阿佐ヶ谷「とり成」焼鳥屋で見つけた驚きの隠れウマ料理
商売と名の付くものだったら、何にしても〝隠してはいけない〟と、商売の素人ながら思ってしまうのだが、そんな商売をしている店……まぁ私からしたら酒場なのだが、そんな酒場ほど名店が多いという事実もある。
一見、どこにでもあるような外観の酒場に入ると「あら、いい雰囲気じゃないの」とニヤリ、席に着く。壁の手書きメニューに目をやって、とりあえずのメニューを頼む。それが思いのほかウマいもんで、今度は注意深く手元のメニューを読むと、他の料理名の中に埋もれて、それは似つかわしくない料理名を発見。躊躇いなく、その埋もれている料理をマスターに頼むと、「おっ」というマスターの目が光る。それで、そいつが満を持して目の前に出されて頂いてみると、まぁ、これがうめぇのって。いやいや、こんなウマいんだったら店先の目立つ所にでもドンと大書すればいいのだが……それを目当てに「ハイ、いただきます、ごちそう様」だと、何か味気ない気もしないでもない。商売とは難しい。
ただ、この不意に現れる〝隠れ名酒場〟は、逢着すると、それはたとえようのない喜びになるのだ。
最近、中央線の飲み屋の街としてのイメージも強くなってきた『阿佐ヶ谷』は、どの〝通り〟も、歩いているだけで楽しい。パールセンター街をはじめ、すずらん通り、スターロードにいちょう小路。それぞれに名酒場もあり、よく飲りに来る街でもある。
ある夜に、何千回も往復はしただろうが、名前の知らない通りを歩いていると、気になる看板を見つけた。
『とり成』
白地に紫で、刺々しいフォントの看板。小さな雑居ビルの一階にあり、その他はどこにでもありそうな焼鳥屋だ。ただ、入り口の扉の雰囲気が隠れ家バーテイストで、どうにも好奇心をくすぐるのだ。今までまったく目にも止まらなかったが、これも何かの思し召し。中へ入ることにした。
ギィ──……
重めの木製扉のいいサウンズ。
「いらっしゃいませ」
おお……なんだ、この独特な空間は。無機質な茶色の壁、コンクリートの床、どことなく薄暗い感じは、ところどころにある間接照明が演出している。
本当にバーみたいだ……いや、大衆酒場とバーの中間というのが正しい。そしてこの落ち着きは何だろうと、よく耳を立てていると、丁度いい音量のジャジーなBGMが流れていた。
♪ドゥルッドゥッドゥーッ、
タラッタ、タラーン……
軽快なウッドベースと、しなやかなピアノの音色。誰にも気を使うこともない、気取った独りの時間がいい……これは〝隠れ家〟というやつだ。一発で気に入ってしまい、すぐさま目の前にあったテーブルに酒座を決めた。
「マスター、マティーニを……」と言いたいところだが、一応ここは焼鳥屋だ。そこで最初に頼むものと言ったらこいつしかない。
『633』
間接照明を浴びて、やけに気取った瓶ビール。バーボンを独酌するかのように、渋めにグラスへ注いだ。
ドゥル……タラ……ツイ──「マスター、こりゃ16年物のだね?」などと、心の中で愉しむ。なんにせよウマい。
壁には、小さな手書きメニューが一枚ポン。潔さがいいねぇ。その中から一品と、せっかくなので焼鳥も頂く。
『砂肝』
おほっ、素敵色に焼きあがっていますな。砂肝は父親が好きで、私もかなり小さいころから一緒に食べていた。強めの塩が好みで、カリッとした塩の香ばしさと、砂肝のブリンとした食感が最高だよね。
『レバ刺し』
手書きメニューにあった、麗しの文字に惹かれ注文。どうだいどうだい、この迫力。たくましい鳥のレバが、赤々と輝いている。思わず口へ運ぶと、舌の上にどっしりとした感覚、蕩りとした芳醇な旨味が広がる。
こりゃあうめぇ、まるで世界三大珍味のフォアグラのようだ。まぁ、フォアグラを食べたことがないが、きっとこれと同じような感動を得るのだろう。
いいね……いいねぇ、この料理のクオリティであれば、他もきっとウマいはず。テーブルにあったメニュー帳を広げ、改めてメニューを品定めする。
フムフム……卵焼きに親子丼ね。なるほど、ここは本当に鳥料理をメインにしている酒場なのだな。じゃあ、卵焼きなんかを頼んで……え?〝そぼろご飯〟だって?
『そぼろご飯』
デカイッ! 物珍しさに思わず頼んでみたが、これは〝ご飯〟というより〝丼〟だ。真ん中のウズラの卵がなんともニクイ。どれどれと、箸を振り回して丼に差す。
鳥そぼろ肉の、淡い色がなんともウマそうだ。そのまま箸ごと口の中へと挿れる──くぅぅぅぅ、おいしいぜ! そぼろ肉がはらりはらりと口の中で解け、同時に熱々のごはんと絡み合う。舌に纏わりつくような鳥の濃厚な旨味が最高でしかない。そもそも、単品で頼んだこともないそぼろ飯が、こんなおいしいとは思わなかった。
あぁ、これは〝隠れウマ料理〟といっていいだろう。ちょうど丼も頂いたことだし、これをシメにして、もう一杯飲って帰りますか……って、えっ、えぇぇぇぇ──!?
なんとなしにメニューへ目をやると、さらに思いがけない料理名がそこには記されていたのだ。
『ラーメン』
これも勢いで頼んでしまったが、ラーメン……しかも、とりがらスープ塩味という本格派。ネギ、海苔、チャーシューとシンプルながら、見た目など普通のラーメン屋と変わらない。白濁のスープからは、濃厚な鳥スープの香りがして辛抱タマラナイ。箸を突き刺して、すすり上げる。
ズ──ッ、ズズ──ッ!! うっはぁ……これ、うんめぇなぁ!! 見た目から白湯のように濃厚スープかと思いきや、もっとあっさりとした口当たり。けれど、その味の深度ときたら、口に含めば含むほど、森の奥へ、さらにその奥へと迷い込むかの如く奥深い。
チャーシューかと思っていたのが焼鳥だったという。しかも、串に刺さっていたものを抜いて入れているのが面白い。味はもちろん、本職の仕上がりで申し分ない。
これが、焼鳥屋のラーメンだなんて……いや、焼鳥屋だからこのラーメンが出来るのかもしれない。決して派手ではないけれど、味わい深い……そう、この酒場で流れているジャズのようでもある。
♪ドゥルッドゥッドゥーッ、
タラッタ、タラーン……
バーみたいな焼鳥屋で、しかもラーメンが絶品って、よく考えれば面白くなってきた。そんな〝隠れウマ料理〟探しを、もっと他でもやってみたいじゃないか。
となれば、次はバーでウマい焼鳥を出す店を探してみるのもいいな。それか、ラーメン屋でウマい焼鳥を出す店がないか探してみるか……それより、ウマい嫁さんを探すべきだろうか。
とり成(とりせい)
住所: | 東京都杉並区阿佐谷南3-37-3 |
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TEL: | 03-3398-4987 |
営業時間: | 18:00~24:00 |
定休日: | 日曜日 |