会津若松「麦とろ」はじめての福島酒場入門(2)
こちらに、謎のメモがある。
〝一線三百はらっtw一千万モラ
11月にかmんでんせーる〟
意味、解らないでしょう? まぁ、書いた本人も解らないのだから当然である。
私は酒場に行くと必ずマスターや女将さん、客の話なんかをメモに取る。もはや酔っぱらっていようとなかろうと、体が反射的にメモを取っているのだ。後日、そのメモを頼りに記事を仕上げていくのだが、稀に全く理解できないメモが残っていることがある。それがこの謎のメモなのだ。
酔っぱらいのメモでも大概は解読できるのだが、これは稀にみる難解で、いや……結局いま現在も解らないでいる。おそらくは〝11月〟に何かあるのだろうが……
解ることといえば、このひとつ前に訪れた『籠太』で教えてもらった酒場でメモされたということ。その酒場は、籠太から徒歩五分もかからないところにあり、そこに何かしらの手掛かりがあるはずだ。
一体、この場所で何があって記されたものなのだろうか……『麦とろ』は教えてもらった通りの庶民的な酒場だった。店の半分以上はある厨房と小上がりが二つ、奥には掘りごたつまである。さらに厨房を取り囲むようにしてカウンターがあり、全体的に小割烹のような雰囲気を醸し出しているが……
「はーい、いらっしゃ~い」
およそ小割烹には相応しくない、寝巻のようなユルい格好の大将が、ひとりで切り盛りをしていた。店には数名の客が座っていたが、大将はそれぞれ能弁と相手をしていた。長年、いろいろな酒場に行ってるので、この時点で〝この大将、絶対オモロイ〟と断定した。私も、大将に近いカウンターに座ることにした。
「何飲むー?」
「瓶ビールください!」
籠太の時とは、ガラッと雰囲気が変わって見えるロクサンサン。蛍光灯の青白い光を反射する瓶の鈍い輝き、いいですよねぇ。
トトトトトッ……ぐびッ……ぐびッ……、くひぃぃぃぃ八分酔いに追い麦汁がタマらねぇなぁ! よし、会津若松の二軒目だ。まずは何から行こうかと、大将の指示を仰ぐ。
「今日は鯛がうんまいよぉ」
「おっ、じゃあそれください!」
メモに〝食感がっちり〟と記されていた『鯛刺身』の登場だ。この辺から自分でも記憶が怪しくなると思い始め、例によってメモを取り始めた。メモ通り、これが正しくがっちりとした食感で、白身刺身なのに、かなり分厚い切っ付けだ。
ねっとりとした舌ざわりに、鯛のあっさりとした旨味が舌に絡んで離れない。〝仕入れは新潟〟ともメモにアリ。こんな山間部から、わざわざ新潟まで仕入れに行くとは恐れ入りやす。
「お兄ち”ゃん、どっがら来だのぉ?」
「東京です!」
いいねぇ、会津弁。やはり方言を聴くと旅に来た感があっていい。
「東京ぉ? あーれ、隣のお客さんも東京だっでよぉ?」
「えっ、本当ですか!?」
先に飲っていた隣の男女も、たまたま東京から来たらしく軽くお手合わせ。どこの局かは分からないが〝テレビ局関係〟の仕事をしていて〝定期的に2人で旅行〟とメモにアリ。そんな話、メモを取ってなければ絶対に忘れていただろう。
店名が〝麦とろ〟なだけにメニューには『とろろ』料理が多く、その中でもこの『とろろ天ぷら』が異彩を放っていた。とろろを海苔で巻いて揚げたものなのだが……これが、マジでうんまかった!〝火の通り具合が最高〟とメモにあった通り、とろろの火の入り具合が抜群にいい。
パリパリッとした海苔を破ると、ファッファッのとろろがムッチャリと溢れて、それがまた餅のような弾力で他に例えようのないおいしさなのだ。
「やっぱり店名にしてるだけあって、とろろ料理が抜群ッスね!」
「店の名前ぇ? いーや、とろろは関係ねんだぁ」
とろろと関係ないとはどういうことか……大将が答えて曰く〝おいしいところ〝とは何でも〝トロ〟の部分であり、ビールすなわち〝麦〟の〝おいしいところ〟で〝麦とろ〟とのメモがアリ。
「分かりづらっ!」と、思わず今これを書きながら声を上げた。そりゃこの時の私だって思っただろう。
「絶対、他の人もとろろからだと思ってますよ!」
「そうがぁい? はっはっは」
ここらへんで、だいぶ記憶が無くなりかけているが、次の料理で一瞬だけ目が覚めた。
会津名物『馬刺し(ヒレ)』である。正直、先に行った籠太の馬刺しに比べると見劣りする色味だ……ちょっと拍子抜けしたなと、一切れ箸でつまみ上げると……
「辛味噌、うんめがら付けで食べれよ」
「あ、そうだ、馬刺しには辛味噌ね!」
籠太でも特製の辛味噌が絶品だった。こちらもしっかり塗り付けて食べてみると……
──おっ!?
うおぉぉぉぉ────ッ!?
う・ま・す・ぎ・るぅぅぅぅっ!! 誰が見劣りするって……?馬鹿を言え、めちゃくちゃウマいぞ。肉っ肉しいヒレの赤身は超絶新鮮、ムチンムチンの歯ざわりに、例の辛味噌がもうね、これがシャレにならないおいしさだった。
辛味と塩味がこの馬刺し、麦とろにあるこのヒレの馬刺しのために配合しているといっても過言ではない。〝ウマすぎて声にならない〟と、酔っ払った私でも納得のメモである。
「これ、本当においしいですよ!」
「そうでしょう、そうでしょう」
記憶はあやふやだが、特に絶賛した記憶はある。それに気を良くしてもらったのだろう、メモと写真を比べてみると、大将はどんどんサービスをしてくれたようだ。
〝サービス・甘さ丁度〟とメモされた『梅干し』は〝自家製〟のものだ。箸で摘まんでいる写真しかない限り、きっと漬けている瓶からそのまま頂いたものだろう。皮表面に張りがあって、中はじゅわっと果物みたいな甘酸っぱさ。
続けて〝サービス・前に食べた記憶〟とメモされた『饅頭天ぷら』だ。あーそうそう、饅頭をパパっと揚げてくれて、みんなに配っていたな。メモの〝前に食べた記憶〟というのは、以前にもどこかで食べたはずなのだが思い出せないのだ。どこだったかなぁ……割と最近、都内で食べたはずだったんだが、そのメモはどこにもない。というか、ここらへんから本当に記憶が曖昧だ。
よく考えたら、籠太の前にも飲んでる……
朝の新幹線から……ずっと……
観光中もずっと缶酎ハイを片手に……飲んで……
「…………お兄ち”ゃん」
「……お兄ち”ゃん?」
──ハッ……!!
やばい、ちょっと意識が飛んでいた。大将の呼ぶ声で目覚め、さぁまた飲もうかと目の前のグラスを持とうとした瞬間……
「うわぁぁぁぁぁぁ何じゃこりゃ!?」
「はっはっは、熊の手だぁ~」
突然、目の前に熊の手が現れたのである。あなたね、熊の手が突然目の前に現れてみなさい?素面だって絶対に驚きますよ。メモによると、大将が最近仕留めた〝ツキノワグマの手〟で〝今までに六匹仕留めた〟らしいのだが、はたしてコレは食用なのか、ただの標本なのか。まさか、記憶がないだけで食べていたりして……あっ、ひょっとして冒頭の謎のメモがその感想だったりしないだろうな……?
いまさら不安が過ったが、写真を見る限り、スマホのカメラと熊の手を間違えるくらいハシャいでいたのは間違いないようなので、まぁ良しとしよう。
〝酒場は儲かる〟
〝貯金は一億、二億〟
〝過去に肉体関係〟
〝不倫の可能性?〟
と、残りのメモを見てみるとまだまだ気になるワードが並んでいるが、もはやこれが大将の話なのか誰の話なのかは解らない。ただ、これだけは解っている。
〝最高の酒場だった〟という感覚は、しっかりと身体に沁みついている。しかしまぁ、一番盛り上がった時に記憶を無くて、惜しいような、惜しくないような……私という酒飲みは、これからもそう飲っていくのだろう。
大将、次回もメモを持参で伺います。
次の日の朝。
あの後、何軒回ったのだろうか……どうやって帰ったのか覚えていないホテルの冷蔵庫に、無記憶の〝チョコパイ〟がひとつ。メモを見る限りでは大将から貰ったものらしいが、これが熊の手だったらと思うとゾッとする。
麦とろ(むぎとろ)
住所: | 福島県会津若松市栄町4-9 |
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TEL: | 0242-24-9886 |