吉祥寺「玉秩父」出会いがはじまるよ ホラまた 酒場の側で
私は”酒が好き”という大前提があり記事を書き続けてるのだが、それと同じ……いや、それ以上に記事を書く理由がある。
それは酒場を通じた『出会い』というものを広く伝えたいからである。
単に”居心地のよい酒場”で飲みたいならこの酒場以外はない、『自分の部屋』だ。
私は、自分の部屋を”最高の酒場”にすることに余念がなく、酒も床が抜けるほど並べ、照明や音響に至るまですべて自分で手掛けるほど拘りがある。
さらに普通の酒場では取り扱っていないような酒も好きに飲める。
ただし──、
この”居心地のよい酒場”には、どうやっても足りないものがある。
そう、それが『出会い』だ。
普通の飲み方……という言い方はおかしいが、普通は友達や会社の同僚と酒場に行き、お互いの近況や不平不満をグチったり、笑ったり泣いたりして楽しむというのが一般的な酒場での飲み方だと思う。
もちろん自分も殆どがそういう飲み方ではあるが、酒場へ訪れたその時、その場所で、そのひとつしかない『出会い』を常に私は楽しみたいのだ。
先日もこんな『出会い』があった。
前から行きたかったラーメン屋が吉祥寺にあり、食べ終わった後に駅周辺を散策していると、たまたま渋い暖簾をみつけた。
『玉秩父』
その酒場はホテル街の一角にあった。”暖簾引き“をして中をのぞくと結構人が人が入っている。
店名の読み方さえ分からなかったが、なかなかよい感じの雰囲気だったので私は中へ入ることに決めた。
「あら、いらっしゃい」
店の雰囲気からして”一見さんお断り”風だったが、カウンターの中から女将が優しい声で招き入れてくれた。
細長いL字カウンターだけの小さな店。
個々に分かれているイスではなく、一枚板の上にみんなで詰めて座る為、客の間に入るときは周りの客に一声かけなければいけない。
私も「すみません」と一声かけ、席を詰めてもらった。
「大丈夫? 座れますか?」
席に座ろうとすると、横にいた身なりのしっかりしている熟年夫婦の旦那さんが声をかけてきた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか」
と、旦那さんは既に酔っていてか少し赤らめた顔でニコニコと笑う。
私はこの時点で、
“あ、出会いがはじまる”
と確信した。
「何飲みますか?」
「じゃあ、ビールで」
女将に促されビールを注文。同時に何種類かから選べる日替わりの”お通し”に『菜の花の胡麻和え』をチョイス。
『菜の花の胡麻和え(お通し)』
僅かな苦味に僅かなゴマの甘み。毎年この味で”春来たし”と感じるのだ。
「ほう、いいの選びましたね」
「菜の花ってうまいっすよね~」
「ええ、今が旬ですからね」
漂う気品と渋い声。
私のような小童にも丁寧な敬語で話しかけてくる旦那さん。横にいる奥さんもなんとも上品である。
「お兄さんはどちらからいらしたのですか?」
「僕は高円寺から今日はじめてきました」
「はじめて?ほほう、そうですかそうですか」
聞けばこのご夫婦、この店にはもう10年以上前から通っているとのこと。
「は~い、生牡蠣とアジ刺しです」
そんな事を話していると、頼んでいた料理が出来上がった。
『生牡蠣』
秋から春にかけて栄養を蓄え続け、まさに一番”太った”状態の3月の牡蠣。このプリプリ写真を見ていただければ味も容易く想像できるであろう。
『アジ刺し』
注文するなり目の前のショーケースから、店主がグイっとアジを引っ張り出し、慣れた手つきで捌く。
うまいっ!
海釣りが好きな方なら分かると思うが、アジの釣りたてを捌いて食べるアジの刺身は、スーパーで売っているものとは全く違う。ここのアジの刺身はまさに釣りたてと変わらない、あの身が締まった歯ざわりを体験できる。
「え!?店主さんて元力士なんですか!?」
「そうなんです。店の名前の”玉秩父(たまちちぶ)”は四股名からとったんですよ」
と、女将に教えてもらう。どおりで店中に相撲の写真や雑貨が並んでいるわけだ。
“あの玉秩父関を知らないの!?”と驚いたように横の夫婦に言われたが、それもそのはず、店が今年で創業45年でさらにその前の活躍となれば私は生まれてないどころか、父親と母親もまだ出会ってさえいないだろう。
「私たち夫婦で、毎年スキーに行くのが趣味でしてね」
「そうなんですか、仲がいいですね」
「いやあ、仕事もまだやってるのでそんなには行けませんがね」
「なんのお仕事なさってるんですか?」
「公園の設計士です」
酒場での『出会い』とは、
こうなったら止まらなくなる。
「公園の設計ですか!?じゃあ、めちゃめちゃ公園に詳しいんですか?」
「ええまぁ、妻と二人でもよく見に行きますよ」
「僕も公園を散歩するの好きなんですよ!どこが一番オススメですか?」
「一番!? うーん……」
「そうです!今までで一番の公園!」
「うーん……京都……の……いや、」
物凄く悩み始めてしまった旦那さん。どうやら相当公園が好きなようだ。
「京都ですか? 都内だと一番はどこだと思います?」
「都内で一番!? うーん……」
(ねぇアナタ、浜離宮とかどうですか?)
見かねた横の奥さんが旦那さんに提案する。
「……浜離宮か、うーん」
「あ、あの、もう大丈夫です!旦那さんは公園そのものが好きなんですよね!?」
「……そうですね、うーん」
旦那さんの頭から煙が出るほど悩ませてしまった。
だが、そんな旦那さんの様子を皆で笑い、次はなぜか私の生い立ちの話が始まる。
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つい20分前までは他人だった人同士が飲み交わし、笑い、語る。
趣味のこと、
身内のこと、
故郷のこと、
内容なんてどうでもよい。
サラリーマン、
アルバイト、
公園の設計士、
職業なんてどうでもよい。
安い居酒屋、
オシャレなBAR、
汚い食堂、
酒が飲めれば場所なんてどうでもよい。
そんな酒場という場所での『出会い』は、そこへ行けばいつでも始まる。
それって、すごく幸せなことだと思わないか。
ろばた焼 玉秩父(たまちちぶ)
住所: | 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-25-6 |
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TEL: | 0422-21-1904 |
営業時間: | 17:00~23:30 |
定休日: | 日曜・祝日 |