飯田橋「おけ以」行列餃子に並ぶ幸せへのパラドックス
〝並んでまで物を食べたいという気持ちが卑しいな〟
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の、大原部長のセリフだ。この言葉、はじめて読んだ当時から甚く共感した。というのも、私も何かに〝並ぶ〟という行為が大嫌いで、特に飲食で並ぶなど考えられなく、だったら隣の空いてる店でヨシ!なのである。要するに、食べ物で人から〝卑しい〟と思われるのが嫌なのだ。
以前、あるラーメン屋へ行ったときのこと。超行列店とは聞き及んでいたが、店の前まで来ると驚いた。地下に続く階段、そこからさらに十人以上並び、結果的には一時間並んだ。
一時間、である。後にも先にも、それ以上なにかに並んだことはない。それに見合った味だったかどうかは置いて、まさしく部長の言う通り、自分に対して〝なんて卑しい〟と嘆き、もう二度と並ぶまいと誓ったのだ。
まぁ、部長はあとに60円のハンバーガーを並んで買っていたのだけれども……
四月に花見で『千鳥ヶ淵』に行った。皇居のお堀になるのだが、ここがまた絶景かな絶景かな、いっちょ前にボートなんぞ漕いで桜を愉しんだのだ。
桜を見た後は、どうしても酒になる。ボートから降り、今度は酒場探しの大海に出る。しばらくすると、飯田橋にたどり着いた。神楽坂とも近く、どちらかというとお洒落な大人の町で酒場も多い。すると、あの超有名店が見えてきた。
餃子の店『おけ以』は、この地で何年も営む餃子の名店である。何度もこの店の前を通ったことがあるがいつも行列で、やはり今日も並んでいる。いつか、まぁいつか行こうと思って今日に至るが、なんせ並ぶのが嫌いな私だ。またいつかと横切ろうとしたが、なぜだか今日は〝待ってみよう〟という気分になったのだ。
列に並んでみるが、やはりもどかしい。さらに隣の店は、中華そばで有名な『青葉』で、そちらもかなり並んでいる。より一層〝並んでいる感〟に陥り、どうしても我慢を強いられている状況だ。「やっぱ、やーめた」と、神楽坂まで行って昼酒場に有り付こうと思ったが、なんとなく、我慢を続け十分が過ぎた頃……
「次の方どうぞー」の合図で、中へと入ることが出来たのだ。案外、すんなりと入れて拍子抜け。これが行列店の暖簾かと、まじまじと暖簾を割った。
ビュッ、ビュッ、ビューティフル! 片面にテーブルが数卓、その反対にカウンターが並び、大量の観葉植物が並ぶ。木枠で縁取られた緑のテーブルが、中華チックでいいですねぇ。店を回す女将さんたちの、かいがいしいグリーンのエプロン姿に安心感を覚える。ようし、お酒くださいっ。
ストンと目の前に待望の633が置かれ、琥珀色の小グラスに〝おけ以〟の印が浮かび上がった。このグラス、ほんとに欲しいなぁ。
ゴキュッ……ゴキュッ……オケイッ……、なんたるウマさ、のど越しさ! ビールってもんは、仕事あとでも風呂上りでもない、町中華で鳴らすのが最高なのだ。と、こちらはミントグリーンのトレーナーで語る、いっちょ前オジサンである。
さぁてと、さっそく主役の餃子を……いいえ、せっかく並んでまで入った店だ。主役は後からにしよう。
モクモクな湯気と共に、まずやって来たのが『タンメン』だ。淡ぁい乳白色のスープに、ヤサイと肉がドサリよ。そこへ割り箸を突っ込むと、タンメンらしい白湯の香りがプワァ~り。
麺はどうだ?と箸でひっくり返してみると、手打ちの縮れ麺がいい具合。ズルゥゥゥゥッ!!と、たまらず啜り付いてみると、あっさりの塩気にモチムチの麺が超絶ピッタンコ。パリシャキのヤサイに、いやらしくない配合の肉がちょうどウマい。
きたきた、『カニチャーハン』がやってきた。剥げた〝おけ以〟のラベルが、味のある大きな丸皿。そこへこれまた大きなまん丸チャーハンが神々しくそびえている。パッと見は黄金のように輝くその山肌には、しっかりとカニほぐしが見え隠れしているのがいじらしい。
蓮華でズボリと山を掘ってやると、玉子のホンワリ温かな香り。蓮華の根っこまでカブリつくと、口の中でお米がハラリホロリと解け、玉子のふっくら甘さとカニの旨味が混然一体になる。見た目より全体的な味がしっかりとあるのがいい。酒が進むのは必然である。
「トマトサワー、お待たせしましたー」
目にも鮮やかな赤酒に変え、入っては出て、出ては入っての客の流れを観察する。行列店は、ただ料理がウマいだけでは務まらない。上手いこと客を入れ替えて、的確な差配を行わなければならないのだ。待つのは嫌だが、こちらもこちらで大変なのはよく解ってはいる。
偉そうに首肯しながら、とにもかくにも、主役に登場してもらおう。
「お待たせしましたー」
出たっ、『餃子』の登場だ! こいつの為に嫌いな行列に並んだ、といっても過言ではない。ムッチリボディの半月に、強めのコゲの香りがなんとも食欲を誘うじゃないか。
早まる気持ちを抑え、お酢が8割のタレの制作に取り掛かり、思う。
私は、行列を並んだのだ。なんと長い道のりだったのだろうか……餃子ひとつで、やけに感慨深い。タレが仕上がったところに、餃子の先っちょをチョンと付けて喰らう。
うっ、うっ、うんまぁぁぁぁっ!! 見た目はカリッとしているのに皮は瑞々しく、それを突き破ると中からは溢れんばかりの肉汁の洪水が押し寄せた。こいつが濃い旨味を放出するのだが、飽きがまったく来ない、モリモリと食べれる。脳の餃子の味覚を司る器官が、ビンビンに刺激されているのを感じる。やはりというべきか、さすがというべきか、とにかく強烈なウマさであることは間違いない。
気が付けば、
さらにもう一皿、頼んでしまった。だってだって、次に来るとなれば、また並ばなければならない。ははぁ、なるほど……もしかすると、それがいくつものこの餃子を食べさせる手口なのかもしれないと、やけに納得するのだ。だったら、もう一皿いっておこうか……いや、また今度並んで食べようか、悩みが尽きない。
小さな餃子と酒を数杯のために、行列へ〝並ぶ〟という幸せへのパラドックス。こち亀の部長が言う〝並んでも食べたいというのが卑しい〟には、やはり共感しかないのだが、
そうだった、私は酒には卑しいのだ。
おけ以(おけい)
住所: | 東京都千代田区富士見2-12-16 |
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TEL: | 050-5456-4904 |
営業時間: | 11:30~13:50×17:00~20:40 |
定休日: | 日曜日、祝日、第3月曜日 |