会津若松「籠太」はじめての福島酒場入門(1)
2022年、今年の夏の甲子園は本当に面白かった。なんといっても〝東北初優勝〟を、ついに宮城代表・仙台育英が成し遂げたのである。思い返せば2018年、母校である秋田・金足農が決勝で大阪桐蔭に敗れてからの悲願ともいえる快挙だ。中継を見ながら、二度……いや、四度泣いたのが先日の様に思い出される。ただ、仙台育英は東北の英雄であるのだが、もうひとつ、あの高校のことも忘れられない。
それが福島代表・聖光学院で、奇しくも準決勝で仙台育英に敗れた東北第二の英雄なのだ。この野球部のいいところは、他県から有力選手をスカウトせず、かつ日本一を目指すという姿勢である。金足農も県内出身の選手で構成して決勝まで勝ち抜いたというから、どこか通ずるものを感じずにはいられない。
この福島で飲ってみたい──恥ずかしいことに、東北出身者でありながら福島の酒場に行ったことがなかった。この東北第二の英雄に感化され、それから一か月後に福島行き新幹線のチケットを購入したのだ。
高校野球での好勝負につづき、これから数々の素晴らしき福島酒場との出逢いが始まるのである。
東京から郡山、さらに一時間ほどかけて『会津若松』にやってきた。言わずもがな 戊辰戦争、新選組、そして悲劇の白虎隊の舞台である。
東北の内陸の町にしてはどことなく雰囲気が明るく、とても悲劇があったような土地とは感じない。町のシンボル・鶴ヶ城は、今までに見てきた城の中でもかなり立派で美しく、白虎隊が自刃した飯盛山から望む景色も、現在は本当に穏やかだ。
さて、酒場はどこに見える?……あそこか! かつて燃える鶴ヶ城を望んでいた同じ場所で、無礼ながら酒場を望み、そこに目掛けて宵闇の会津を急いだ。
飯盛山からタクシーで10分……出ましたっ、この『籠太』に来たかった! 武家の町に相応しい日本建築の門構え、おぼろげな灯りを放つ照明と共に、ワクワクする玄関までアプローチが覗いている。
短暖簾も凛々しい、まるで高級料亭だ。はやく……はやく店に入りたい! 美術館の展示品を眺めるがごとく、アプローチをゆっくりと進み戸を引いた。
「いらっしゃいませ、ご予約の方ですか?」
「はいっ!」
うわぁ……中もたまらねぇ造りだ! 玄関を開けると広い土間の様な空間が広がり、目の前には敷居で区切られたカウンターとテーブル席が、品のいい照明で迎えてくれる。女将さんに付いて行きながら〝カウンターでありますように!〟と念じると、見事にカウンターへ着席することが叶った。ああ……予約しておいてよかった。
目の前の絶景を愉しみながら、メニューを取った。ムムッ、なんだか見たこともないようなワードがチラホラ……ええい落ち着け私、まずはお酒から行きましょう!
どこにでもあるロクサンサンが、まるで銀幕スターかの如く美男に映っている。やはり照明がいいんだなぁ。
ゴクッ……アイッ……ズズッ……、うんめぇ、やっぱり福島でもうんめぇ! うーむ、料理を選ぶのが楽しみで仕方がない。まずは福島料理の小手調べから行こう。
「すいません〝こづゆ〟ください!」
「こづゆね」
カウンターの中に居る大将にお願いした。寡黙そうでちょっぴり強面、『鉄人』時代の道場六三郎の様な出で立ちで、手際よく仕事をこなしている。なーに、こんな格式ある雰囲気の店の大将はこうでなくちゃあ。
おぉ、これが『こづゆ』か! 福島の郷土料理の定番らしいのだが、私は初めて目にする。干し帆立貝柱、きくらげ、麩、にんじん、里いもなど、パッと見では何種類あるのか分からないほどの具沢山。
ひと口食べてみると、なんという優しい味。あっさりした出汁には具の味がしっかりと溶け込んでおり、これがまた絶妙なバランス。これだけの具が入っているのに、味がゴチャゴチャとしていないのだ。ひと口食べるごとに、身体が癒されていくような気分だ。こりゃ次に何を頼むか悩……
「今日、塩豆腐がおいしいよ」
「えっ」
突然、六三郎が……いや、大将がこちらを見るともなくつぶやいた。おぉ、意外とそんなおすすめとかしてくるのか……いや、それより〝塩豆腐〟ってなんだ? 訊いてみるか……うーん、ちょっと怖いな……
「それください!」
「塩豆腐ね」
思わず頼んだ『塩豆腐』はシンプルで潔く、豆腐の塊がデデンと皿に乗るものだった。「そのままで」と大将が仰るので、そのままズブリと箸を挿れて食べた。
うんまっ、これはうんまっ!! 箸で持った感じは少し硬い豆腐だったが、口にすると蕩けるクリームのような滑らかさ。塩と言いながら甘いような、でも穀物の風味もあり、なんだろう……解った、これはチーズケーキだ。チーズのような凝縮されたコクと旨味が、この塩豆腐からは溢れている。これはスゲー豆腐だ。
こちらも珍しい、魚を丸ごと使った『へしこ』だ。これが本っっっっ当においしくて、普通のへしこだと身の部分しか味わえないが、これは身以外にも、頭、内臓、骨など丸ごと味わうことができるのだ。「うわー!」や「すげー!」など、たまらず声を上げていると……
「お客さん」
「あっ! はい、すいません……」
低い大将の声にドキリ。しまった、ちょっとうるさくしてしまったか……姿勢を正そうとすると、
「ここの店、どうやって知ったの?」
「えっ!?」
予想だにしない質問に面食らい、慌てて答える。
「えーっと……太田和彦さんの本です!」
「そうですか」
そう言うと、あっさりと仕込みに戻る大将。何かお気に障ったのだろうか……
「はい、飛露喜ね」
会津の酒場でずっと楽しみにしていたのが、日本有数の銘酒『飛露喜』を飲ることだった。大将が目の前にグラスを置きトクトクトク……生まれて初めての飛露喜を前に、喉が高鳴る。
口を尖らせて「ツイー……」──んまいッ!! 甘過ぎず辛すぎず、絶妙な飲み口でキリッと一本筋が通っている味わい。さすがだなぁ飛露喜、やはり日本酒はそれぞれの故郷で飲むのが一番だ。せっかくなのでジャンジャン飛露喜っちゃおう。
そしてもう一つ、この会津に来たら必ず食べたいものがあった。それはもちろん……
ハイヤー、やっぱ『馬刺し』でしょう!……って、これ、本当に馬刺し……!? 会津は言わずと知れた馬肉国なのだが、私の知っている馬肉のそれとはだいぶイメージが違う。肉が真っ赤なのだ。東京で食べる馬肉はもっと茶色いはず……それに、皿の横には味噌のようなものがあるぞ。
「その辛味噌つけて食べて。ごま油もおいしいよ」
「辛味噌! ごま油なんてのもあるんですね!」
大将の言う通り、まずは辛味噌をチョンと付けて食べてみる。
──えっ……えっ!?
うそっ、なにこれ!?
ひんやりしっとりした舌ざわり、ムッチリとした食感の後には、信じられないほど新鮮な肉の旨味が押し寄せてくる。噛み締めるたびにジュワッ、ジュワッと舌全体に肉のウマさが染み込んでいくようだ。辛味噌はギィユゥッと肉の輪郭を際立させ、逆にごま油は肉をマーッタリと食わせる。これはもはや、馬肉の完全体だ。
涙が出そうになった。今までもおいしいとされる馬刺しを食べてきたつもりだったが、あれは何だったのかと腹立たしく思えてきた。ダントツでウマいし、今後このダントツは塗り替えられるとは思えない。とにかくとんでもない食べ物だ。ひと口食べる度に唸り、この感動的食べ物を忘れまいと写真を撮りまくった。すると……
「お客さん」
「あっ……すいません」
しまった、騒ぎ過ぎちまった! 今度こそ怒られるか……恐る恐る、大将の顔を覗くと……
「どんどんSNSで紹介してね!」
と、破顔一笑。えー!? もしかして〝ソッチ〟タイプの店なのか……? 思わぬ言葉に恐縮していると、隣に座っていた先輩客が話しかけてきた。
「この人、〝おしゃべり社長〟って言われてるんだよ」
おしゃべりだったんかい!! これをきっかけに、畳みかけるようなおしゃべりが始まった。
「ナスもいいの入ってるよ、会津小ナスね」
「はぁ、じゃあそれも……」
「あと今日のしめ鯖、かなりおいしいよ」
「はぁ、実は最近鯖にアタっちゃって……」
「えぇ!? やめときなさい、無理はしない!」
「はぁ、すいません……」
「代わりに塩豆腐はどう?」
「はぁ、さっき頂きました……」
めちゃめちゃおしゃべりじゃないか大将! やはり人と酒場は、見た目じゃ分からないもんですよ。とにかく、最高の料理とおしゃべり大将で、酒が進んでしょうがない。大将のトークをアテに、しばらく酒場を愉しんだのである。
「ここは地元民からいうと、料亭って雰囲気かな」
「確かに。じゃあ、庶民的なところはどこですか?」
「そうだなぁ、庶民的っていうと……」
お近づきになった隣の先輩に、会津の庶民的な酒場をご教授いただく。これが後に、とんでもない酒場だったことは知る由もないが、今は早速その酒場へ行ってみることにした。
「大将、〝お会計〟お願いします」
「えっ、〝お酒〟?」
「お・か・い・け・い!」
「お・さ・け?……フフッ」
あははは! はじめての福島、私好みのいい酒場があるじゃないか。
籠太(かごた)
住所: | 福島県会津若松市栄町8-49 |
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TEL: | 0242-32-5380 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日曜日のみ不定休 |