」
なんとこの二人組は、店の商品ではなく向かいのスーパーで惣菜を買いに行ったのである。
暫くして戻って来ると、スーパーの袋から惣菜を取り出し、当たり前の様にそれをアテに飲み出す二人組。東京じゃなかなかお目にかかれないシステムだ。
「おー、兄ちゃんらまた昼からやってんのか」
酒のアテに弁当を食べ始めると同じくしてまた来客。今度は50代くらいの男性が、店の入り口ではなく裏の入り口から入ってきた。
「仕事サボっちゃったんス!」
「しようがねぇなぁ」
「ほんとにもう、明日からちゃんと仕事行くのよ~」
その男性も慣れた感じでカウンターに座ったのだが、暫く持参のお茶のペットボトルを飲みながら、周りの客らと一言二言、会話するだけだった。
〝先輩、お茶飲むんでっか!?酒飲まなアカンでしょ!〟
〝そうでっせ!一緒に飲みまひょや!〟
ここに、イカとカリスマジュンヤがいたら、きっとあの〝ドギツイ関西弁〟で割り込み、それにつられて私も会話に参加したに違いない。
だがここは東北・岩手。
同じ〝控え目〟で〝繊細〟な東北の血が流れる私には、こんな落ち着いた時間が流れる場所で酒を飲むことも心地がいい。
そういえば、岩手といったら『宮澤賢治』が有名だったな。
隣の先輩が落としたゴミを 拾ってあげた時に話しかけることは出来たが
〝ハナシカケズ〟
女将がテレビを観ながら 「東京が大雨警報だって」と呟いたトークチャンスも
〝ハナシカケズ〟
〝サウイフ サカバ デ
ワタシハ ノンデル〟
と、くだらない詩を心で詠み、結局、私はひとり静かに酒を飲み、そのうち店を出ることにした。
「ごちそうさまでした」
「はーい、また来てね」
後ろを振り向くと、先輩、男性二人組み、お茶の先輩がそれぞれの〝角打ち〟を楽しんでいた。
語らずとも伝わる酒場の会話、これはこれで楽しい。
いや、それが東北人っぽい飲み方なのかもしれない。
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夜になると盛岡駅へ戻り、東京行きの新幹線に乗り込んだ。
発車まで少し早かったが、缶チューハイとつまみを広げ〝さて、はじめるか〟と缶チューハイを手に持った瞬間、私の席の横を見覚えのあるシルエットが通った──
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細重酒店(ほそじゅうさけてん)
住所: | 岩手県盛岡市鉈屋町3-4 |
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TEL: | 019-622-2314 |
営業時間: | [月~土] 9:00~20:00 [日・祝] 12:00~20:00 |
定休日: | 第1・3日曜日 |