フェリーに景色に島酒場!色々酔える東京の島旅② 新島「なぎさ」
「あぁん? 船が揺れるかだって?」
朝の八時、私は『式根島』行きの船ターミナルへいた。乗船のためのチケットを購入し、何気なく受付のオジサマに訊ねてみたのだ。
「そりゃ揺れるに決まってるよ」
「で、ですよねぇ……」
ええ、分かっていた……分かっていたことだが、やはり船はそうとう揺れるらしいのだ。ここ新島から式根島までの乗船時間は20分。昨夜の大型フェリーの10時間に比べればなんてことない時間なのだが……
船が小っさい! ぜったい揺れるでしょ『にしき号』っ! 停泊中でも結構な揺れが分かる。前回詳説したように、私は常軌を逸した乗り物酔いをする。大型フェリーだって死にそうになったっていうのに、こんな小舟で太平洋の黒潮の荒波に立ち向かわなければならないなんて……ゾッとする。
やはり辞めておくべきか……いや、式根島は行ったことがないので絶対に行きたい。いや、しかし……でも、だけど……! 素知らぬ顔で浮かぶ『にしき号』の前で、葛藤続けること五分。ついに出航の時間となった。
「え──いっ!!」と、気合で船に乗り込んでしまった。間もなく船は離岸し、太平洋の大波に向かって進みだした。
「うおっ……!」
「ぐんぬぅぅぅぅぅ!」
「ひゃぁぁぁぁぁっ!」
とんでもない大時化だ。もはやこの船内には〝重力〟という概念はなく、尻が持ち上がり、左右に大きく揺れを繰り返した。
「これはただのジェットコースター、楽しい楽しい……」と、手を合わせながら念仏のように唱える。同乗していたニッカポッカのオジサンたちを見ると、新聞を読みながら寛いでいるから恨めしい。とにかく私の嘔吐中枢よ、なんとか……なんとかもってくれいっ……!
「式根島、到着でーす」
うっぷ……あぁぁぁぁ耐えた、なんとか嘔吐せずに済んだ! たかが20分の乗船で、得体のしれない達成感なるものが沸き起こってきたが、ここまできたらあとは式根島を楽しむしかない。フラつく足取りで船を出ると、目の前には驚くべき光景が広がっていた。
「おぉ……おぉ……!」
どう説明したらいいものか、頭に浮かんだ感覚をそのまま言うなれば〝ザ・地球〟だ。〝ザ・自然〟ではない、それをはるかに凌駕する地球そのものを感じる絶景なのだ。
海は荒々しく、岩肌の甚だしい無骨さ、それらを覆いかぶさる広い空……沖縄のような原色の美しさこそないが、そこがこの島の魅力だ。どこかの惑星に取り残されたような、何とも言えない虚空感に囚われてしまった。
しかし、式根島の魅力はこんなものではなかったのである。
「うおっ……なんか、すっげーぞ!」
式根島にはいくつかの海岸があるのだが、まずひとつに『大浦海水浴場』へとレンタサイクルで訪れた。ここがまた〝惑星感〟満載で、剝き出しの岩々の存在感が凄まじい。
これ、本当に自然に創られたものなのか?と、疑いたくなる造形美。磯釣りをしていた頃は、よく岩場に行っていたが、それとはまったく違う。ここは〝人間の気配〟が感じられず、時折背筋がゾクゾクするのが何故か心地好い不思議。
そして式根島といったらこの海岸『泊海水浴場』であろう。きれいな円形の入り江が特徴的で、島旅が好きな方なら見たことがあるかもしれない。私も初めて訪れたが、ちょっと涙が出そうなくらい美しい海岸だ。
とんでもない水の透明度と、真っ白な砂浜。思わず大声を出したくなる解放感。驚いたのが、この時10月半ばだったにもかかわらず、余裕で海に入れたこと。天候的なこともあるだろうが、ちょうどいい温さで水着を持ってこなかったことを悔やんだ。
その他に『石白川海水浴場』の独特な形の浜、『地鉈温泉』は一面が錆色で、それこそ火星にいるような気分になれる。昨日に引き続き、またもやこの式根という島に陶酔しきってしまったのだ。
海岸をひとつひとつ、何も考えずに一時間ずつ海を見て回った。あっという間の時間で、本当にここへ来てよかったと心から思えたのだ。何というか、おかしな例えかもしれないが、最近〝心が病んでいる〟という方なんかは、ここへ来たら何か変わりそうな気がする。
うん、絶対に訪れてみて欲し……
「あばぁぁぁぁぁっ!」
もちろん、帰りはあの小舟だ。本当に来てよかったが、やはりこれだけはどうにも苦手「だあぁぁぁぁぁっ!」
「これはーただのージェットコースターァァァァ……──」
なんとか、自らに暗示をかけながら、騙し騙しで新島の港へと戻ることが出来た。だけど船は当分いらない……いや、ずっといらない。
よく頑張った自分にご褒美の時間だ。そう、酒場の時間である。
港から歩いて十数分、新島の旅最後の夜に選んだ酒場『なぎさ』である。地中海をイメージする白亜なモルタル建築に、純日本風暖簾のミスマッチがすばらしい。
もちろん予約はバッチリだ。島風に揺れる暖簾『なぎさ』の〝ぎ〟を割って、中へと入った。
「いらっしゃいませ~」
いっスねぇ! 小ぢんまりとした店内の真ん中には、細長いステンレスの〝ニの字カウンター〟がテカテカとカッコイイ。他にテーブル2席と奥には小上がりもあるようだ。もちろんカウンターに酒座を決めて、いざ酒コール。
島だろうがどこだろうが、瓶ビールのあるうれしさよ! はるばる都内(本土)から、よくぞ運ばれて来なすった。直ちに飲み干してしんぜよう。
ぐびっ……にいっ……じまっ……、島で飲む瓶ビア最高ぉぉぉぉ!! 君もあの大揺れのフェリーに耐えてここへやってきたのかと、戦友同士労うのだ。
お次は、おすすめのボードメニューから島料理たちを選ぶ。どれもこれも、魅力的なネーミングだが……まずは、これから!
どう考えても『明日葉天ぷら』から行くしかない! 昨夜の『日本橋』と少し違い〝野生種〟感が強めだ。これがサックサクの軽い口当たりとほろ苦さで、何度だっておいしい。やはり伊豆諸島の酒場のお通しは、明日葉以外考えられないでしょう。
出たっ、大好物の『島寿司』だ! 銀座のどんな高級寿司より、私はこっちの寿司を選ぶ。まぁ、銀座で寿司など食べたことはないのだが、とにかくめちゃめちゃウマい寿司なのだ。
島の魚を醤油漬けにして、甘めのシャリで握り込む。そいつをワサビではなくカラシをチョンと付けて食べると、ネッッッットリとした旨味のカタマリが口中に満たされるのだ。昔、八丈島に行ってスーパーで買ってからの大ファンだが、少し寝かして食べてもウマい。どうやったってウマい、最強の寿司だと私は断言している。
「どちらから来られたんですか?」
イケメンマスターが、おもむろに訊いてきた。話をしてみると、なんと私と同い年の43歳。新島生まれの新島育ちで、鯔背な語り口調が、下町漢然として聴き惚れる。もう一人の美人店員さんは、イスラエル出身とのこと。日本語ペラペラで、世界各国を渡り歩いているというアグレッシブガールだ。
そんなアグレッシブガールが勧める『和風チキン南蛮』も、なんともアグレッシブ南蛮だった。コンガリ揚がった鶏肉に、たっぷりのタルタルソース。このタルタルがマスターの拘りらしく、ピクルスの代わりに漬物を、さらにあえて卵を使わないのだという。
式根島の岩肌に似た無骨なビジュアル。一体どんな味なのかと咥えてみると──ンまいっ!! タルタルには一切のクセが存在せず、鶏肉をこれでもかとミルキィに仕上げてる。タルタルなんてものは市販ソースと同じで、味に変化なんてないと思っていただけに、これは大発見だ。
メニューに、この『炙り和牛寿司握り』が目に入った時からマークしていた。満を持して頼んだが、目の前に出された時点でもうウマいのが解った。なんですか、この脂の照り具合は!
箸で持ちが上げたと同時に、和牛がシャリに蕩けるような錯覚。その錯覚は、ひと口食べるとリアルのものとなる。炙られた表面からは香ばしい香りがクィンクィンと鼻孔を突き、すかさず和牛の肉汁がシャリと混ざり合って舌に浸透させる。まるで泊海水浴場の穏やかな入り江の様で、波の満ち引きが如く、口の中でゆっくりと旨味が満ち引きする……このままもっと遠い島にでも流されてしまいたい気分だ。
この店の看板酒『なぎさサワー』というクエン酸サワーに持ち替えて、しばらくマスターと美人店員さんとおしゃべりだ。美人店員さんは、この店の重鎮感があったが働きだして数ヶ月。色々な国に住んでいたらしいが、この新島が相当気に入ったらしく、当分この島で暮らす予定らしいので、是非ともその目で確かめに訪れてほしい。
島民全員が顔見知りだというマスターは、新島のことなら何でも知っていた。かつて〝ナンパ島〟と称され、近くにあるラーメン屋の『どさん子』の前には、夜な夜な若い男女で溢れかえっていたらしい。
私は将来、島暮らしをしたいと漠然と思っているが、島で暮らすには安定した経済力が必須条件だとマスターが鋭く言う。やはり、どんなことでも理想だけでは簡単にいかない。ただ今はまだ、理想という名の欲望だけでいいやと、残り四貫しか在庫がない島寿司をマスターに無理を言って追加した。
都内に住んでいれば、遠くても数十分電車に乗ってどんな酒や料理だって食べられる。それはそれで幸せなことだが、船や飛行機で時間をかけて、その土地のもので飲るのも幸せなことだろう。
あー、それで思い出した……明日はまたフェリーで都内まで戻るのだ。しかしまぁ、また何度も船酔いすればいいじゃないかという気分だ。今はこの最高の島寿司と酒に酔うことだけを考えよう。何度も言うが、船酔いは最悪なのに酒酔いってのは何でこんなに気持ちがいいのかねぇ──
「こう横に揺れたらこう、こう縦に揺れたらこう……」
旅立ちの朝六時。すでに私は起きて〝船酔い〟に対抗すべく、イメージトレーニングの真っ最中だ。出航まではあと二時間、数回の嘔吐は覚悟の上だ。あとはその被害をどれだけ最小限に食い止めるかである。
「呼吸は深く、そしてゆっくりと……」
気合いを入れたその時、宿の外から島内放送が流れた。
『こちらは──新島島内放送です──
本日──竹芝行きフェリーは──悪天候より──欠航──いたします』
えっ……………………ケッコウ?
なんとこの日、悪天候のため船はすべてストップしてしまった。つまるところ、新島から飛行機で帰ることになってしまったのだ。嬉しいかな悲しいかな、自費で14,000円は痛いが、嘔吐と戦った10時間が今度はたったの30分で済むという、文明の利器の勝利に今は酔いしれた。
何はともあれ、快適な空の旅へ出発だ。
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「……うっぷ……お、おえ……」
なぎさ(なぎさ)
住所: | 東京都新島村本村1-9-5 |
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TEL: | 04992-7-5212 |
営業時間: | 17:00~22:00 |
定休日: | 火曜日 |