秋田「江戸中」他 郷土はしご酒のススメ
『あい、バガっけ!なぼたげ飲みさ行ぐって!?』
上の文字列を見て、いったい何人の読者が理解をして頂けただろうか。
実はこれ、日本語である。
私の故郷・秋田県の言葉、『秋田弁』なのである。そして、秋田の呑兵衛が母親、嫁に一番浴びせられる『秋田弁』でもある。
” この馬鹿!どれだけ飲みに行くんだよ!? “
因みにこれが『標準語』の直訳である。
──8月の某日。
地元の秋田に帰郷する為、私は東京駅の秋田新幹線のホームにいた。
メンバーのイカが、「ワイも秋田新幹線がみたいんや!」と、ついでに見送りに来てくれた。
これから片道4時間弱という、恐ろしいほどに長い移動がはじまるのだが、2時間もすれば車内で酔い潰れるので、実質2時間の移動である。
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あいー、さんびなっ!!
(訳:うわ、寒いな)
21時を過ぎ、人間が住めるギリギリである猛暑の東京から、新幹線で4時間後には「寒い!!」と言っていた。
気温は20度以上はあるものの、体感温度は10度くらいで短パンと半袖のTシャツではかなり肌寒かった。
到着した秋田駅で、地元の男友人二人と待ち合わせをし、早速秋田駅周辺で” はしご酒 “を開始。
そして今回、『郷土はしご酒のススメ』ということで、その会話には『秋田弁』に『標準語』を添えて、より” リアル “な郷土秋田のはしご酒を紹介したいと思う。
味論「あい、久しぶりだねが」
(訳:おー、久しぶりじゃん)
友人1「何、どさ飲み行ぐどってや」
(訳:どこに飲みに行くの?)
友人2「オイだば車で来でだがら飲まいねや」
(訳:俺は車で来てるから酒飲めないよ)
……すでに『は?何語?』と思うかもしれないが、このまま続ける。
秋田駅から少し歩くといくつかの酒場が集まっており、以前にも記事で『立ち呑み おひとりさま』という酒場を紹介したこもある。
その近くに、外からも醤油のいい匂いが漂ってくる酒場が、今回のはしご酒一軒目である。
『美酒亭美称』
ここ秋田でも、しっかりと” 暖簾引き “をして入店。
店内の中央には正方形のコの字カウンターがあり、奥には小上がり席がある。
味論「どさ座ればいすが?」
(訳:どこに座ればいいですか?)
店員「へば、奥の席さどぞ」
(訳:じゃあ、奥の席へどうぞ)
私たちは奥の小上がり席へと座った。
テーブルには手書きのメニュー、壁には雪深い秋田の昔の雪上用具が飾られている。
店員「何飲むすが?」
(訳:何を飲みますか?)
味論「へば……ビールけれす」
(訳:じゃあ……ビールください)
友人1「オレだばコーラでい」
(訳:俺はコーラでいい)
友人2「オイもそれでいは」
(訳:俺のそれでいいよ)
私と違って、あまり酒を飲まない友人二人を巻き込んで” 酒ゴング “を鳴らす。
” カヅーン “と、グラスの音も少し訛って聞こえる。
店員「こづら、お通しだす」
(訳:こちらお通しです)
味論「あいー、こい何だべなぁ!?」
(訳:わぁ、これは何だろうな!?)
店員「こいですが?” にしがい “だす」
(訳:これですか?” にしがい “です)
『にしがい』
お通しには、えだまめ、フキの煮物と一緒に『にしがい』という見たこともない小さな貝が出された。しかしコレって、よく港の堤防なんかの側壁にへばりついてるヤツじゃないのか?と、少し抵抗感があったが……
んめっ!!
(訳:んまいっ!!)
身は小さいながらも、まるで『さざえ』の様に美味で、東京ではまず出さないであろうお通しに、” 今、秋田にいるんだなぁ “と思い返させてくれる。
味論「あや!?” ブラックストーン “あんねが!?」
(訳:あれ!?” ブラックストーン “があるぞ!?)
実は秋田は、日本酒だけではなく『焼酎造り』にも力を入れており、中でも『ブラックストーン』という” 酒麹 “を使用した焼酎が人気だ。その『ブラックストーン』を使ったハイボールを、ここ秋田で飲まないわけにはいかず、それと一緒に料理も頼んだ。
『ブラックストーン ハイボール』
濃厚な味わいに、ほのかな” 麹 “の風味が絶妙、ワインで言うと” フルボディ “な一品。ハイボールなのでアルコール度数は抑え目であるが、『ブラックストーン』自体のアルコール度数は” 40度 “近いものばかりである。
さすが、” 酒豪出現率 “全国ダントツ一位の秋田県、恐ろしい……。
『じゅんさい』
東北以外ではあまり聞きなれないと思うが、秋田ではかなり主流の食べ物である。食べ味を比喩するのが難しいが、柔らかい” メカブ “の様なものに” ヌルッ “とした皮膜があり、それを薄い酢醤油で味付けして食べるのだ。『じゅんさい』自体には大して味はなく、独特の食感を楽しむ一品である。
『イカの沖漬け』
” ほたるイカ “ではなく” ヤリイカ “の沖漬け。ワタも含め、ヤリイカ一本丸ごとが調味醤油で漬けられているのだが、とにかくうまくうまくて仕様がない。『塩辛』の様でもあるが、味の深みの次元がまったく違い、” ほたるイカ “にはない” ねっとり “としたうまみがある。駅前でお土産にあったら絶対に欲しい。
味論「やっぱす、秋田っていな~」
(訳:やっぱり、秋田っていいよな)
友人1「んだべが?何もねねがや」
(訳:そうか?何にもないと思うけど)
友人2「んだんだ」
(訳:そうそう)
たちまち舌が” 秋田味覚 “に戻った私は、続いて二軒目を目指し『川反』へと向かった。
『川反(かわばた)』
『川反』とは、秋田県で最大の歓楽街である。
写真ではかなり貧相な歓楽街に見えるが、本当はもうちょっと栄えている。
そんな中でも行きたかった酒場がこの『おでん屋』である。
『江戸中』
赤渋いっ!!
ここでも” 暖簾引き “をして中へ入ると、中では真っ赤なカウンターが出迎えてくれた。
友人1「赤ばっがでねがや」
(訳:赤ばっかりだな)
味論「ビールけれす」
(訳:ビールください)
赤いおしぼりなんて初めて見る。目の前にある年季の入った酒燗器も、コトコトと現役のようだ。
うーむ、ここもいい雰囲気だ。早速、推しの『おでん』を注文してみる。
味論「おでん食いてんだすけど、どれいすべ?」
(訳:おでんが食べたいんですが、どれがいいですか?)
店員「へば、適当に盛り合わせするすや」
(訳:じゃあ、適当に盛り合わせにしますね)
『おでん(各種)』
味っこ染みでらっけ!!
(訳:味が染みてる!!)
てっきり、” 秋田の濃い味 “で真ドっ黒なおでんが登場するかと思いきや、薄色の出汁でしっかりと、そして上品に染みた”おでん種”は8月の暑い季節にはピタリ。実は、夏のおでんもなんとなく夏の風情を感じて好きだったりする。
味論「おでん以外、何かあんだすが?」
(訳:おでん以外に何か料理ありますか?)
店員「焼鳥だば、あらすや」
(訳:焼鳥ならありますよ)
味論「へば、タレでなんぼかけれす!」
(訳:じゃあ、タレで何本かください!)
『とりもつ』と『にわとり』
上品な味のおでんとは打って変わり、甘じょっぱいくパンチの効いたタレは、まるで主張の強い赤い店内を表すかのようだ。『とりもつ』は” レバ “、『にわとり』は” ネギマ “と言わせるネーミングにもセンスを感じる。
味論「なぁんと、秋田すったげいい店あんねが~」
(訳:うん!秋田っていい店あるね~)
友人1「んだべが?何もねねがや」
(訳:そうか?何にもないと思うけど)
友人2「んだんだ」
(訳:そうそう)
子供の頃は親に『川反は大人の街だから行くな』と言われていたが、大人になり過ぎるほど大人になってしまった40歳手前の男三人で徘徊する『大人の街』は、” まだまだ飲んでいけ “という誘惑を漏れなくしてくる。
はしご酒三軒目『都野鳥』
川反の歓楽街に一際目立つ看板。
なんだかここも” 赤 “を基調としているが、そういえば秋田新幹線の『こまち』も赤がテーマカラー。秋田って赤が好きなんだろうか。
暖簾を潜ると、これがまた良い雰囲気の店内。
一階と二階が吹き抜けており、今日行ってきた二軒がこじんまりとしていたのもあり、とくに広く感じる。
カウンターに座ると、目の前が広い厨房となっており、私はこの” 学生食堂 “や” サービスエリアの食堂 “を思わす様な広い厨房が、どこかマッタリとしてDNAレベルで大好きなのである。
メニューを見て『ハタハタの唐揚げ』がパッと目に付いた。
味論「秋田だば、やっぱハダハダけねばな!」
(訳:秋田なら、やっぱりハタハタ食べないとね!)
友人1「すたもん、東京さ” なぼ “でもあるべせ」
(訳:そんなもの東京にいくらでもあるだろ)
味論「なもや、秋田で食うがらいんだべせ」
(訳:いやいや、秋田で食べるからいいんだよ)
私はレモンサワーと一緒にハタハタを注文をした。
『ハタハタの唐揚げ』
すたまでげ!!
(訳: チョーデカい!!)
旬ではないといえ、まるまると太った身と味の濃さはさすが本場といったところ。今や” 高級魚 “扱いのハタハタも、母親曰く、昔は” 木箱一箱10円 “という時代もあり、オヤツ代わりに嫌になるほどハタハタを食べさせられたらしい。
味論「ちょまで!” くじらかやき “あんねが!?」
(訳:ちょっと待って!” くじらかやき “があるよ!?)
友人1「んだ、こいだば、東京さもねがもな」
(訳:ああ、これは東京にも無いかもな)
友人2「んだな、まずねべな」
(訳:そうだな、まぁ無いだろうな)
『くじらかやき』
この料理を知っている読者はどれくらいいるだろうか。簡単に説明すると、” クジラの皮 “の部分をナスと一緒に白味噌で炊いた鍋である。
黒い皮は脂肪ごと薄く切られており、見た目も味もかなり独特なのだが、こってり濃厚なこの鍋は『きりたんぽ鍋』と同じくらいメジャーになってもいい程うまい。いや、私の中の”秋田の鍋”としてもっともっと売り出したいくらいだ。
あい~、んめぇ~なぁ~
十数年ぶりに『くじらかやき』を食べて気づいた。
郷土に帰って何が一番かって、その土地の” 味 “を思い出せることではないだろうかと。
体の奥の底の底にある” 思い出の味覚 “が、東京でどんなに目新しい料理の店へ行こうとも、何年その郷土を離れていたとしても、地元の料理を一口食べれは一気にすべてが蘇る。同時に、自分は” この土地の人間 “なのだと思い返し、なんとなく嬉しくもなるものだ。
2泊3日などの観光ではこれを味合うことが出来ない、” 郷土 “を持っている人間だからこその特権なのだ。
友人1「あど、” 腹っつえ “し行ぐや」
(訳:もう、お腹も一杯だし帰ろう)
友人2「んだ、まだ帰ったどぎ、行げばいねが」
(訳:そうしよう、また帰ってきた時にでも行こう)
田舎から上京して、たまに地元へ帰り友人らと集まってみるものの、「何にもない」や「遊ぶところがない」とよく聞く。
しかし、” 離れて分かる地元の良さ “というのも、やはりあるのだ。
子供の頃に遊んだ公園に行ってみるもよし、
地元じゃ誰も行かない観光名所に行くもよし、
勿論、地元で” はしご酒 “でもよし。
酒場を通じて、改めて郷土の” よし “というものを感じた夜であった。
へば、まだ帰ってくっが
(訳:じゃあ、また帰ってこよう)
私は、これからも、ずっと、秋田へ飲みに帰る──。
読者のみなさんも、是非、故郷や地元に帰って” 郷土はしご酒 “をしてみてはいかがだろうか。
江戸中(えどちゅう)
住所: | 秋田県秋田市大町5-3-15 |
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TEL: | 018-824-4039 |
営業時間: | - |
定休日: | - |