渋川「永井食堂」車でGO!秘境酒場の楽しみ方
世の〝お呑兵衛さん〟たちの中には、ただ酒好きなだけではなく〝そこで飲りたいから〟という理由で、何時間……いや、何日もかけて遠征する方々がいる。そうでス、あたスが、遠出をするオジサンでス。ディフフッ。
電車、バス、飛行機、船など、使える交通機関はすべて使う。これで大抵の酒場にはありつけるのだが、困ったのが〝車でなければ行けない酒場〟だ。手っ取り早くはタクシーを使えばいいのだが、タクシーだとべらぼうな金がかかるし、あまりに田舎過ぎると、そもそもタクシーを捕まえることすら難しい。そうなると、車を借りて酒場へと向かわなければならないのだが、私は酒を飲まなければならないので、「酒を飲まなくてもいいよ」という物わかりのいい運転手も必要となる。……とにかく、車で行く酒場となれば膨大な労力がいるのだ。
陸の孤島酒場……いや、『秘境酒場』とでも言えばいいか。私が思いつく秘境酒場といったら、秋田と岩手の県境にある『仙岩峠の茶屋』だ。その時の物わかり運転手は父親だった。
文字通り峠の途中に突如として現れ、周りに何もない断崖絶壁にたたずむその姿は、誰が見ても秘境酒場と呼ぶだろう。
苦労して訪れる秘境酒場には、オプションとして嬉しいこともある。それが、普段いけない所へ行けることだ。そこにしかない景色、料理、独特な文化にさえ触れることが出来るのは、車移動ならではだ。
数年前、どうしても行きたい秘境酒場があり、ちょうど物わかりのいい運転手が車を出してくれたので連れて行ってもらうことになった。場所は上州、群馬県。
車で片道約二時間という旅。関越自動車道を北上して、渋川市内に入り山道を進んでいると、件の思いがけないオプションと逢着したのだ。
「あっ、あれは何だ!?」
『珍宝館』
ち、ちちちちちん……ぽ……おいおい、そのまんまじゃねぇか! 山道にポツリとたたずむ謎の建物。ははぁ、きっとこれは〝町中華〟じゃないか? 町中華でよくある、タマタマ店名が下ネタになってしまった類だろう。たしかに見た目も町中華っぽいが、店の入り口の周りには〝不可思議な〟ものが乱立していたのだ。
チン……!?
ポ……!?
カ────────ンッ!?
いたるところに、破廉恥という破廉恥が勃ち並んでいる。調べてみると、ここは町中華ではなくテーマパーク、しかも大人のテーマパークだったのだ。入場料は1,300円と、なかなか強気な設定。迷わず入場券を買って中へと入ると、館内を案内する〝名物おばさん〟が、とにかくエグい調度品を、これまたエグい下ネタトークで紹介してくれるのだ。
じっくりと紹介したいところだが、色々と問題があり過ぎるので控えさせてもらう。少しだけ語らせてもらうと、双丘品評から始まり、イキり黒檀、秘部コレクション、どこからともなく聞こえる嬌声……とにかく、清々しいほどの助平さである。やはり車で行く酒場はいい。まさか現代の日本にも、こんなサブカルチャーが残っていたとはうれしい限りだ。
思わず『珍宝館』を目的地だと勘違いしてしまいそうだったが、本当の目的地である酒場に向かうことにしよう。さらに三十分ほど山間を走ると、ついにその秘境酒場は現れたのだ。
『永井食堂』
出たっ! すごい秘境酒場だ! こんな山間に食堂ってのが面白い! うっそうとした森に囲まれた店、すぐそこには深い渓谷……これですよ、この理不尽なまでのたたずまいが、私の心を一気に鷲掴みする。
驚いたのが、こんな僻地にもかかわらず、駐車場にはかなりの車が停まっている。県外ナンバーの車、バイクに大型トラック。そう、ここは〝もつマニア〟なら誰もが知る有名店でもあるのだ。
最寄り駅は『津久田駅』……一応しらべてみると、自宅から片道三時間半で2,310円もかかる。バスならおそらく渋川駅から出ているだろうが……帰りのことを考えると憂鬱でしかない。車があって本当によかった。とにかく、思っていた以上の人気店のようだ。急いで中へ入ろう。
「いらっしゃいませ!」
店内には20席ほどの〝J字カウンター〟だけがあり、ほぼ埋まっていた。女将さん数人が、忙しく働いている姿は大衆酒場そのもの。カウンターだけとはいえ、こんな山奥のカウンターが埋まっているなんて不思議な感じだ。ちょうど空いた席に酒座を決め、まずはお手並み拝見。
『663』
ほほう、こんなところでゴブレットグラスとは面白い。パンパンに膨らませた泡をコポリと吸い込むように麦汁をすすった──うん、うめぇぞ。
運転手は水だったが、ここは遠慮なく飲るのが敬意というものだ。ゴク、ゴク、ゴク……うふふ、お代わりしちゃおうかしら。
むむ、目の前のホワイトボードが気になって見ていると……「えっ、こんなところにそんなものが!?」
『手作りポテトサラダ』
アイスクリームディッシャーですくった、これぞ教科書通りの〝ポテサラ〟だ。ひと口食べてみると、舌触りは滑らか、完全すり潰し系のポテトにキュウリと人参が絡む、やわらかな女性的な味わい。ポンポンと、二つのポテ山が双丘に見えて、それがまた……あら? 私は何を言っているのだ。
『醤油ラーメン』
隣の熟女がウマそうに啜っているのを見て、思わず私も同じものを頼んだ。これもまた潔い濃茶色のスープにメンマ、ナルト、チャーシューがトントントン。シンプル極まりない昭和ラーメンだ。
麺が少し平麺で、すすり上げるとちょうど濃い目のスープと絡んでウマいのナンの。やはり食堂ではラーメンだ。
ズル……ズル……チュルン──隣の熟女のラーメンをすする嬌声が、やけに気になる。額にちょっと汗粒が浮かぶのも、タマラナイですねぇ……
『もつ煮』
はい来た、本命のもつ煮だ。ふむふむ、もつとコンニャクのみ、これもシンプルなタイプだ。ネギを別皿にしているところが拘りを感じる。ネギを放り入れて、いざ。
クニッ、クニッ、ジュワ──う、うめぇなぁぁぁぁ!! 旨みたっぷりのスープがギュッともつに沁み込み、嚙む度にジュワリと口中に沁みだす。そのお汁さんがまたウマコクたっぷりで、ずっと口の中に収めておきたくなる。たまに顔を現すコンニャクの存在感も、くにゅくにゅと絶妙この上ない。内臓ってイイ……特に肉々しい内臓って、やっぱり人間の神秘というか秘部というか……なんか、ムズムズしてくるじゃないか。
嗚呼、わざわざここまで来てよかった……
「どうもー、ありがとうございましたー」
女将さん方の声と共に店を出た。これからまた、車で数時間かけて都内へと戻るのだ。たった二十分だけの酒場の為に、わざわざ飲りに来る……なんという背徳感、然りとて、なんという達成感だ。ちょうど、はじめて男になった日の気分に近い。やぱり〝車でなければイケない酒場〟すなわち、秘部酒場は最高でしかない。
苦労したからこそ、興奮して、発情して──
ええいっ!
もしここへ来るなら、先に『珍宝館』へ寄ることはおすすめしない。いささか、脳がバグってしまったようだ……
永井食堂(ながいしょくどう)
住所: | 群馬県渋川市上白井4477-1 |
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TEL: | 0279-26-3988 |
営業時間: | 平日 9:00~18:00 土曜日 9:00~15:00 |
定休日: | 日曜日・祭日・GW期間中 |