古町「太閤」はじめての愛媛酒場入門(3)
数日間あった初めての四国、愛媛はしご酒も終盤となり、そろそろ締めの酒場を探していた。少しだけ慣れた松山の繁華街『大街道』で飲るのもいいが、ここはあえて路面電車に乗って他の街の酒場を探してみることにした。
ガタゴトと路面電車で揺られながら、グーグルマップを見ていると『味酒町』という、なんとも素敵な名前の町へと入ったので、思わず降車ボタンを押した。
『古町』
〝ふるまち〟と呼ぶのかと思いきや、これで〝こまち〟と呼ぶらしい。〝こまち〟と言えば我が故郷、秋田の代名詞といっていい馴染み深い名前だ。『味酒町』に『古町』……これは間違いなく、《酒場の神様》に呼び出されているとしか思えない。
ならば、〝こまち酒場〟を探しに行くかぁ……あ、ん!?
『太閤』
古町駅を出ると目の前には、無地で真っ赤なテント看板、アルミサッシの引き戸の横に小さく〝太閤〟とだけ書かれた看板の建物が構えていた。もしかして……酒場なのだろうか? 一応、縄のれんも掛かって中には人がいるようだが……よし、思い切って入ってみるか。かくして、駅を降りて3秒で酒場を見つけることが出来たのだ。縄のれんを割って中へと入る。
「いらっしゃーい!」
外の見た目と違って(失礼)店内は綺麗な造り。10席ほどの厨房カウンターと、奥にはテーブル席もあるようだ。客は疎らに数名、それぞれ好きなように飲っている。私はその隙間にスポリと収まった。
「はい、おしぼり~」
おぉっ、紫のおしぼりなんてはじめて見る。紫地に金の刺繍、これはまさに私の母校『金農カラー』じゃないか……!!
さすがは古町、金農で顔を拭いて酎ハイ(パンチレモン)を注文すると、お通しにタケノコが出される。タケノコのシャキリ感にレモン味が丁度いい、早くも〝味酒〟を味わう。
「何する~?」
「じゃあ、目玉焼きください」
アイヨとマスターはコンロにフライパンを上げ、手際よく卵を落として暫くすると、突然、マスターはそのフライパンを私の目の前に差し出した。
「焼き加減、こんなもん?」
「えっ!? あ、は、はい!!」
これまで色々な店で数えきれないほど目玉焼きを注文してきたが、目玉焼きの〝焼き加減〟を訊かれたのは母親以外に初めてだ。母親は……いや、マスターはそれをサッと皿に盛り付け「はいよ」と目の前のカウンター上に置いた。
『目玉焼き』
一片の焦げ目もない美しい出来栄え。それをいやらしく〝黄身割りの儀式〟を行う。
さすが、焼き加減にこだわるだけあって、ちょうどいい黄身のトロォリ感。醤油を垂らし、そいつをレタス用のカロリーオフではないマヨネーズと混ぜ、箸先でチビチビ摘まんでやるのがお気に入りの食べ方だ。
『鶏レバ刺身』
まず、この色味の美しいこと……ネギの濃緑でレバの赤色が映える。そこへ新鮮なレバの香りが漂い、堪らず舌へ落とす。ンまいッ!! 懐かしき『牛のレバ刺し』を彷彿とさせるすばらしき生レバの風味。
ネットリとした後味が堪らず、口に入れる度に「ンまい!」と言いながら久しぶりの生レバを堪能するのである。家の近くの店にも、これとまったく同じものを置いてくれないだろうか……
「へぇ、そんなんあるんや」
「オレもまだ食うたこと無いんやけどな」
話好きのマスターが、先輩の一人としゃべっている。なにやら『焼肉』の話をしているようだが……
「兄ちゃん、バベットって食うたことある?」
「えっ!? バベット……ですか?」
突然、私に話を振ってきたマスター。バベット……ビジュアル系バンドの『ガゼット』しか思いつかない。当惑する私に、横の先輩が〝牛のハラミ〟であることを教えてくれた。へぇ~、なるほど……と、思ったのも束の間、
「兄ちゃん、ツラミは食うたことある?」
「えっ!? あ、ツラミはありますよ……」
続けて、私に話を振ってきたマスター。個人的に、松山の人はとにかく〝おしゃべり好き〟とは思っていたが、このマスターは群を抜いておしゃべり好きである。話は続く。
「どこから来たん?」
「東京からです」
「へぇ、俺も元々は埼玉出身なんだよ」
埼玉出身というマスターは、愛媛に住んで35年。30歳の時に、何かしらの理由で当時付き合っていた彼女の地元だった愛媛へ逃げてきたとういう。逃げてきた理由も気になるが、私がはじめて四国に来たことを言うと、周りにいる先輩らもマスターと一緒に話しかけてくれる。
「なんで初めてが愛媛なん?」
「知らん顔やと断る店もあるんよ」
「ウチは断るほど客が来ないからな~、はっはっは」
「兄ちゃん、○○って店が安うてええよー」
カウンターの端と端にいる先輩たちまで話かけてくれる。こうなったらおしゃべり好きの松山人は止まらない。結局、締めの酒場どころか、マスターと店にいた先輩みんなが教えてくれた酒場へ行く約束をして、店を出ることになった。
「おおきにー、太閤の紹介ゆうたら、2円は安くなるでー」
「その道ずーっとまっすぐやから」
長いこと話していた気分だったが、まだ外は明るかった。
この時点で、愛媛酒場7軒目。そこで思うことは、とにかく、おしゃべりが好きで優しい人が多いということ、そして、はじめての四国を愛媛にしてよかったということだ。
この街には、きっとまた来る気がする──
今はまず、教えてもらった酒場へ向かいますか。
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太閤(たいこう)
住所: | 愛媛県松山市味酒町3-9-9 |
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TEL: | 089-945-9195 |