刺身で腹いっぱいになれる夢の酒場を発見!荻窪「あ麺んぼ」
酒場ナビ読者の共通点のひとつといったら〝大酒飲み〟であることだ。これを読んでいるあなたもまた、大きく頷いているかと思われる。あとは〝渋い酒場好き〟というのも外せないでしょう。その酒場が、ボロければボロいほど……いや失礼、味があればあるほど、昂奮する人種であるはずだ。
さらにひとつ、〝再開発が嫌い〟も間違いないはずだ。私もそのひとりで、なんたって大酒飲みでボロいのが好きな人間にとって、渋い酒場はその標的になることが多いのだ。最近の酒場ファン界で大きな話題となったのも、東京の酒場のメッカ『京成立石』の駅前再開発だ。選挙だなんだ色々あって、詰まるところ駅周辺をブッ潰してしまうという。2028年には北口に巨大ビルが建ち、その景観はまったく違うものとなるはずだ。もちろん、その区間には古い酒場も通りもある。さらには南口にもその手は及び、最終的にはまったく違う酒場のメッカとなる予定とのこと。
残念ですねぇ……いや、非常に悲しいですよ。他にも、知る人ぞ知る酒場の町『武蔵小山』の駅前もそうだし、最近訪れた『板橋』の駅前も、その変貌ぶりに愕然とした。あれは私の知っている板橋ではなかった。
そして、最大の再開発ショックといえば『高円寺駅前建て替え工事』だ。少し前から、ガード下の店を次々に取り壊し始めたのだ。〝建て替え工事〟とはいうが、それにしては規模が大きい。『ケンタッキーフライドチキン』を皮切りに『高円寺ストリート2番街』と続き、一時は『高円寺らーめん横丁』として人気を博した地下街も、まるごと取り壊した(まぁ、らーめん横丁はその前に廃れたのだが……)そして、最近になり、あの『マクドナルド』も潰してしまうという……じゃあ今後高円寺っ子は、飲んだ帰りにどこで〝シメ〟のチキンナゲットを買って帰るのかという切実な話だ。
噂によると、南口の『高南通り』から北側へ『純情商店街』と『庚申通り商店街』を突っ切って大通りにするという、〝シムシティ〟でも思いつかないような迷構想まであるらしい。
もちろん、その開発区間にもお気に入りの酒場があった。『あめんぼ』という、高円寺っ子なら誰もが知る酒場も、開発の波に飲み込まれてしまったのだ。その酒場はそれほど古くはなかったが、なんといっても『刺身盛り合わせ』のコスパが凄まじかったのだ。今まで幾多の酒場へ訪れたが〝刺身で腹がいっぱい〟になれるのはこの酒場だけだった。
こちらがその在りし日の『あめんぼ』の刺身盛り合わせだ。二人前で刺身が10点と、さらに塩辛がついてまさかの1,490円という破格。刺身10点盛りなんて聞いたことがないし、今後もそんな盛り合わせと出会える気もしない。酒のコスパもすばらしく、ホッピーはナカをタップリ入れてくれる。それでいて、そこまで混んでいなかったのもよかった。こんな名店をあっさりと葬ってしまうんだから、やはり再開発は好きになれない。
そんな呑兵衛たちの想いをよそに、着々と再開発は進むのであった。
****
「ん? これは……」
それからしばらくして、私は荻窪駅で酒場を探していた。北口を出て数分、なんだか良さげな灯りを見つけた。入り組んだ雑居ビルの一階奥にあり、路面沿いには赤提灯こそ出ているものの、一見して酒場とは思えない佇まいだ。それはともかく、一番気になったのが……
『あ麺んぼ』という店名だ。〝あめんぼ〟……あめ……えっ! あの高円寺『あめんぼ』と同じ!? しかし、高円寺にあったのは〝あめんぼ〟と平仮名であり、こちらは〝麺〟という漢字を含んでいる。たまたま、名前が被っているだけか……いや、他で〝あめんぼ〟なんて聞いたことがない。〝ロストあめんぼ〟だった私は、中へ入ることにしたのだ。
「いらっしゃいませ~」
あらやだ、広々して素敵な店内ですこと! 奥へL字に伸びた店内は、手前にテーブルとカウンター席、奥にカクンと右曲がりの小上がりが見える。壁面には所狭しと日本酒の札が張られ、ちょっとだけいいとこな雰囲気を漂わせている。
それはいいのだが……うーん、高円寺の『あめんぼ』はいい意味でもっと〝ボロッちい〟かった。どうやらあの『あめんぼ』とは関係はないようだ。まぁまぁまぁ、でも私はこういう雰囲気の酒場も大好きだ。ちょっと一杯、飲らせていただきましょう。
まずは安心、安全の『黒ラベル』先生を注ぎまして……
ごぼりっ……あめっ……んぼっ……、ひゃっぱー最最最コンボ──ッ!! 広々した空間とちょうどいい照明の光量で、なんとも飲り易い雰囲気。〝違う店だった〟で結構、ここはきっと酒場として正解の店だ。となると、料理も早速いただきたい。着席からずっと気になっていた一品をお願いした。
「おぉ!」と、思わず声が出た『つぶ貝ガーリック』の強めビジュアル。大きめの角皿に、ぎゅうぎゅうに盛られたつぶ貝たち。久しく聞いていなかった〝密〟は、こんなところで発生していたのだ。そこから熱々の湯気と混じって、文字通りガーリックとコショウの得もいえぬ香りが鼻孔をくすぐる。
箸先に重みを感じながら、一気に喰らう……うんめえ! プツリと歯切れの良さでつぶ貝が弾けると共に、鮮烈なガーリックの香りが口中を充満させる。これってば、世界一ビールに合うんじゃないかしら。
「おっ、舟盛りなんかあるのか」
おすすめメニューには、大衆酒場では珍しい舟盛りがあった。売り切れ御免の10食限定とは気になりますねぇ。さらに刺身盛り合わせまである。二人前で1590円か……店の雰囲気からいって三点盛りくらいかな? 同じ〝あめんぼ〟繋がりだし、ひとつ試してみるか。
と、その前に汁物を頂きたい。今夜はちょっと寒いので、『すき焼き風 肉豆腐』なんかがいいな。
「おまたせしました、肉豆腐で~す」
「うわっ!」
普通に小鉢サイズを予想していたが、まさかの巨大鉄鍋で肉豆腐がやってきた。いやこれ……ちょっとした『ちゃんこ鍋』くらいあるぞ。箸を挿れてすくい上げてみると、さらに驚きの光景が飛び込んできたのだ。
肉がデカいし多いっ!! 大抵の肉豆腐なんてのは豆腐肉で、豆腐の割合が勝っていることが多いが、これは完全に肉豆腐……いや肉肉豆腐だ! その肉がまたジューシー極まりなく、かつ柔らかい。その肉汁をよく吸い込んだ豆腐が程よく濃くておいしい。間違いない、これは肉豆腐のチャンピオ……
「刺身盛り合わせ二人前で~す」
「はーい…………えっ」
うわぁぁぁぁなんだこりゃぁぁぁぁ!?
えっ、えっ、刺身?の、盛り合わせ? これが? 嘘でしょ? そもそも何点盛りなんだ? 1、2……あれ?もう一回、1、2……8、9……
9てぇぇぇぇん!!あめんぼぉぉぉぉ!!この店あめんぼだぁぁぁぁ!!
刺身9点と小皿に数種類の刺身が二つ……盛り合わせの中に、さらに盛りが二つあるという前代未聞の刺身盛り合わせ。これを成し遂げるのはあそこしかない。そう、かつて高円寺にあった『あめんぼ』である。
さらに驚いたのが、刺身の質だ。正直に言わせてもらうと、高円寺の『あめんぼ』より質がいい気がする。トロなんじゃないのというくらい脂のノッたマグロ、ハリのあるハマチ、アジも新鮮そのもの。赤物、白物、光物まで全部そろって、これでたったの1,590円だって……? 昨今の超物価高からしたら夢みたいな話だ。
後で気になって〝あめんぼ〟のことを調べてみると、元魚屋が起源だということが分かった。魚屋だった三鷹から荻窪へ越してきて今の店になったとのこと。魚屋だからこそこの質と値段が出せるのかと、やっと納得することができた。しかし、よく行く荻窪にこんな酒場があったとは……世の中、まだまだ知らない酒場ばかりだ。
「刺身盛り合わせ一人前で~す」
「おぉぉぉぉ……」
カウンターで独酌していた、おそらく初めて訪れたのであろうお兄さんが、そのド迫力の刺身盛り合わせに体を反らしていた。遠目で見ても、到底一人前1,100円には見えない量。彼もまた私と同じく、この衝撃を何かしらの形で人々へ伝えていくに違いない。
「あめんぼって、高円寺にも同じお店ありましたよね?」
「ええ、そうです。でも再開発で潰れちゃいましたけどね」
念のため、帰り間際に女将さんに訊いてみたのだ。もしかすると、高円寺の取り壊しがなければ、この酒場に出会っていなかったかもしれない。女将さんの言葉を訊いて、前向きな気持ちになっていると、女将さんがとんでもないことを言い放った。
「あと、国分寺にもありますけど」
「えっ! 国分寺にもあめんぼが!?」
『あめんぼ』の、この超コスパの酒場が、まだ他にあるだって……? 私はこの時、苦戦する悟空とピッコロがラディッツに言われた「オレ以外に生き残ったサイヤ人は、戦闘力がさらに上だ」 に近い気分を味わっていた。
〝あめんぼ死して、なお生きる〟
目指すは国分寺。私の〝酒場再開発〟も、着々と進行中である。
あ麺んぼ(あめんぼ)
住所: | 東京都杉並区天沼3-29-14 |
---|---|
TEL: | 03-3391-9966 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日曜日 |