東大島「八丁目仙台屋」そして先輩、誕生日おめでとう
イカから定期的に”勉強”と言う名の”はしご酒”の誘いがあるのだが、毎回特に場所など決めず”大体ここらへん”とか”○○線のどこか”などのあいまいな連絡のやり取りで動き出す。
ある日、いつもの様にイカから誘いがあったのだが、そういえば私個人『都営新宿線』はまったくの未開拓であったことに気づき、その日は都営新宿線を攻めてみることにした。
“八丁目仙台屋に行こうや”
こんな感じで、電車に乗り込んでから間もなく、イカからのLINEが届いた。
調べてみると、都営新宿線の『東大島駅』という駅から一番近かったので早速向かうことにした。
『東大島駅』
はじめての駅を降り、酒場へと向かう。イカはもう目的の酒場に入っているようだ。
(結構、住宅街だな。こんなところに酒場なんてあるはず…、)
『八丁目仙台屋』
ドンッ!!
と、衝撃を受けた様な気がした。
こんな住宅街の一角に、突如として強烈な店構えの酒場が出現したのだ。
大! 衆! 酒! 場!
シンプルかつ大胆なこのテント看板を、私は暫く観察していたのだがあることに気づいた。
“暖簾が出てない”
暖簾が完全に店の内側に入っていたのだ。
おかしいな、イカが先に入っているはずだったのだが……。
中を覗いてみると、
いるっ!!
既に先輩達数名と、渋い店内に溶け込んでいるイカが見えた。
さすがプロサカバーと関心しつつ、私も中へ入ったのだ。
中は6、7人くらいが座れる小さいL字カウンターがあるのみ。そしていい具合にゴチャゴチャしてるのでさらに狭く感じる。
私はイカの隣に座り、アイコンタクトで”まーた、とんでもねぇ酒場を探してきたな!”と送ると、イカは大きく頷いた。
「お兄ちゃん何するー?」
ベリーショートがベリー似合う女将が飲み物を聞いてきた。
瓶ビールを頼み、まずはイカと”喉の掃除“をする。
カウンターの中には女将と奥に店主、客は私たち以外に5名の先輩でほぼ満席状態であった。
女将と先輩らは、明らかに新参者の私たちのことは特に気にすることもなく、テレビの相撲中継に夢中であった。邪魔にならないようにと、私たちは小声で会話する。
(なんか頼もかー)
(ポテトサラダでも頼んでみるか)
「すみません、ポテトサラダください」
「はーい、ちょっと待っててね」
子供の頃、親戚の集いに連れてかれたものの、酔っ払ったオッサン達がわけの分からない話で盛り上がってるだけで、ただただ子供ながらに気を使ったという雰囲気に似ている。
だがそんな時の唯一の楽しみだったのが親戚のおばさんが作ってくれる料理だった。私の母親はあまり料理に拘る方ではなかったので、親戚のおばさんが作ってくれる物珍しくて手の込んだおいしい料理がいつも楽しみだった。
「はいポテトサラダー」
えっ!?なこのポテトサラダ!!
『ポテトサラダ』
びっくりした理由は、そのイモの形状にあった。よく”粗くイモを潰した”などというのはあるが、これは本当に軽く潰しただけの”激粗”だったのだ。
しかし食べてみると、見た目で想像通りの”超イモ感”が新しくてとんでもなくうまい。粗いイモに合わせて、他の具やマヨネーズの量も絶妙である。
これはまさに、親戚の家でおばさんが出してくれる物珍しくておいしい料理を食べてる気分の様だ。
「兄ちゃんたち、ここは初めてかい?」
ポテトサラダを食べながら大人しくチューハイを飲んでいると、親戚のおじさん……いや、先輩の一人に話しかけられた。やはり場違いな二人なので当然か。
「電車で1時間くらいかけて初めて来ました!」
「へぇー、なんでまたこんなところに?」
「前からこの店に来たかったんです!」
「え、わざわざこの店に?変わってるねぇ」
先輩の話を聞くと、暖簾を仕舞っていた理由がわかった。
実はこの酒場を訪れた当日は、本来”定休日”だったのだ。しかしこの日、たまたま『誕生日の先輩』がいたため、店主の心意気で店を開けていたところに私たちが入って来たらしい。
私たちのこの”引き”の強さ、『酒場の神様』いつもありがとうございます。
「遠いところから来てくたからコレあげる」
そう女将が言うと、おもむろに『まんじゅう』をくれた。こういう何気ないサービスは、地味にうれしいものだ。
「ありがとうございます!!」
「よかったなぁ兄ちゃんたち。俺が誕生日だったからだぞ!ワッハッハ!」
メンバーに『酒場の神様』が微笑みだすと、その酒場ではどんどん”ツキ”が回ってくる。
「これもあげるよ」
そう言うと、また女将がティッシュの上に何かを乗せて渡してきた。
『皮付きピーナッツ』
「ほんとは皮付きピーナッツって”痴呆”に効くって聞いたから、旦那(店主)の為に用意したんだけどね」
「え!?そんなん貰っちゃっていいんですか!?」
「ウチの旦那、歯が悪すぎてピーナッツさえ噛めなかったからいいのよ」
「そんなこと客に言わなくていいよ!」
「ワーハッハッハ!!」
夫婦漫才で笑いに包まれる店内。
こんなに貰ってばかりは悪いと、イカが女将に『やきとん』を注文しようとしたのだが……
「今日は”火入れ”してないよ」
「あ!そういえば今日は定休日やったんや!」
「いやいや、ウチの旦那は”気分がノッた”時しか焼き物やらないだけだよ」
“聖帝サウザー”もビックリの「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」を地で行く女将と店主。店の内側に掛けられている”やきとん”と書かれた暖簾も、呆れて笑っている様にみえた。
そしてさらに女将からの”お裾分け”が続く。もはや私達の誕生日なのかとも思えるほどだ。
「おいしいかわからないけど、食べてごらん」
!?
んますぎるッ!!
『シシトウの山椒漬け(仮)』
山椒をかなり効かせたシシトウを漬けたものだったが、山椒のピリっとした辛味とシシトウが独特の味で、とにかく私の舌に強烈に合ったのだ。レギュラーメニューではなさそうなので『シシトウの山椒漬け』と仮称しておくが、コレだけを食べにまた来たい程である。
「これスゴくおいしいです!!」
「そうかい、よかったよ」
「よかったなぁ兄ちゃんたち。俺が誕生日だったからだぞ!ワッハッハ!」
気づけば、店の皆で輪を作り、そこで皆が笑う時間が流れていた。
一番心に残ったのが、この日誕生日である先輩以外の飲み仲間、女将、店主が、わざわざ定休日に店まで開いておいて『祝ってあげよう』という雰囲気をまったく出さないことだった。
皆、おそらく60代から70代。
まぁそんな年齢にもなれば「おめでとう」「ありがとう」なんてのは、言うだけ野暮なのかもしれない。
なんとなく、店を開けといて、
なんとなく、いつものその店へ飲みに行って、
なんとなく、飲み仲間が集まって、
なんとなく、誕生日を祝う──。
そんな時にたまたま私たちが訪れたのは、きっと『酒場の神様』のいたずらなのかもしれないが、
私も将来、こんな誕生日会を開いて貰うために、今日も飲み続けよう。
そして先輩、誕生日おめでとう。
八丁目仙台屋(はっちょうめせんだいや)
住所: | 東京都江東区大島8-33-1 |
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TEL: | 03-3637-4387 |
営業時間: | 16:00~23:00 |
定休日: | 水 |