三津「みよし」はじめての愛媛酒場入門(2)
はじめて愛媛県松山市に来て思ったことといえば、〝うちの地元に似ているぁ〟ということ。
『土崎(つちざき)港』
私の地元秋田県沿岸にある土崎という港町は、国内最大の油田や重要港湾である為か、港湾都市としてはそこそこ大きく、『北前船』の寄港地、『三津七湊』のひとつにも数えられた、歴史的にみても結構やりやがる港なのだ。
とはいっても、田舎であることには変わらず、錆びた石油タンクや貨物用単線、魚工場の周りには小さな漁船の並ぶ桟橋があるなど、それらしい港町の風景が望める。
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松山空港から出ると、海沿いというのもあってか重厚感のある工場、倉庫が目立つ。そこから軽油臭が漂う古い市営バスに乗って松山市内へと向かうのだが、この雰囲気はやはり地元の港町のようだ。
〝港っ子〟としてこの街の港を見てみたいと思い立ち、『松山駅』でバスを降りてそこから高浜線へ乗換えると、潮の吹く方へと向かうことにした。この高浜線だって、高校生の頃に通学で使っていた奥羽本線にそっくり。しばし電車に揺られながら、懐郷の時間である。
『港山駅』
この駅名で、近くに港がないワケがない。私は電車を降りて無人駅の改札を出ると辺りを見渡した。山に囲まれた駅前一帯には、一軒の飲食店と雑貨屋があるだけ……ここまでの田舎っぷりは久しぶりだ。とにかく、港を目指して山とは逆の方向へと歩き出すと──海が見えてきた。
正確には、港というよりは海から繋がっている運河。その運河沿いには錆びた工場や漁船が並んでいて、この光景がまた地元のようで懐かしい。
ポンポンポンポン……
運河を眺めていると、対岸から一隻の船がこちらへ向かってきた。
ここは『三津の渡し』という、港山と対岸にある三津の間80mを結ぶ渡し船の乗り場であった。ゆっくり接岸すると船頭のおじさんが「こんにちはぁ~、さぁどうぞ」と手を差し伸べてきた。酒の酔い以上に船の酔いもだいぶ苦手だったが、せっかくなので乗せてもらった。因みに私は、井の頭公園のボートでさえ酔う。
ポンポンポンポン……
「ちょっと見えんけぇ、ほんまは山の上に松山城が見えんのじゃ」
船が出て間もなく、おじさんが指さす遠くには山が聳え、天気が良ければ名城『松山城』が見えるらしい。数分しかない乗船の間も、松山にあるおすすめの観光地を教えていただくなど思わぬ思い出が出来た。これがすべて無料だから驚きだ。
「ほな、楽しんできてなぁ」
ポンポンポンポン……
対岸に着岸して船を見送ると、そこは『三津』である。若干、船酔いがあるので、それを誤魔化しついでに酒で酔いたくなってきた。
しばらく三津の町並みを眺めながら歩いていると、やたらお好み焼き屋が多いことに気づいた。後で調べて分かったのだが、この三津という町には『三津浜焼き』というお好み焼きが盛んで、それの専門のサイトまであるのだ。
『みよし』
何軒もあるお好み焼きの中で、控え目なチビ暖簾に惹かれた一軒。気になるのが看板にある〝広島風お好み焼き〟という文字。これだけ三津浜焼きを推しているのだから〝三津浜風お好み焼き〟じゃないのか……? そんな疑問を抱きつつアルミサッシを引いた。
「いらっしゃいませ」
テーブル席が2つと奥に鉄板カウンター席があるのみの小さな店内。厨房に女将さんが一人、汗だくでお好み焼きを焼きていた。そう、今日はとにかく暑い日だ、ここでビールの頼まない手はない。
ビールが届き、喉も裂けよと《出所したての高倉健》をする。カーッ、ンまいっ!! 続けて例の三津浜焼きを注文しようとすると、鉄板カウンター席にいた先輩が帰ったので、そちらへと席を移動した。
「そばとうどん、どっちにします?」
「えっと、肉卵……台付? のそばください」
メニューは〝台付〟という聞きなれない名前と、それのそばかうどんの2種のみ。ここで言う〝台〟とはそばやうどんの事なのだそうだ。そもそも〝そば〟というのは東の人間である私からすると、どうしても〝蕎麦〟を連想してしまうが、ここでは中華麺のことをいう。毎度のことながら、東西の食や酒の呼び方の違いは本当に不思議でおもしろい。
豚肉とキャベツ、中華麺……いや、そばを焼いた後、その横で薄く伸ばした生地を焼く。それがカリッとなると、また別で卵を割り、その上にそば、さらに生地を被せて蒸し焼きにする。鉄板カウンターの良さは、こうやって調理の過程を観ることができることだ。
それを肴に、こうしてビールが進むのである。
何度も焼き加減を確認する女将さんの目は、完全に〝職人〟だが、鉄板からの熱気は半端ではなく、何度も汗を拭きながら「メイクぜんぶ落ちてまうわ」と言うところは〝女子〟だ。
ジュゥゥウゥゥゥゥッ
全体をひっくり返し、ソースをたっぷり塗ると店内にソースの甘ぁい香りが立ち込める。
それを半分に折り曲げ、またソースを塗ると……「はい、お待たせしました」
『肉卵台付きそば』
仕上げにパラパラと振っていた粉は『サバコ』という鯖の削り節。それが関係しているのか、普通のお好み焼きより磯の風味を感じる独特のおいしさ。そばは〝おこげ感覚〟で所々に歯ごたえがあり、それをソースの染みた薄い生地で包んで食べるのがウマい。これだけは地元にないのが悔しい……。
そういえば、気になっていたことがひとつあった。店先の看板にあった〝広島風お好み焼き〟という文字だ。これはひとつ、女将さんに訊いてみるか。
「広島焼きを三津で焼くと、三津浜焼きになるんよ」
なんとも意外な答え。〝お好み焼きは大阪と広島では完全に別物〟という、東の人間からしたらどっちでもいいことのように、〝三津浜焼きは他のモンとちゃうで!〟となるかと思っていたが、そうでもないようだ。それよりも、こんな小さな町に38店舗もお好み焼き屋があると聞かされてビックリだ。
創業から60年。先代が脱サラしてこのお好み焼き屋を始めた。プロパンガスの運送業をしていたのだが、重いタンクの運びすぎで腰をやってしまったのが脱サラの理由とのこと。
「その後、先代さんの腰は良くなったんですか?」
「今度はソースのタンクの運びすぎで腰を悪したんです、あっはっは!」
控えめな女将さんかと思いきや、しっかりオチまで付ける話し方はやはり西の人だ。愛媛のおばちゃんも侮れないなぁ……。
カラカラカラ
「あら、こんにちはぁ~」
お客さんであろう、おばちゃん一人が店に入ってきた。よし、女将さんの楽しい話も聞けたし、そろそろ出ようか……
えっ!?
そのおばちゃんは店に入るなり、ズカズカと厨房に入って冷蔵庫を開けた。さらにそこから食材を取り出すと、店の奥にある居住スペースに入って行ったのだ。私がその様子をみて呆気にとられていると、女将さんが笑って言った。
「今の人な、火曜日のおばちゃんやけぇ」
「えっ、火曜日のおばちゃん……ですか!?」
さらに混乱する私の前に、奥から火曜日のおばちゃんが戻ってくると女将さんが言う。
「あんたが急に厨房入るから、お客さん驚いたみたいやで」
「ははは、あたしは火曜日担当のおばちゃんやけぇ、明日の準備してたんよ」
担当制……? 訊けばこの店、曜日によって女将さんが代わるという珍しい店だったのだ。
「ほんで、こっちの人が月曜担当のおばちゃんなんよ」
「そう、あたしが月曜のおば……ちゃうで、お姉さんや!」
どっと笑いに包まれる店内。いいなぁ、こんな感じ。
鉄板を囲んだおしゃべりはまだまだ続きそうだったが、今度は本当の客が入ってきたので店を後にした。
次は他の曜日のおばちゃん……いや、お姉さんの三津浜焼きを食べに来よう──。
ポンポンポンポン……
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みよし(みよし)
住所: | 愛媛県松山市住吉2-4-3 |
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TEL: | 089-952-3359 |
営業時間: | 10:00-18:30 |
定休日: | 無休 |