東神奈川「三国屋」一見さんでも飲りやすい!『じっくり』居心地いい気分
角打ちには〝2つ〟の愉しみ方があると思っている。
ひとつ目は『さっくり』と愉しむ方法で、これは角打ち本来の飲り方だ。例えば、仕事の帰り道にひとりで店に立ち寄り、業務用のデカい冷蔵庫から缶チューハイを取り出して、ソーセージと缶詰を適当に選んで金を払う。あとは空いているカウンターだか板だか適当に陣取ってプシュッ! スマホでニュースサイトか酒場ナビを読みながら20分も経てば御開き。こんな『さっくり』と飲るのが角打ちの醍醐味だ。
ふたつ目は『じっくり』と愉しむだ。ただ、これをするには条件がある。〝居心地〟が良くなければならないのだ。そもそも角打ちの基本は地元密着で入りづらく、そこには地元の先輩らが待ち構えている。さらに酔っ払った先輩がいる酒場では、多かれ少なかれ〝事件〟が起こらないことはない。そんなところで〝何も起こらず〟そして『じっくり』酒を飲むのはなかなか難しい。
いや、少なくとも〝一見〟では無理なのかもしれない。
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「出たっ、水が50円!!」
東横線『反町』とJR『東神奈川』の中間くらいだろうか、具体的な最寄り駅の説明がしづらい場所なのだが〝激安自販機〟を発見した。大阪西成では当たり前のように見かけるのだが、まさか横浜の近くで発見できるとは思いもよらなかった。思わず〝出た〟と歓喜した理由はひとつ、この特殊自販機の近くには、名酒場が潜んでいることが多いのだ。店の雰囲気、安くてウマい酒と料理……ある意味、この自販機がその〝指標〟ならぬ〝酒標〟といっても過言ではない。
さて、あとはこの辺りで鼻を利かせて歩いていればきっと──、あっ!!
『三国屋』
そんな酒場は一瞬にして現れた……いや、この自販機の真向かいにあっただけなのだが。トタンの外壁には〝三国屋〟と大書され、それを薄っすらとライトが浮かび上がらせている。店先の植物やビールケース、店の中から漏れる灯りの具合もいい──この雰囲気、これは角打ちのようだが……。マンションとの隙間に忽然と在るその存在感たるや、ついつい見惚れてしまうではないか。
〝これは名酒場の予感……〟
店の中を覗くと、地元の角打ち師たちの影がいくつかある。うーむ、突然、一見呑兵衛が入ってもよいものだろうか……。ええい、ままよ!と、入口の引き戸をそっと引いてみた。
「いらっしゃーい」
広い! 十坪ほどのスペースに6、7人程が座れるL字カウンター、通路を挟んで8人は座れる対面式テーブル、いい色に沁みた壁と天井の蛍光灯……。一見、渋い大衆酒場のようだが、業務冷蔵庫や駄菓子の陳列などの〝装飾品〟を見ると、やはり角打ちのようだ。
〝これはいいなぁ~!〟と、対面式テーブルへ酒座を決めた。そこからは、カウンターの中で料理中の温和そうなマスターと、二人いる先輩は離れた場所で各々静かに飲っているのが見える──、嗚呼……いい眺めだ。
角打ち独特の落ち着きというか粛然とした雰囲気は、決して大衆酒場にはなく、これが堪らなくいい。興奮を抑えるかのように、一度ここの空気で深呼吸をする。よーし、ではお酒を頂くとしますか。
『ハイリキ』
真横にあった冷蔵庫からハイリキを拝借。それを見たマスターは「氷、いります?」と訊ねてくれたので、氷の入ったグラスを貰った。
〝純ハイ〟と記された非売品グラスにハイリキを注ぎ、ゴク、ゴク、ツィ──……ふぅ、ウマいでんなぁ。
ひと口飲むごとに、年季の入ったテーブルへ「コトリ……」と静かにグラスを置く。この音が良くて、何度も鳴らしてしまう──コトリ。次はおつまみも頂きましょう──コトリ。
『落花生』
角打ちでは、まず『乾き物』を先にいっておきたい質だ。種類豊富な駄菓子ケースから選んだのが、皮付きの揚げ落花生。おそらく、ちょっと探せばどこにでもあるものだと思うが、これが非常にウマかった。パリッとした皮が香ばしく、落花生の塩按配も絶妙なのだ。「ウマいなぁ!」と言いながらポリポリと食べ続け、結果、おかわりをすることにした。
「それ、そんなにおいしいのかい?」
「えぇ、これウマいッスよー」
おかわりを取りに行った際、先輩のひとりに声を掛けられた。〝お、これは何か起こりそうかな?〟──が、その後は何も起こらない。
先輩も落花生を手に取るのかと思いきや、結局『サバの塩焼き』を頼んでいた。
『揚げナス』
ホワイトボードのメニューにあったのが気になって思わず注文。揚げたて照り照りのナスにつんもりと鰹節、紫色と山吹色の対比が見事なビジュアルは百点満点。テーブルに備え付けてある醤油をタラリと一周半、香りの立ち込めたところをパクリ──ウマいに決まっている。こういう料理の手間をかけてくれる角打ちは、つい長っ尻になってしまうんだよなぁ。
視線を感じると、もうひとりの先輩がこちらを見ながらニコニコしていた。見慣れない客がウマそうに飲っているのが面白いのかもしれない。〝今にも話しかけてきそうだ〟──が、その後は何も起こらない。
先輩は、ただただこちらの様子を肴にして独酌を愉しんでいた。
『まぐろ中落ち』
おぉっ、ンまそうぉ! こいつは見るからに上質な中落ちだ。一番ピンク色で一番おいしい部分にワサビをチョン、醤油をチョン、お口にチョン──超ウマいッ!! 舌に乗ると、蕩ォ──っと中落ちが滲んでいくのが解り、これがなんとも心地イイ。これがいくらっけ?……え、たったの500円? いつもスーパーで買っているアレは一体なんだったのだろうか。
「あら、いらっしゃい。ずいぶん若いお客さんねぇ」
「どうも、頂かせてもらってます~」
店の奥から、女将さん出てきた。少々お年を召されているが、饒舌でキャラのありそうな女将さん。先輩らに慣れたように声をかけると、静かだった店内はにわかに沸き立った。〝こうなると間違いなく店全体で盛り上がるんだよな〟──が、その後は何も起こらない。
女将さんは少しだけ談笑すると、奥へと戻ってしまったのだ。
また、静かな角打ちの風景が戻った。
マスターが洗う食器の音、ひたすらに酒を飲る先輩の表情。銘酒が煌星の如く並ぶ棚と、駄菓子や缶詰の並ぶ棚に囲まれ、酒場の〝音〟と共に時間だけが流れていく。
まったく、何も起こらない。
何も起こらないけれども、
こんな居心地がいい角打ちは他にない。
その後も缶酒2本と缶詰を追加して、結局一時間以上何も起こらないまま酒場時間が流れ続けた。まぁ、酒場ナビ的には何も起こらないこと自体が、ある意味〝事件〟なのかもしれない。
なんにせよ、座り心地のよい席でウマい料理と酒。そして遠からずも近からず、人との丁度いい距離感──ありましたねぇ、〝何も起こらず〟そして『じっくり』を愉しむ角打ちが。
それを言い訳にして、あともう一本だけ冷蔵庫から拝借するとしよう。
「あと、落花生もください」
三国屋(みくにや)
住所: | 神奈川県横浜市神奈川区広台太田町5-2 |
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TEL: | 045-323-3802 |
営業時間: | 16:00~22:00 |
定休日: | 第二日曜日 |