分倍河原「ますだや」刑務所からの大衆食堂で不器用にビールを注文したくて…
子供の頃に『日曜映画』かなんかで観たような気がする映画を、レンタルビデオショップで発見したので借りて鑑賞していた。
《幸福の黄色いハンカチ》(1977年)
タイトルからして〝ネタバレ〟的な要素を含んでいるのでざっくりと内容をバラしてしまうが、殺人で網走刑務所を出所した勇作(高倉健)が、未だ自分の帰りを待っているかもしれない妻の光枝(倍賞千恵子)の住む夕張の自宅へ戻る途中、欽也(武田鉄矢)、朱美(桃井かおり)らと出会い様々な体験を共にするというロードムービー。最終的に〝帰りを待っている〟いう妻のサインであった〝黄色いハンカチを庭先に掲げる〟が見事になされておりハッピーエンド、という内容。もちろん、泣いた。
『俺は、不器用な男だから』
〝うわっ! で……出たっ!〟高倉健の名言が本作中にも登場しており、思わず声が出た。
しかしまあ、この人の演技はなんと〝渋い〟ことか。微妙な表情の変化が特にすばらしい。中でも、冒頭に網走刑務所から出てすぐ、近くにあった大衆食堂に入り赤星の中瓶ビールを、喉も裂けよと一気飲みするシーンがあるのだが、並々とグラスに注がれたビールを、両手でしっかりと持ち、少し震える手でク──ッと飲み干すところなど、何回見ても飽きない。
思わずDVDを一時停止して、冷蔵庫のビールに手を伸ばしたが……いや、待てよ、と私も一時停止する。
──これと同じシチュエーションで、中瓶ビールを飲んでみたい……!
「あほか」と言われそうだが、酒場ナビ活動の一環として、そして《サカバー》としての本能が私をそうさせるのだ。
そうと決まったら〝刑務所探し〟だ。
いや……もちろん、刑務所に入るのではなく、あくまで刑務所の雰囲気を感じに行くだけである。まあ、都内で刑務所といったら……あそこか。
『北府中駅』
東京の代表的な刑務所といったら『府中刑務所』であろう。その最寄り駅がこの北府中駅らしいのだが……
既にこの駅自身が「近くに刑務所があるぞ……」とでも言い出しそうな凄然とした佇まい。それはその通りで、駅から出てすぐに頑丈で背の高い壁が左右どこまでも続く景色があった。
『府中刑務所(外壁)』
入口はどこにあるのか壁伝いに歩き回ってみたものの、どうやら一般では入れないような場所にあるようだったので外壁だけ。歩きつかれたのと、刑務所の内側から伝わる〝念〟のようなものにやられ、あたかも〝出所気分〟を味わった気分だ。
そうなれば、次のシーンである『大衆食堂』を探す。
……が、まったく事前に酒場調査もせず行き当たりばったりで挑んでおり、近所を歩いてみても民家や商店ばかりだ。
うーむ、おかしいな……と思いつつ、20分ほど北府中を徘徊していると……
『ますだや』
げっ!? これ映画のまんまじゃねーか!?
突然、映画でみたような大衆食堂が現れたのだ。ここをスルーして『黄色いハンカチ食堂』など有り得ない、と……
興奮する〝不器用〟な私は、誤って内側から《暖簾引き》をして、中へと入ったのだ。
「いらっしゃいませ」
惜しいッ!!
黄色いハンカチ食堂では、入って右側に厨房カウンター席があったのだが、ここは左側だった。しかし、「いらっしゃいませ」と言う店のお姐さんの声は映画とそっくりだ。
……よし、このままの勢いで、瓶ビールを注文しよう。
勇さん(高倉健)は、映画では店へ入るなり『……ビールください』と、店のおばさんへ呟くように注文するのだ。
私も真似て……
「……ビールください」
キマッた!!
噛まずに、そして勇さん(高倉健)のような〝溜め〟で、瓶ビールを頼むことができたのだ。よかった……ここで納得がいかなかったら、もう一度店を入るところから撮り直しになるところだった。
「おまたせしました」
『瓶ビール』
遂に、例の瓶ビールだ。『赤星』ではないのが残念だが……
暫し、グラスに注がれたビールを見つめ……
両手で持ち、少し震えるように、親指の腹で愛おしそうにグラスの表面を撫で……
「ンッ!! ……ングッングッ……」
カンッ
「パッぁっ!! ……はっ……はぁっ……」
一気に、飲み干すのだ。
カット!!
完全に勇さんとリンクすることができた。思った通り、なんだかいつもよりビールもうまく感じる。
これは是非とも呑み助諸氏にも真似していただきたいと勧めつつ、次は料理を食べるシーンへと移る。
私は……いや、勇さんは壁に貼られたメニュー札を見た。
(何にしようか……)
ゴクリと唾を飲み込みながら、料理を吟味する勇さん。
(よし……決めた)
映画ではここで『……醤油ラーメンとカツ丼』と、これまた店のおばさんへ呟くように注文するというシーンになる。
もちろん、私も……
「……醤油ラーメンと──」
「すみません、ラーメンやってないんです」
うそっ⁉ ラーメンやってないの!?
そ、そっかぁ……まぁ、しかたがないか。とりあえずアイツで場を繋ぐか。
「……目玉焼きください」
『目玉焼き』
大衆食堂といったらこれだ。まずは黄身を箸で割るのだが……
〝不器用〟なのか、きれいに割ることができない。だがこの目玉焼き、フチの部分をカリリと焦げさせた〝あらヤダ、お母さんちょっと失敗しちゃったわ系〟の家庭的で少し懐かしいタイプの焼き方であり、刑務所から出所したばかりには涙が出る一品。私が監督だったら醤油ラーメンではなく、この目玉焼きにしていただろう。
そしてもうひとつ、勇さんが注文していたアレも忘れてはいけない。
「すみません」
「はーい」
「……カツ丼ください」
今度こそキマッた!!
「すみません、カツ丼もやってないんです。とんかつの単品ならありますけど……」
けぇぇえぇぇ────んッ⁉
さすがにカツ丼までないとは予想できなかった……なんたる間抜け、なんたる〝不器用〟……さすがの勇さんも、これにはまいった。
ズルッ ズーズー、ジュルルッ!!
ハムッ ハフハフ、ハフッ!!
……映画の勇さんのように、醤油ラーメンとカツ丼を掻っ込んでみたかったが、まぁこれも〝出逢い〟だ、昔から『酒場に入れば酒場に従え』という言葉もあるように、ここはとんかつ単品で手を打とう。
「……とんかつ単品ください」
『とんかつ(単品)』
何年間も刑務所の薄味のメシを食べていた癖か、何もかけずにそのままカブリつく。肉の味が引き立ち、これはこれでウマい。
そして、〝ソース・スポット〟と言われる、衣と肉の間にあるソース注入用の空間にソースを流し込み、肉汁とソースが乳化したところを口の中へイン。
〝不器用〟に咀嚼をする度、衣の歯ざわりと厚肉の舌触りがジュンワリとマッチ。──ンまい! 是非、カツ丼も一般メニューに加えて欲しいところだ。
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結局、醤油ラーメンとカツ丼ではなかったが、その素朴なおいしさに、まるで本当に刑務所から出所してはじめて食べる大衆料理の如く、夢中で目玉焼きととんかつを貪ってしまった。
『お遊び企画』ではあったが、こんな大衆食堂に出逢えたことは、それこそ私にとっては映画のラストシーンにもあった、勇さんが自宅に戻り、黄色いハンカチを見つけた時と同じくらいのうれしさがあるのだ。
これからの私の酒場人生、
出逢う酒場に『黄色いハンカチ』が待っていることを祈りながら──
そうそう、
もちろん、この酒場にも幸福の黄色いハンカチが……
汚れた青いダイフキ……?
──いや、
朱実が叫ぶ。
『ほらっ! あれ!』
この酒場にも、幸福の黄色いハンカチが見えている。
ますだや(ますだや)
住所: | 東京都府中市美好町1丁目33 |
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TEL: | 042-364-3065 |
定休日: | 土曜日・日曜日・祝日 |