仙台「八仙」東北人が改めて東北で飲る旅 宮城編①
その駅に降りた瞬間、ざわざわと滾る興奮が込み上げてきた。未開拓な関西、九州の駅に降りても、ワクワクはするのだが、こんな感覚は〝こっち側〟でしか感じることはない。
「俺って、東北人なんだなぁ」
2020年の夏に私はひとり、東北の宮城仙台に向かっていた。秋田出身の私だが、仙台は小学生の修学旅行で行った松島、数年前にはまだ東日本大震災の爪痕が残る『閖上』に訪れたことがあるくらいで、ゆっくり訪れたたことがなかった。しかしながら〝近くだから〟という理由で、意外といっていない場所というのはよくあることだ。
そんな仙台ではあるが、私も曲がりなりにも東北人だ。駅に降り立つとやはりあの〝ざわざわ〟とした感覚が芽生えるのである。新幹線のドアが開き、ホームに降りると興奮した気持ちが込み上げてくる。『仙山線をご利用のお客様は、7、8番線を……』などとホームアナウンスが流れると、「おっ、仙山線ね。はいはい」などと、大して詳しくもない路線なのに、少しばかり〝イキって〟しまうのだ。
流石は東北の首都ですよ、改めてみると大都会だ。ただ……私の勝手な見解ではあるが、地方都市ほど古き良き街並みを〝上書き〟する傾向が高い気がする。地方都市のこれだけの都会となれば、意外にあっさりと路地や横丁なんてものを上書きしてしまい、ピカピカの街に様変わりしてしまう。
だからこそ、どうしても行っておきたい場所があった。それが『文化横丁』だ。
ここですよ、ここ。酒場人・太田和彦も〝日本三大横丁〟としている数える名横丁のひとつだ。仙台名物アーケード街の脇道に、この貫禄である。それこそ、修学旅行の時には見向きもしなかった。今はもう無我夢中で写真を撮っていると、ファインダー越しにある酒場が見えた。
青縞のテントに〝八仙〟青々と記された看板。脇には〝中華料理〟とも書かれているが、モダンなレンガ模様の外壁からは、およそ町中華的なものは感じられない……それが『八仙』であった。青森八戸の酒造にも同じ名があるが、青森所縁の店だろうか? 色々と気になり、気付けばその藍暖簾を引いていたのだ。
「いらっしゃいませ!」
うわっ、細長っ!! ギリギリ両手が広げられるほどだろうか、そこに長カウンターがウネウネと続き、奥に一畳ほどの小上がりがあるのみ。店の真ん中に階段があり、どうやら二階席もあるようだ、とにかく客と店員の距離が近い。
「おひとり様? こちらへどうぞ」
何人かいる女将さんのひとりに促されるまま、その長カウンターのひとつに座った……と同時に、目の前にいたご高齢の〝大女将〟が言った。
「餃子、何人前にします?」
へっ? いきなり餃子……? 大女将が、当たり前のように餃子を催促してきた。さらに、何も言わずに目の前には餃子のタレまで並べられた。なるほど……ここは餃子の店なのか。もちろんいただかせてもらいますよ!
「餃子一人前と、瓶ビールください!」
「はいよ、一人前ねー」
大女将が自分の目の前にある大きな鉄鍋の蓋を開けると湯気が上がり、慣れた手つきで餃子を焼き始めた。
それを見ていると別の女将から瓶ビールが差し出された。〝仙台文横 八仙〟と記されたグラスが、この店を信頼できる証だ。
ダテッ……マサッ……ムネッ……、ふぃぃぃぃうんまい! 同じビールでも、東北の地で飲むビールは格別だ。あぁ、今私はあの仙台に飲っているんだと実感。……おっと、来た来たぁ。
この店の自慢と思しき8包みもの『餃子』が、大女将の手から渡された。「熱いから、気をつけなね」と、さっきから見ていると、この焼き餃子は大女将の担当らしく、他の女将の掛け声と共に次から次へと焼いている。なんとも香ばしい匂いに、思わず喰らいついた。
カリジュワと鳴る弾力と共に、中からは大量の肉汁が溢れた。アチャチャとなるところを我慢して舌に包む。極旨汁にニラのシャリサク感がたまらねぇ。ふーむ、これは間違いなくこの店自慢の逸品だ。
餃子がウマいと分かったら、『水餃子』も頼むが私の信条。だって、それって絶対においしいんだもの。デカめの丼には、薄白濁のスープに焼き餃子と同じく8包の餃子が浮かび、ザク切りネギと青菜がなんともウマそうである。
レンゲでスープごと餃子をすくい上げてヂュルリ……こりゃ、うんめぇごと!! モッチモチの餃子の皮を破ると、中からはひき肉のスープがジャブジャブだ。これと薄白濁スープと混ぜ飲み込めば、天国でしかない。
これは驚いた。『ニラもつ炒め』というくらいだから、ニラレバ的なものかと思いきや、揚げモツに、トロトロの黄身とニラが餡のように掛かったものだった。
見た目でもうウマい、その一片をひと口。嗚呼……分かってはいたものの、んまいなぁ、ため息が出るなぁ。カリリと揚がったモツの香ばしさに、トローリな黄身ニラが絶妙の相性。これがモツじゃなく鶏肉でも違うし、黄身ニラが甘酢の餡でも違う。この組み合わせで成立する料理が、このニラもつ炒めなのだ。
ドタドタドタッ!!
「はーい! 今行きまーす!」
二階に上がる階段は、昭和の民家にあるような急な角度だ。それを数人いる女将たちが引っ切り無しに上り下りしている。
「アチチッ!! はいはいはい、水餃子お待ちどうさま!」
水餃子のチンチンに熱くなった丼なんてなんのその、女将のひとりが〝気合〟でカウンターの客に持っていく姿には、男気さえ感じる。
「餃子10人前お願いね!」
「はいよ」
じっ……10人前だって!? ってことは一度に80個の餃子を焼くのか……大女将は大丈夫なのかと目をやるが、涼しい顔で餃子を焼き始めていた。すごいなぁと、その様子を見ていると、不意に大女将が「そこ、暑いでしょ?」と、鉄鍋前の私に冷たいおしぼりをくれた。その大女将の余裕の優しさに、心底惚れ惚れしたのを覚えている。
軽はずみなことは言えないけれど、この地であの悲劇が起こったことを思わせることのない、〝いつも通り〟で〝平和〟な光景が垣間見えた。最近は〝新コロ〟だってあったのに……それは本当に凄いことで、それこそ仙台駅に降りた時のように、ざわざわと滾る興奮を感じずにはいられなかった。
この店が凄いのか、それとも東北人が凄いのかは分からないけれど、何だか誇らしくも、無条件で応援したくなる。それってやっぱり「俺って、東北人なんだなぁ」と、ついニヤけてしまうのだ。
「はいよ、一人前追加ねー」
その顔まま、大女将に餃子をもう一人前お願いすると、やはり余裕の返事が返ってきたのだった。
八仙(はっせん)
住所: | 宮城県仙台市青葉区一番町2丁目4−13 |
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TEL: | 022-262-5291 |
営業時間: | 月~金17:00~22:30 土17:00~23:30 |
定休日: | 日祝 |