野方「秋元屋」アキモトヤレゾンデートル
数年前、私は所謂『家呑み』というもの嵌り、珍しい酒があると聞けば酒屋へ走り、酒のつまみの研究に励みつつ、アマゾンで美しいグラスを見つけては〝ポチる〟という『最高の家呑み』を目指す日々が続いた。
それをきっかけに『酒場めぐり』にも没頭することとなるのだが、酒場ナビメンバーのイカに連れて行ってもらった鶯谷『鍵屋』の訪問は、それらをさらに傾倒させるに十分な出会いであった。
「あきもとや……?」
「せやで。お前の住んでるところから近いから行ってみーや」
そんな『酒場めぐり』を始めてすぐに、〝めぐり先輩〟でもあるイカが私に勧めてきたのが野方にある『秋元屋』という酒場であった。
〝秋元屋〟
今でこそ、当たり前に知っているこの酒場は、当時の私にはまったくの〝未知酒場〟であり、「大衆酒場は〝○○屋〟ってのが多いなー」くらいにしか思っていなかった。
そして、この酒場が私の人生初の〝ひとりで呑みに行った酒場〟であるという、思い出酒場でもあるのだ。
『あの時』は、妙に緊張していたことを今でも覚えている……。
それまで外へ酒を飲みに行くとなれば、必ず数人……いや、多いときには数十人ででも集まって呑みに行くのが当たり前だった私が、ひとりで、しかも入り易いチェーン居酒屋ではない飲み屋へ行くなど、初めて自分から女の子の手を繋いだ時ほどの意気込みと変わらなかった。
──そんな事もこともあったなぁと、先日、夢に出てきたのだ。
その夕方、
私は夢寝起き間もなく『秋元屋』のある野方駅へと歩いて向かっていた。
『野方駅』
非常に想い入れのある駅であり、だいぶ綺麗に改装されてしまってはいるものの、二十代前半の頃は非常によく利用しており〝酸いも甘いも〟をある意味一番『想起』させる駅なのだ。
そこへ……
『秋元屋』
初めて訪れた時と何ら変わらない外観が今もそこにある。
なんなら、この『ビニルハウス』の様な外席がある店も、ここが初めて訪れた店だったかもしれない……。
「へィらっしゃーい!!」
『ビニルハウス』の入口から入ると、毎回威勢のいい出迎えがある。激渋酒場にいるような後期高齢者な大将、女将とは違って、ここには若い店員が多いのも理由であろう。
そういえば……初ひとり飲みの『あの時』は、物凄く隣客と近いカウンター席に座らせられたな……
思わずまた、
初めてここへ来た時のことを思い出すのだ。
『あの時』は一番客入りのある時間帯に入ってしまったせいか、カップルでもそんなに密接して座らないようなぎゅうぎゅうのカウンター席に座らせられたが、今日は開店後の割とすぐに訪れたので大丈夫──
左は……近い、
右は……
もっと近い……。
「すんません……」と両側の客に挨拶をして、恭しく間へ入れてもらうのだ。
何はともあれ何を飲むか……と、『あの時』の初注文は『生ビール』だったような『レモンサワー』だったような……。
今でこそ『酒場ナビ』なんてものをやっているので写真は一酒場に数十枚単位で撮っているが、当時の私は〝男で料理の写真を撮る〟などオカマがすることだと思っていたので、何を頼んだかなどの記録メディアはない。覚えていることといえば、ただただ緊張して周りをキョロキョロと見渡し、何となく目に付いた酒や料理を注文していただけということだ。
『シャリキンレモン』
余裕のある今の私は、ただのレモンサワーでは飽き足らず落ち着いて『シャリキン(凍らせたキンミヤ焼酎)レモン』をチョイス出来るまで成長?……したのだ。
この日は少し暑いくらいの大春日和で、その中を20分ほど歩いてここまで来たこともあり、汗をかいた後〝霜下りジョッキ〟にシャリィリィとシャーベット状に凍ったキンミヤ焼酎が喉を通過する感覚が異常に気持ちが良かった。
もちろん、『あの時』何の料理を頼んだかなど皆無ではある。覚えていることいえば、初めてのひとり酒の注文で〝素人感を出したくない〟ないというプライドから秋元屋の料理をネットで読み漁ったものの、結果、妥当なモノを注文していた気がする。
まぁ、味覚が大幅に変わっていなければ〝コイツ〟を頼んでいたに違いないのだが。
『煮込み』
〝無駄がない〟という感想が最初に頭へ過ぎる。それは〝臭み〟であり〝雑味〟であり〝手間〟であり〝金額〟であり……それらを全てひっくるめて〝無駄がない〟ということだ。『あの時』は「煮込みなどどこでも一緒」などという『戯けた』感想を思いながら食べていた気がする。
そして〝やきとん 秋元屋〟というくらいだから、ここに来て『やきとん』を食べないそれこそが『戯け』であり、大人らしく好きなものだけを注文する。
『レバ』
前歯でかじるとカリジュワリと歯に肉汁感が伝導するのだが、その理由がその断面にあることと気づく。
カリッと焼かれた表面の内側は、肉汁気たっぷりな艶やかな『ルビー』の輝きを放っていたのだ。ルビーは〝情熱〟という石言葉であり、やきとんで情熱的な味を感じるのはこの店とあと数軒くらいのものであろう。
『自家製つくね』
〝自家製〟って名前の頭に付けるだけで、どれだけ購買意欲を喚起することか。ここでもその意欲喚起は『当たり』の『前』であり、大ぶりの巨玉肉は表面がこんがりと装飾されており、ガリガリ君を食べるときのように男らしく奥歯で引っこ噛むものなら、クリスピーな食感と共に中からの肉汁が口いっぱいに溢れる様で、思わず私の大事なトコロまで〝喚起〟しそうになるのだ。
……『安定』、している。
『あの時』の私は、初めてのひとり酒の酒場として、こんなにも『安定』しているところから始めたのか……。
そう思うと、それが〝正解〟だったのか〝不正解〟だったのか……なかなか複雑なところである。
続いて、ここの焼き料理で一番に好きな焼き物を注文したのだが、出来上がるまでに少し時間がかかりそうだった。
と、
『あの時』の私は、確か目の前にある炭焼場でやきとんをどういう感じで焼くのかを熱心に見ていたのを思い出した。
実際にその後『最高の家呑み』を目指していた私は、おもちゃの『焼鳥機』をアマゾンで購入して、さらに焼いた焼鳥にくぐらせる『タレ』まで作り始めたのだ。ほぼ毎日のようにやきとんや焼鳥をその機械で焼き、タレをくぐらせては継ぎ足すということをしていのだが、気づかないうちにタレは腐っており、腹を壊してからはその『焼鳥屋ごっこ』は止めたのだ。
今の私は、待っている間に先ほどの『レバ』に添えられていた『ネギゴマ油』をチビチビとアテにしながら待つのだが……これに関しては『焼鳥屋ごっこ』の私の方に分がある気がする。
『肉巻きトマト』
出ったッ!!
これが私のお目当ての一品なのだ!!
〝鳥でも豚でもないやないかいっ!!〟と言われてしまいそうだが、ここの肉巻きトマトは『プチトマト』ではなく、普通サイズの〝くし形切り〟にされたトマトをベーコンでガッチリと巻いており、その〝トマト汁感〟が満載でジュオワァァアと口に広がる旨酸味と、カリリッと焼かれたベーコンの絶妙なカップリングが堪り堪らないのだ。
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時間の経過と共に賑わい始める店内。
『あの時』もそうだったが、酒場でひとり酒をしている時の周りの賑やかさに溶け込みだすと、一瞬、なんだか自分が『異世界』に迷い込んでいる様な気分になることがある。
その独特の雰囲気に呑まれないように、『あの時』は確かスマホの電子書籍で『日本酒辞典』を見ながら、必死にこの酒場の〝存在のひとつ〟になろうとしていた。
そして今は、『あの時』の記憶をアテに、またこの酒場の〝存在のひとつ〟になろうとしているのだ。
そんな事を想うと、その何だかよく分からない呑み方のこだわりに、思わず笑う……というより、
〝じぶん家の近くに、こんな名酒場があってよかった──!!〟
と、ニヤけるのを酒で呑み流すのであった。
そんな『あの時』も、たまには思い出して呑んでみてはいかがだろうか。
秋元屋(あきもとや)
住所: | 東京都中野区野方5-28-3 |
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TEL: | 03-3338-6236 |
営業時間: | [月~金] 17:00~24:00 [土・祝] 16:00~24:00 [日・定休日前日] 16:00~23:00 |
定休日: | 月曜定休 ※月曜が祝日の場合は営業し、翌日火曜が休み。 |