フェリーに景色に島酒場!色々酔える東京の島旅① 新島「日本橋」
〝酔う〟ということを、今まで何度してきたことだろうか。あ、ここで言うのは〝酒に酔う〟ことだ。私は酒に酔うと、怒りもしないし泣きもしない。稀に〝気絶〟があるくらいで、基本的には楽しくなってしまう。だから、間違っても途中で寝てしまうという勿体ないことはしない。とにかく、酔っているその時間が大好きで仕方がないのだ。
ただそれは飽くまで、酒に酔っている時間のことだ。というのも、私は物心がついたころから〝乗り物酔い〟が半端ではなく、ことにこの乗り物で〝酔う〟ことは大大大嫌いなのだ。思い返せば、本当にひどい目に遭ってきた。
私は学校行事でのバス移動の際、必ず揺れの少ない一番前の席、生徒に忌み嫌われる担任教師の隣の席に自ら志願して座っていた。忘れもしない、小学校の修学旅行のバスでのこと。いつも通り担任教師の隣の席で酔わないように深く呼吸して、目を瞑っていた。すると「オメェ、怖い話できるんだべー?」と、クラスのヤンチャな男子が言ってきた。それを言われて「カッ!」と目を開けた。何を隠そう、私は怖い話が大得意なのだ。「オラに任せでけれ!」と立ち上がり、拍手と共に〝王様席〟、いわゆるバスの後部座席へと導かれた。気がかりだったのが、後部座席はエンジンの真上で相当揺れる席だということ……一抹の不安を抱えつつも、しゃべり始めてみると「あれ? 結構大丈夫かも……」と思い始め、調子に乗って立って話をする始末。なんといっても、オチを言った時の女子たちの「キャーッ!」という悲鳴が快感で、気が付けば三話、四話と話を重ねていった。
「ギ、ギャ──ッ!!」
特大の悲鳴は、隣に座っていたクラスのマドンナのものだった。ただ、まだオチは言っていない。その直前に、私は彼女にめがけて嘔吐してしまったのだ。一瞬の気の緩みだった……もちろんバスの中は大パニックで、怒り哀れみ出す者、貰い嘔吐する者と言葉では表せられない恐怖と化していた。みんなの希望通り、本当の怖い話となってしまったのだ。
それから凝りもせず、中学高校の修学旅行のバスでも盛大に嘔吐、船釣りに行っては嘔吐、スキューバダイビングのポイントまで行って嘔吐、公園のボートでも嘔吐などなど、いくらでも嘔吐話ができるほどだ。
そんな私だったが、四十歳を超えるとさすがに乗り物酔いに耐性が出来から驚きだ。ちょっとしたドライブや、大型船での移動くらいなら、酔い止め薬を飲めばまったく問題はない。そこへ酒を流し込めば、なおさら効き目がいい。ある意味、歳をとる(鈍くなる)ということは恐ろしいことだなぁと思っていた、つい先日のこと。
『新島チル旅』という、東京都の新島など企画しているフェリーの往復券が当たる企画に応募したところ、これが見事に当選。実は十年前に一度行ったことがあり、それがとてもいい旅行だったので本当に嬉しかった。さっそく乗船日を予約して、旅行の計画を立てることにした。
「ふむふむ、約10時間か……結構かかるんだなぁ」
数日後、フェリーのチケット引換券が届いた。その片道乗船時間を調べてみると、なんと10時間以上もあった。前回はジェット船というもので片道2,3時間くらいだったはずだが……まぁ、はじめての大型船の旅を楽しむのもいいじゃないか。それからさらに数日後、東京竹芝客船ターミナルへとやってきたのだ。
夜の10時に東京湾を出発だから、夜景を眺めながら酒をひっかけよう。つまみは海から吹く潮風、真っ暗な海で叙情的な気分に浸り、しばしの眠りにつく。朝焼けの光に目を覚まし、そこで朝日に乾杯……最高だ! というか、ちょっとフェリーが楽しみになってきたぞ。
ボ──、ボ──……
汽笛と共に、ゆっくりと都会が遠ざかっていく。あぁ……なんか、すっげー旅をしてる感じなんだけど。
最高の気分で、旅は始まった。
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「ヴォエ”ェェェェッ!! オ”ロロロロロロッ!!」
早朝六時。私はフェリーのトイレにて、嘔吐の真っ最中だった。たしかに、昨晩は夜景を見ながら酒を飲み、夜の十二時を回ったくらいにベッドで寝た。しかし、次に気が付いた時は、まるでジェットコースターのようなアップダウン、ライトアンドレフトの無限ループだったのだ。前以って〝海が時化ている〟ということは館内放送で訊いたが、ちょっと待てくれ。大型フェリーて、こんなに揺れるものなのか……? とにかく、立っていても横になっていても、身体が無重力のように浮き上がるのだ。
そんなのが、何時間も続いてみてごらんなさい。そうです、酔うに決まっている。我慢できずトイレに駆け込めば、それでいつもの通りだ。
結局、二時間ほどトイレに篭ったのち、フェリーは目的地の新島前浜港へ到着したのだ。お世話になる民宿の女将さんが迎えに来てくれたのだが、開口一番「外から船を見てたんですけど、すっごい揺れてましたよ!」と興奮気味に教えてくれた。見慣れた島の人でこれなら、そりゃよっぽどだったのだろう……うっぷ!
まだ、揺れている……本当はすぐにでも観光しようと思っていたが、車で宿まで送ってもらいそれから一時間、部屋でグロッキー状態であった。
酔い止めを飲めばどうとか、ありゃ一体なんだったのか……
部屋でなんとか体力を回復した私は、自転車を借りて島の散策へと出かけることにした。二回目の新島だが、何度見てもきれいな島だ。海はコバルトブルーで本当に美しいのだが、沖縄のトロピカルな島の空気とは違い、伊豆諸島の島は叙情的な美しさを感じる。
自転車でも酔ってしまうのではないかと、敏感になりながらペダルをこいでいると、どこまでも続く砂浜『羽伏浦海岸』が見えてきた。サーファーのメッカというだけに、超ド迫力の波。海全体から轟くその波の音に、いつまでも聴き惚れてしまう。
そこから近くに『シークレット』と呼ばれる断崖絶壁の階段から見下ろす太平洋の美しさや、港近くの『光と風と波』からの景色に感動しつつも、ここが絶海の孤島だと思うと、どこか恐ろしくもあり、けれども神秘的な魅力に、今度は良い意味で〝酔って〟しまったのだ。
そんな新島の魅力はグルメも然り、そして酒場にもあることを忘れてはいけない。はるか彼方に見える地平線に、夕日が沈み始めた頃──
ここに、来たかった! 数少ない島の酒場『日本橋』である。実は前回訪れたときに、予約で埋まっていて入れなかったのだ。民宿の女将さん曰く、島の酒場は予約必須とのことで、あらかじめ予約しておいたのだ。
島独特の建物の造りに、赤提灯と暖簾が何だか安心する。今夜は絶対に断られることがない、いざ、島酒場へ!
「いらっしゃいませ。予約の方ですか?」
「ハイッ!!」
女将さんが迎えてくれた店内は思っていたより広く、入って左にカウンター、右に小上がりがドーンと並んでいる。木目の天井、鮮やかな緑の壁が綺麗だ。既に何組かの客で小上がりは埋まっており、店の入口に近いテーブルへと案内された。
いやーん、入れてうれしい! 船酔いと自転車をこぎつかれて喉がカラカラだ。大至急、女将さんに酒をお願いした。
島では『生ビール』と決まっている。見てくださいな、この霜降り黄金麦汁の美しきこと。
ごくんっ……にいんっ……じまんっ……、クゥゥゥゥビール乗りのサーファーが喉にノリまくりだぜ! はい、島酒場最高。さぁて、続いて島料理といきやすか!
「メニューは写真を撮ってきてくださいねー」
手元にメニューはなく、奥の壁に貼ってあるメニュー札をスマホで撮影してくださいとの女将さん。最高高画質で写真を撮り、席で吟味する。うーむ、こんなのも楽しい。
伊豆諸島といったら、まずは『明日葉の天ぷら』から始めなければならない。たまーに、東京本土でも出す店はあるが、やはり本場は見た目でまったく違う。とにかく緑色が濃い! そいつを箸で鷲掴み、塩をチョンと付けて食らいつく。
見た目と反して優しい歯ざわりと、甘くてどこかほろ苦さが抜群にウマい。やはりこいつを食べたらね……いやぁ、やってきましたね、伊豆諸島!ってなりますね。
すっごい輝き、これはもう宝石の一種と見紛う『赤イカ刺』だ。イカ刺ってのは、もっとフニャついてるイメージだが、これは箸で持っても形が全く崩れない。ただ、決して硬いというわけではない。
そいつが半端ではないウマさで、サクッ……サクッ……と口の中で弾けるのだが、その後はネッッッットリとして物凄く濃いイカのエキスが溢れるのだ。今年食べた……いや、間違いなくここ数年以内に食べたイカ刺で〝一番おいしい〟で決定だ。
島のモンばかり食べるなら、酒も島のモンで飲らなくちゃあ罰が当たる。地酒『しま自慢』のロックに切り替えて、後半戦を迎え撃つ。
こちらも伊豆諸島の名物『青ムロアジたたき揚げ』だ。どう見ても、絶対に〝おいしい〟って顔つきをしている。身がぎゅぎゅっと詰まり、ムッチリと太もものような弾力。
さつま揚げの様でこれがちょっと違い、ほのかに温かいすり身からは、ムロアジの濃ぉぉい〝海の味〟が滲み出てくる絶品である。
突然ですが、問題です。
これ、何の刺身だと思います? そう、どう見ても『カンパチ』にしか見えないが、実は『シマアジ』なのだ。昔、八丈島へ釣りに行った時に、釣りたてのシマアジ刺を食べたことがあるのだが、それとまったく同じだ。
箸で持ち上げてみるが、やっぱりカンパチなんじゃないか……? そもそも、ここまで張りと照りがある刺身が凄い。たまらず食らいつくと──ッッッッうんめぇぇぇぇッ!! 新鮮極まりない自然の生命力が、口の中で大繁殖するようだ。コッテリな旨味の中にも、青魚の清々しさも感じる不思議。これなら朝の船酔い中で差し出されても、きっとペロリと平らげられるどころか、船酔いだって治っていたに違いない。
「19時に四名で予約してた者ですが」
「はーい、じゃあ奥のお座敷で……」
怒涛の絶品島料理で舌鼓の中、酒場は島時間でゆっくりと客が集まりはじめている。『しま自慢』から今度は昼に自転車で訪れた海岸と同じ名前、『羽伏浦』のロックに切り替えた。船酔いも海岸も、何だか遠い夢のことだったように思えてきたが、これはきっと料理と酒に酔っているからだろう。この素晴らしき酔いと共に、そろそろ島風を浴びに夜の散歩と行きましょうかしら。
船酔いは二度とごめんだが、島の酒で酔うのは大いに結構。ほんとに、船酔いは最悪なのに酒酔いってのは何でこんなに気持ちがいいのかねぇ……と、心地よさに浸っているが、これからしばらくの間、私は重大な事実を失念していた。
そう……帰りもフェリーであることを。
日本橋(にほんばし)
住所: | 東京都新島村本村1丁目3-6 |
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TEL: | 04992-5-1890 |
営業時間: | 予約必須 |