池上「ら京」神様、もう一杯だけ!寺町酒場めぐり 池上本門寺編
ある日、工場近くの酒場でひとり飲っていて、ふと気が付いた。
工場地帯、博打、風俗のある町には、その特有の産業の恩恵から酒場も発展するのだが、同じように寺で栄えた町〝寺町〟にも、それが当てはまるのではないだろうか……
東京でいったら浅草寺の浅草、湯島天満宮の上野、根津神社の谷中、帝釈天の柴又など、名刹の参道には必ずといっていいほど名酒場が存在する。おそらく、これは東京ならずとも日本のどこの寺町にも同じことが言えるのではないだろうか。
もともとお寺めぐりは好きなので、お神酒を少々ご相伴させていただくついでに……といっては罰があたりそうだが、〝寺町酒場めぐり〟なんてのは面白そうだ。思い立ったが酒日、ここはひとつ確かめにいってみよう。
『池上駅』
二十年前に上京する際、住む町はどうしようかと両親と相談していた時のこと。母方の親戚が大田区に住んでいるらしく、どうせなら知り合いが近くにいた方がいいだろうと、この池上駅に住むことが決まった……が、なんやかんやで、まったく別の西東京に住むことになった。そこから十年以上も西東京をウロウロ住んでいたのだから、はじめて住む場所を選ぶ重要性は高い。
ただ、そういった経緯があったので、はじめてくるこの池上にも多少の愛着を感じていた。
駅からしばらく歩くと、寺町酒場めぐりのひとつめの目的である、お寺さんが見えてきた。
『池上本門寺』
さすがは都内屈指の名刹、お寺も酒場も〝門構え〟が重要だ。黒を基調としたズシリとした重厚感がたまらない。ご利益は、厄除け良縁から眼病にも御利益があるオールマイティ。「良縁で!」と強めに一礼をして、さっそく中へと門をくぐる。
Oh……こりゃかなりの急斜面だ。ご尊体はそう簡単に見せてくれないというわけか。気合いを一発いれて登ろう。
『五重塔』
マスクも相まって、過呼吸状態で登頂。そこには関東最古の五重塔が、否が応でも目に入ってきた。五重塔なんて、奈良の法隆寺にしかないと思っていたが、東京にもあったとは驚きだ。
ちなみにその傍では、日本プロレス界の礎を築いたレスラー『力道山』が眠っているらしい。昭和プロレス好きとしては、テンションが上がる。
『大堂』
なんちゅうド迫力……いや、なんてお迫力があるのでしょう。高さ三十メートルはあるだろうか。巨寺にきていつも思うのが、昔の人がどうしてこんな巨大な建造物を造れたのかということ。今でいうと、タワーマンションでも造っている感覚だったのだろうか。
なんにせよ、いつの世もそこで働く労働者たちは、仕事終わりにこう言っていたのだろう。
「あー疲れた。一杯飲っぺぇ」
タワーマンションは今でこそ、二年もあれば造れるが、何百年も前の巨寺となれば話は違う。築造に十数年、下手すれば何十年もかかるわけだから、そこで働く人びとの為、その近くに酒場が栄えるに決まっている。その名残が〝寺町に酒場〟として残っているのではないだろうか。
お参りも済ませたところで、寺町酒場めぐりの二つめの目的である酒場へと繰り出しましょうか。
池上本門寺から駅の方へ戻ること数分、『池上仲通り商店街』を歩いていると、ムムッ、何とも酒場好奇心のソソル店構えが現れた。
『ら京』
この、店名のインパクト!〝ら〟の〝京〟ってどう意味だってばよ……。パッと見は、アジアのどこかにある情報量の多い店構えだ。そして、ランチタイムが始まる前だというのに、この並びよう。これはきっと何かある。運よく、数分並ぶだけで中に入ることが出来た。
あらぁん、小派手でいい感じじゃないですか。原色の壁や間接照明、ただ……何故かどこからともなく醸し出す大衆酒場感がタマラナイ。奥のテーブル席に酒座を決めることができた。これもきっと池上本門寺に神様たちのご加護でしょう。有難や有難や。
店前にあるメニューの書いた札を取り、それを席で店員さんに渡すというユニークなシステム。お寺が近いからというのもあって、お札のということか……いや、違うか。なんにせよ、魅力的な文字が書かれた札が目の前に並ぶのは気分がいい。このまま持って帰ってお守りにしたかったが、渋々店員さんに渡してしばし待つ。
『633』
さきほど、力道山先輩に階段ダッシュのトレーニングをさせられて身体はヘトヘト、喉はカラカラだ。こいつでまずは寺町に乾杯といきますか。
グキュン……グキュン……グキュン──ぴゃー、うんめえ! やっぱ、お参りの後の一杯はたまらねぇぜ。さぁさぁ、料理はまだかな……おっ!
『カワハギ刺し』
う、美しい……! キンキンに冷やされた上げ底のガラス皿が、ただでさえ美しいカワハギの刺身を演出する。カワハギの顔は強めのブスなのだが、その身は北川景子並みの色白美人。
その白身は、弾けるような歯ごたえと、深海のごとく深い滋味なのだ。そんなカワハギを、スッとメニューに挿れている店に間違いなどない。
『ゲソ唐揚げ』
みるからにカラリと揚がったナイスなビジュアル。皿から足がはみ出す程の量にもカンゲキだ。箸を差して、ひと口──カリッ!! ほぉら、鳴った鳴った、見事な揚げ音が口中に鳴り響く。ゲソ唐揚げは、結構な確率で硬いことが多く、かじるとゲソと衣が分離して何が何だか分からなくなるのだが、ここのはまーったく違う。ゲソは柔らかく、適度に弾力があるので衣と丁度よくマリアージュ。旨味も強く、G1(ゲソ・ワン)グランプリがあったら二位と8ゲソ身で優勝するだろう。
『なめろう』
大好物のなめろうを外す訳がない。こいつにだけはウルサ型で、少しでもタイプじゃなかったら箸を置く。と、偉そうに箸で舐めてみると、ン──オイシっ!! 一緒にタタイた薬味は、普通のなめろう変わらないが、特筆すべきは、その〝ネットリ感〟だ。
まるで、マヨネーズとでも和えたような淡色。アジの脂なのか、別に合わせた調味料なのか……。とにかく何度舐めてみも、その正体はわからなかったが、とにかく何度舐めてみても、今までに体験したことのないネットリ感なのだ。今思えば、なめろうの幻だったのかもしれない。
……失敗したなぁ、西東京じゃなく、池上に住んでおけばよかった。昼から営っている酒場でこのクオリティだ。きっと夜の寺町酒場なんて、さらに魅力的なはずだ。うーむ、今からでも大田区に引っ越しを……おぉっ、来た来た!!
『真鯛カブト煮つけ』
いい顔、してるねぇ。『長さん』ばりのタラコ唇に、醤油色がテラテラとシャイニングしている。ドサリと載せたネギもうれしいじゃない。一番おいしい頬の部分に箸を挿れて、はいひと口……うっ、うっ、うんめぇど──!!
〝ホロホロ〟という表現は、こいつのためにあったのか、まさしくホロホロとした口当たりに、奥の奥から甘じょっぱくもコク深いタレの旨味が押し寄せてくる。頬肉のホロ味に眼肉の食感、頭脇肉の力強い味とたんぱくなアラ……魚のカシラは何度でもおいしいがあるのだ。
魅せ方に調理の仕方、ここは魚の〝オイシイ〟をとても解っていらっしゃる。そりゃあメニューのほとんどが魚なわけだ。そして、「すんません、ビールもう一本ください」と、これだけの名品揃いなら、何本だっておかわりしてしまう。
本当に、東京のはじめて住む町がここだったら、一体どうなっていたのか。もっと早くから〝立派な呑兵衛〟になっていたかもしれないが……いかがでしょう、池上の神様?
え、くだらないこと言ってんじゃありません、ですって?
ふふふ、寺町で酒のことばかり放言するなと、叱られてしまいましたね。
なんだか、神様と一緒に飲っているみたいで恐れ多いが……
「太刀魚の刺身、おまたせしましたー」
「わおっ!」
神様、もう一杯だけ!
ら京(らきょう)
住所: | 東京都大田区池上3-40-26 |
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TEL: | 03-6410-5254 |
営業時間: | 11.00~14.30×17.00~22.00 |
定休日: | 不定休 |