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私は酒場で出逢いたい/高田「みあり」
はじめての、新潟県高田で一泊をした朝10時。私は旅先の朝には、必ず喫茶店でモーニングをすることに決めている。知らない街の純喫茶……これが酒場と通ずるものがあって、たまらないのだ。
訪れたのは純喫茶『シティーライト』である。口開けの時間に行くとシャッターが閉まっていた。一旦、出直そうか……と思いきや。店の前にタクシーが停まると、マダムがひとり降りてきた。
店の前まで来ると、待っている私に気づいたのか、
「いますぐ空けますね。踏切に捕まっちゃったのよ!」
と満面の笑顔。どうやらこの喫茶店の主の様で、そのままふたりで二階まで続く螺旋階段を登った。
もちろん他に客はおらず、ママはテキパキと店を開ける準備を始める。店内の雰囲気はこれぞ〝純喫茶〟と言うべく、カウンター、天井、壁に至るまで、すべてがコーヒー色だ。
「モーニングセット、ありますか?」
「ごめんね、食べ物は今ないのよ」
Oh……これは誤算。まあでも仕方がない、コーヒーをじっくりいただこうじゃないか。ママが昔ながらのドリップ機のようなもので、丹精にコーヒーを抽出する。しばらくして仕上がったコーヒーが目の前に出される。
旨味や深み、苦みや酸味も私の為に調合されたんじゃないかというほどちょうどいい。その様子を見ていたママは、店の音響機器で日本歌謡曲を流し始めると、私に声をかけてきた。
「どちらから、いらっしゃったの?」
「東京です」
地方の店に行くといつも驚くのが、店主らは外から来た人間をズバリ言い当てられることだ。地元人しか出ないフェロモン的なものを嗅ぎ分けられる能力があるのか……とにかく、このママのおしゃべりが上手だった。
御年91歳だというが、まったく見えない! いや……どう考えても70代くらいだ。11歳の時に満州から引き揚げてきたママは、その後は鹿児島、長野と移り住み、今の高田に落ち着いたとのこと。数年前に他界した、夫であるマスターとの馴れ初めが素敵だった。元々はこの店の客だったママが、マスターからの猛アピールで三年がかりで交際が始まったそうだ。三年がかりって……飽き性の私には到底真似できない。
「今じゃこの本、手に入らないのよ」
さらに占いが大好きで、昔流行った『365誕生日大占術』が愛読書だという。
占に然り、とにかくママは好奇心旺盛だが、やりたくないことはやらないというカラッとした性格。若い人との会話が大好きというのもあり、話せば話すほど、その魅力に吸い込まれていくのが分かる。歳は関係なく、同年代だったら間違いなく交際を申し込んでいただろう。三年……いや、五年はかかりそうだが。
「ずっと独身なんですけど、どうすればいいですかね?」
「あら、結婚なんてしなくたっていいわよ」
「えー、そうですかねえ」
「ただ、あなたに本当に合った相手が必ず現れるから」
〝必あなたに本当に合った相手が必ず現れる〟
91歳の大先輩の言葉は説得力でしかなく、そのうち本当に現れる気がしてきた。コーヒーを飲み終えて帰ろうとしたが、今度は趣味の「トンボ石」というものを教えてくれた。モーニングだけして、ほんの2、30分のつもりだったが、結局一時間以上いることになったのである。
シティーライトを出て、その後は観光をどっぷり。さて、夜の高田だ。やはり最後は酒場を愉しみたい。目指していた酒場にフラれ、市内を彷徨うこと数十分。煌々と輝く黄色い看板に『みあり』と見えた。
うおっ、だいぶ黄色い外観だ。黄色の看板に黄色のファサード、店先の道にある黄色の点字ブロックも店と馴染んでいる。みあり……女の子の名前みたいでなんだか可愛いが、この雰囲気は確実に元密着型の酒場だ。ちょっぴり勇気がいるが、ここは思い切って入ってみよう。
「いらっしゃい」
おおっ……久しぶりにかなり狭い店内だ。入ってすぐに長細いL字カウンターは、10名すわれるかどうかの席が並び、カウンターの内側には厨房とリザーブの酒瓶棚。この雑多な感じ、たまりませんね。
空いてる席に座ると、メモ紙とペンをいただく。なるほど、注文は申告制ということですね、かしこまりました!
〝KIRIN × 1〟と強めの筆圧で書いたメモを渡すと、すぐにブツはやってきた。狭い店は、このダイレクト感がいいのだ。
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、こいつはうみありぃ!! 地元密着型の酒場はどうしても緊張するが、酒を飲んじまえばだいぶ気が楽になるのだ。
そこへお通しの『キャベツ盛り』がやってきた。一緒に業務用のフレンチドレッシングもいただいたが、この潔さがすばらしい。今では高級食材であるキャベツにたっぷりとドレッシングをかけて掻っ込む。世の中のお通しは、すべてこれでもいい。
続いて『イカキムチ』がやってきた。これがまた辛い……いや、世界一辛いんじゃないと思うほど辛い。これだけ辛さに振り切ってくれると気持ちがいい。
辛いは辛いけれど、辛さの奥に深い旨味があり、これがまた病みつきになる。うーむ、おみやで買って帰りたい。
「おう、いらっしゃい」
「ちょっと早かったね」
常連であろう、女性客がひとりで入ってきた。マスターとの会話からすると、友人と待ち合わせのようだが……かなり美女だ。美女はそのまま、私の背後を通って二つ隣の席に座った。
それを横目にやってきたのが『串もの』たちだ。
まずは『豚バラ』から。黒コショウがパラパラかかったビジュアルがたまらない。熱々のところを串から引き抜き、ひと口……旨い! じゅわりと豚の脂が口中に溢れて悶絶待ったなし。
次の『鶏レバ』はタレでいただく。マッタリとしたレバの食感に濃いめの甘タレが完璧なマリアージュ。レバはやっぱり鶏でキマリ。
匠の工芸品ともいえる美しい『牛ハラミ』は、食べるのが惜しい。いや、食べるとこれまた繊細かつ大胆な牛肉の旨さ。ふわっとミルキィな香りとともに、野趣に富んだ味わい。久しぶりに牛肉を食べたが、肉はやっぱり牛でキマリ。
「こちらのお客さん、おしぼりいってないんじゃない?」
──絶品串を堪能していると、隣の美女がマスターに言った。どういうことかと言えば、私におしぼりが出ていなく、それに気が付いた美女が気を使って申し出てくれたのだ……!
「すいません、ありがとうございます」
「いえいえ」
ちょっと待ってくれ美女……いや、ここは〝みありちゃん〟とでも呼ぼう。みありちゃんよ、やはりな……何となくだが、視線を感じていたんだよ!
最近もテレビに出ていたカップルが〝出逢ったのは酒場でした〟なんていうのを、歯を食いしばりながら観ていた。私は一般の人より酒場に行っている方だが、そんなことは一度もない。それでも、この手の話はよく聞くから解せない。そういえば、酒場ナビきっかけで何組かカップルが出来たとかの恐ろしい話も……
──ハッと、我に返ると『セウジャン』が目の前に置かれていた。セウジャンとは生エビを醤油につけて熟成させた韓国料理で、私ははじめて目にした。一見、普通の生エビのようだが……殻をむいて食らいつく。
セウジャン、ウマイジャン! これは旨いぞ……プリプリで新鮮な生エビに辛さ、甘さ、しょっぱさがしっかりと染みており、これらが合わさることで他にたとえようのない美味と成している。四十年以上生きていて、いまだに新しい味で感動ってするんだな。
そんな感動をよそに、めちゃくちゃ勝手な勘違いかもしれないが、横からみありちゃんの視線を感じなくない。
ほらほら、知らない男女で〝これって話かけるタイミングなんじゃね?〟って時、あるでしょう……? 今もそんな気がする……いや、そのタイミングなのかもしれないぞ。
狭い店内、こちらも少し視線を横に渡せば、必ず目が合う距離だ。
──が、タイムアウト……帰りの電車の時間だ!
終電で長岡に行って、旅の予定を大幅にずらすか……いやいや、それが私の派手な勘違いだったら目も当てられない。とにかく、後悔とも葛藤ともいえない、複雑な感情のまま、走って駅へ向かうしかないのだ。
〝あなたに本当に合った相手が必ず現れる〟
シティーライトのママの言葉をふと思い出し、高田の夜は終わった。
みあり(みあり)
住所: | 新潟県上越市仲町3-3-4 |
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TEL: | 025-523-3305 |