本当に教えたくない…だからサラっと教える名酒場~西国分寺「西菜」~
なんて人間は〝強欲〟な生き物なのでしょう。金欲、名誉欲、権力欲、スケベ欲……私利私欲のためなら、人だって裏切るのです……恐ろしいことです。
残念なことに、私だって他人ごとではないのです。なんたって、これだけ長い間〝酒場〟を〝ナビ〟などと謳いながら、読者の方々へ〝秘密〟にしている酒場があるのだから。それも沢山……恐ろしいことです。呑兵衛みんなで共有すればいいことを、まさに〝独占欲〟という、とんでもない欲の皮が張った酔っ払い野郎ですよ、私は。
しかしながら、私だって人の子、酒の子、ノンベの子。同じ酒飲み読者にとっておきの酒場の素晴らしさを、語りたいという気持ちもなくはないのです。そう、これが〝承認欲求 〟です。〝酒場ナビで知った酒場で飲んできました〟なんてSNSでメッセージをもらったりなんかすると、こちらは良い方の欲に満たされるのです。
だからサラっと教えます、私の〝本当に教えたくない酒場〟の中のひとつを。
ある日の夕方、私は中央線にある『西国分寺駅』へと訪れていた。この駅は、中央線西側では数少ない他路線との乗り換えが出来る駅なのだが、過去に『ニユー西国村』へ訪れたくらいで、正直、駅自体はあまりパッとしない。そんな駅に何があるのか……そう、本当に教えたくない酒場があるのだ。
南口を出て歩いて10分。見えました『西菜』である。レンガ調の外壁に派手目の暖簾とノボリ、ワチャワチャの間口がワクワクさせるのだが、入口の奥から先が見えない。一体どうなっているのかと、暖簾をくぐれば……
あれま、そこには地下へ降りる階段が。そのまま階段を降りると……
うっは!すごくイイッ! 地下空間には、意外な渋め酒場空間が広がっていた。カウンターはあるものの使われてはおらず、テーブルが数台と、奥にはいい具合の小上がりが覗いている。それ、行くっきゃないでしょう。
ほぉぉぉぉ!これはイイ小上がり! つるつる板の間には座布団が整然と並び、壁半分から小さな中庭空間も望める。いいですねぇ……小上がり一番奥の席へと酒座を決めて、いざ着酒しよう。
たまには『レモンサワー』から。カットレモンをグラスの縁にブッ刺して出てくる感じ、好きですよ。
ごくっ……すっぺ……うめっ……、ちゅゅゅゅうま酸っぺうんまいっ! 安定のレモンサワー、値段も350円と安定価格なのがうれしい。
さて料理なのだが……いやぁ、やはり教えたくなくなってきたな。ええ、ここまでで十分に魅力が伝わったと思うので、もういいんじゃないですかね?
あ、ほら、このお通しの『ナポリタン』が格別でした! 細めんでツルっとイケちゃうから、何杯でも……そうですよね、ちゃんとメインの料理のことお伝えしますね。
どれから紹介しようかと悩んだ挙句、『タコ頭』からにすることにした。〝タコ頭〟って、そんなネーミングのものがメニューに載ってたら、誰だって頼みたくなるでしょう。読んで字のごとくタコの頭を角切りにしたもので、これが驚く勿れ、とんでもなく美味なのだ。
皿の端にある二種類の粗塩を、ちょんと付けて食べる。ブルンとしたタコの食感、旨味系の粗塩がタコの味をまろやかに変化させてタコ旨い。タコの頭ってちゃんと意識して食べたことがなかったが、こんなにも美味なるものだったのか。ちなみに塩以外に、ごま油も選ぶことが出来るんだぜい。
この何の変哲のない『おふくろの玉子焼き』が、まさかの大変哲だったとは誰もが思わないだろう。だって、軽めの焼き色、薄っすらと透けて見えるネギ……これはどう見てもただの玉子焼きだ。
断面だっていたって普通……が、それをひと口食べてみると衝撃が待っていた。ウマい、かなりウマい! 硬すぎも柔らかすぎもしないンフワっとした食感。出汁がほどよく卵と混ざり合い、滑らかにして印象的な舌触り。飾り気はないが実直でほっとする、まさに〝おふくろの味〟とでも言える。これで350円なんて、いいんでしょうか?
いやぁ、素晴らしい酒場でしたね……以上、本当に教えたくない酒場『西菜』でした。
……ええ、わかりました。続けますよ。
来ればもれなく解るのだが、この小上がりの〝落ち着き〟もたまらないのだ。天井の高さに照明の光量、全体の配色やテーブルの高さまで、何だか、酒場自体がオーダーメイドされたような居心地の良さだ。恭しくお運びをする女将さんも、見ていて和む。そんな女将さんが、次に運んでくれた料理がこちら。
私も最近知ったのだが、全国のうどん消費量の第二位が秋田県らしい。我が故郷でもある秋田の『稲庭うどん』のおいしさは日本一、すなわち世界一おいしいうどんということになる。ただ、私はなるべく食べないようにしている。なぜなら、稲庭がおいし過ぎて普通のうどんが食べられなくなるからだ。そもそも、都内で稲庭うどんを出す酒場はなかなか無いけれど、この秘密の酒場ではさすがと言わんばかりに出してくれるのだ。
何といっても、稲庭は麺の〝なめらかさ〟が命。口を吸盤のように尖らせて、ツルツルと吸い込む。おーっと、東京モンが茹で上げるからと高を括っていたが、御見それいたしました! 100点満点の茹で具合、食道まで何の抵抗もなく滑り落ちる喉越し……すばらしい! 都内でもこんなにおいしく稲庭を食べられるなんて、オラしったげ嬉しぃでやぁ。
郷土料理は大好きなのだが、この『みそ貝焼き』は初めてだ。青森県下北半島の料理らしく、ホタテ、しめじ、わかめ、かまぼこ、鳥肉などなど、食材の玉手箱である。それらを出汁味噌と共にホタテの貝殻に入れて煮立て、最後に卵でとじるという手の込んだ料理だ。
ズルッ……ズズズー!くぅぅぅぅうんめぇねがっ! さまざまな食材から染み出る旨味が、小さな貝殻の中で凝縮された完全なるスープ。こんな具沢山で600円だって? おそらく「えーい、全部入れて煮込んじまえ!」から始まった料理なのだろうが、料理とはこんな奇跡があるから不思議で仕方がない。
さて、これですべて終わり……いや、うん……まぁね……実は、さらにまだ隠していたおいしい料理があるのです……恐ろしいことです。
正直に言うと、この酒場というよりもこの『アジフライ』を秘密にしておきたかった。ズバリいうと、酒場界一ウマいアジフライなのだ。まず、そのビジュアル。ふっくらと揚がった衣と、付け添えのタルタルソース。使い切りサイズのカラシもうれしい。
白色が強いタルソーを、とっぷりと付けガブリ……うんんんまぁぁぁぁっ!! 新鮮プリホクのアジに、完璧な、そう、完璧な揚がり具合の衣がサクフワだ。そして、このタルソーのほのかな酸味と独特なまろやかさが、アジフライを超絶美味へと伸し上げているのだ。これでひとつ、たったの160円。もしかすると、過去の記事の中で〝一番のアジフラ〟とほざいていた店があるかもしれないが、それは確実に超えていると断言する。
ああ……うん、こりゃなんていい店だ。今こうして振り返ってみても、雰囲気から料理のクオリティや値段に至るまで、まったく文句の付けようがない名店だ。
以上、私の〝本当に教えたくない酒場〟の中のひとつでした……いや、これで本当に以上です。
何だかスッキリしたような、やはりもったいなかったような……複雑な気分です。とにかく、これではっきりしたのは、私には酒場の独占欲や承認欲求以外にも〝西菜欲〟というものが出来上がったということ……恐ろしいことです。
ということで、突然この記事が〝非公開〟になっていたら、「この強欲野郎!」と優しめに罵ってくださいませ。
西菜(にしな)
住所: | 東京都国分寺市泉町3-26-27 |
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TEL: | 042-323-6330 |
営業時間: | 17:00~23:00 土曜日17:00~21:00 |
定休日: | 日曜日、祝日、夏季、年末年始 |