今注目の自分と相性の良いパワースポットならぬ〝パワー酒場〟を見つけろ!鎌倉「津久井」
〝相性の良いパワースポット〟へ行くのが、最近の私の流行だ。どうやって相性の良し悪しを調べるかというと、自分の生年月日からある数字を計算、その数値の結果によって〝属性〟なるものが割り当てられる。その属性によって、自分と相性のいい神社や名所が分かるというのだ。
因みに私は〝風属性〟で、例えば都内だと日枝神社に高尾山、埼玉の氷川神社や京都の伏見稲荷大社、面白いのが長崎のハウステンボスも相性がいいらしい。これらを巡るのが案外楽しくて、ポケモンのモンスター集めみたいな、軽い収集癖をくすぐるような楽しさがあるのだ。それでいざ行ってみれば、「あっ、なんかこの場所は落ち着く!」なんて気分にもなるから、旅のついでに自分の属性を調べて、是非とも巡ってみて欲しい。
手短なところで関東圏を調べていると、神奈川にも相性のいいスポットがあることが分かった。『杉本寺』という、鎌倉にあるお寺なのだが、鎌倉はよく訪れていたのに今まで一度も耳にしたことがなかった。
早速訪れてみれば、なんて風雅で素敵な参道ですこと。鎌倉には〝苔寺〟はよくあるが、このお寺は〝苔の階段〟が有名らしい。
見よ、この苔カーペットを! 山門から参道までの階段が、びっしりと苔で埋め尽くされている。直接ここを踏み歩くことが出来ないのが残念だが、おそらくこの階段から登った先には『もののけ姫』の世界が待っているに違いない。
苔の階段を迂回して登ると、頂上には本堂があるのだが、これもまた珍しい。なんと、本堂全体が茅葺屋根なのだ。社寺好きの私でも、これは初めてだ。豪華な彫刻がされた屋根もいいが、この素朴ながらにして荘厳たる風格は、まさしく和の美。いくらでも見ていられる。
苔階段に茅葺屋根を満喫、ビシビシとパワーを頂いた。この有り余るパワー、どうしてくれよう……おっと、そうか! 心は満ちたが、肝心の身体の方が満ちてないじゃないか。そう、社寺の後は御酒場で御神酒を頂戴するのが私のしきたり。早急に駅へと戻ろう。
駅には戻ったが、鎌倉はあくまで〝観光するため〟に訪れる場所。そう、だからいつも鎌倉では飲らず、大船、藤沢あたりに戻って飲ることにしている。というのも、鎌倉は関東人にとっての巨大観光地であり、お洒落なカフェや観光客用の一杯飲み屋はあるが、私が行きたいような古くて渋い酒場があまりない。本当は、古都・鎌倉らしい古い建物で飲れるなら最高なのだが……
おっ、そうそう! こんな古い感じの……
「うわっ!?」
鎌倉駅の目と鼻の先、『津久井』は突如として現れたのだ。
……お好み焼き? いや、そんなことはいい。そもそもここは、飲食店なのか……? 私は、興奮していた。モルタル二階建ての一軒家、広い敷地には薄っすらと苔の生えた塀が囲んでいる。瓦の間口に藍暖簾が掛かっているが、これが無ければ完全に〝ただの家〟だ……いや、〝ただの有形文化財〟だ。
こんなの、絶対に入りたい。たとえ飲食店ではなくとも、中へ入れるなら絶対に入ってみたい。暖簾の奥には、ぼんやり灯りが浮かぶ古いガラス戸。どうやら営っているらしい。何ひとつ躊躇わず、そのガラス戸を引いた。
ガラガラガラ……
うっ、うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁ……!!
店に入ると、そこには完全な〝玄関〟があり、その奥に襖を取り払った広々とした畳の空間。茶色くツヤ光する柱、寄りかかったらすぐに穴が開きそうな壁、床の間だってある。天井からは最小限の明かりがぶら下がっているが、部屋はとても明るい。その訳が……
奥に中庭があるからだ! マジか、おいマジなのか? こんな理想的な造りで、お好み焼きが頂けるのか? しばし呆然、立ち尽くして言葉を失う。
「こちらの席どうぞ」
……ハッ!っと、女将さんの声で我に返る。あぶない、もう少しで昇天するところだった。とにかく、落ち着こう。女将さんに案内された席に座った。
くぅぅぅぅ、なんて素晴らしい鉄板の眺めだ……。というか、畳に胡坐をかいて鉄板をつつくこと自体、かなり珍しくないか? この油の香りがまた……ほら、また興奮している。酒だ、とにかく酒を頼もう。
うっほほーい! なんですの、この絵面の良さは! しかも、キンカキンカのヒャッコイルービー。先ほどおかみさんが鉄板に火を入れたので、チリチリと顔が温かくなってきた。そこへこのキンカキンカを、顔から浴びるように……
ゴギュンッ……チベタイッ……ゴギュンッ……、カ────────最ッッッッ高にうんめぇぇぇぇ!! 私からは1個だけ。昇天するのをやめましょう。目の前には鉄板とか、右をみたら中庭があるし、左には床の間があったりして。誰しもが昇天するような光景があると思うんですけど、今日一日だけは昇天してしまったら酔えないんで。さぁ、飲ろうッ!!
大谷翔平もビックリなこのシチュエーションに、すでにゴキゲンを抑えられない。
そこへやってきたのが、ここのイチオシ『津久井天』。いくら建物が魅力的だからといって、ここはお好み焼きの店。お好み焼きから頂くのが礼儀でしょう。
牛肉、イカ、エビ、野菜ミックスと、さらに珍しいサツマイモまで入っているデラックスな生地。こいつをグッチョングッチョに混ぜ合わせ……
チィンチィンに熱くなった鉄板へ流し込む! ジューッ!という音色と共に、生地の焼けるいい香りがプワリ。この匂いが、もはやご馳走だ。
しばし焼き上がりを待ち、いよいよ〝ソースの儀式〟へ。刷毛にたっぷりのソースを染み込ませ……
黒く塗りつぶせっ! それから鰹節をバババッ、青のりファッサー。仕上げはマヨネーズの十字斬りで完成だ!
なんたる、美しきお好み焼きよ。そいつを大胆にヘラで切り分け、そのままヘラごと口にイン。
熱っち、ほっち……んーまいっ! 肉と海鮮の旨味のバランスと、それらを食感豊かに仕立てる野菜。あとはサツマイモの存在だ。最初はその存在に気付かなかったが、食べ進めるにつれ、その陰にイモの甘さとホクホクした食感が、全体をまとめ上げているのだと解った。こんなの、間違いなく我が家でも真似するじゃん。
続いては『鉄砲焼』だ。カモ肉とネギ、要するにカモがネギ背負っての意味なのだろう。それにしても、なんという美しい肉だ。深い赤色の身とクリーム色の脂が、キッチリと境目が出来ている。ネギもクリームコロンみたいで可愛い。
こちらは焼肉の要領で、鉄板に並べる。甘い香りをまとった脂の煙が、なんとも食欲をそそる。早く焼けないかなー。
薄っすらピンクを残したくらいでひと口……ウマ過ぎる──ッ!! もっと獣っぽさがあるのかと思ったが、とんでもござーせん。この小ぶりの身から、存在感抜群の旨味。牛肉ほど強くはなく、鶏肉ほどあっさりしていない。ちょうど中間の良いとこ取りといった感じだ。
クリームコロン……いや、ネギもこの切り方だからこそ、上手にカモ肉と共存したウマさとなっている。
次なる焼き物を迎えようと鉄板を磨いていると、隣の予約席に団体客がやってきた。中学生くらいの私服男女が五人、おそらく修学旅行か遠足の自由行動なのだろうが、思わず心の中で「グッドチョイス!」と叫んだ。
だってね、13、4歳の少年少女が、学校行事の自由時間にここを選ぶって……なかなかのセンスだと思わないか? オジサン、嬉しくなって〝君たち、なぜこの店を選んだのかね?〟と訊きたくてしょうがないよ。
そんな〝事案〟的想いをめぐらせていると、もうひとつの名物『おこめ焼き』がやってきた。
ぱっと見だと、普通のお好み焼きの生地と変わらないように見えるが、実はこのエビや野菜の下には小麦の生地ではなく、白飯が隠れているのだ。なるほど、これぞおこめ焼きに間違いない。
こだわりを感じるのが、混ぜた生地をただ鉄板に流すのではなく、四角い鉄枠に流し込むこと。
これで焼くことによって、どんな効果があるのか……それは、焼き上がってから解った。
これが……
こう! おぉ、なんだかケーキでも作っているようで楽しい。
鉄枠のおかげで、縦横の全面が焼き上がった。ここへソースではなく、出汁醤油を塗るというナルホド感。刷毛で塗ると、これまた醤油のいい香り。これ、絶対ウマいやつじゃん。
鰹節をかけて、さぁひと口……ウマっ、秒速でウマい! 丁度焼いた表面が〝お焦げ〟の様になっていて香ばしい。なるほど、鉄枠で側面も焼いたので周りはカリっと、中の生地はふっくらと仕上がっている。えっ……私、もしかしたら普通のお好み焼きより好きかもしれない。
こんな最高の場所で、新しい鉄板焼きと出逢ってしまった。
「はーい、特盛焼きそばねー」
中学生テーブルの元へ、特盛焼きそばが届けられる。思わず「うおっ!」と声を出すとんでもない量だったが、さすがは食べ盛り。彼らには驚きの声もなく、黙々と生地を焼き続けていた。
男子は生地を混ぜ、女子は油を引く。それから男子は焼きに入り、女子はそれらを写真に収める。見事なチームプレイに、自分の時代はこんなに男女仲良くできなかったと、オジサンは羨ましくなった。
「焼き上がるまで時間かかるけど、集合時間だいじょうぶ?」
まるでお母さんの様に、少年少女へ気遣う女将さん。「隣空いたから、そっちでも焼いていいわよ」と、特盛焼きそばを隣の鉄板で焼かせてもらえたようだ。
いいねぇ……ここには、優しい時間が流れている。中庭をバックに、彼らの鉄板焼きを愉しむ姿が映える。よく考えたら、中学生と隣り合わせで酒を飲むことなんてないよなぁ……と、案外貴重な時間であることを、今はただ愉しむのだった。
こんな素敵な店との出会いも、実はパワースポットへ行ったご利益なのだろうか。とりあえず、私にとってこの酒場も〝相性の良いパワースポット〟のひとつになったことは間違いない。
津久井(つくい)
住所: | 神奈川県鎌倉市御成町11-7 |
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TEL: | 0467-22-1883 |
営業時間: | [月~金]11:30~14:30×17:00~21:00[土日祝]11:30~21:00 |
定休日: | 不定休 |