秋葉原「金子屋」その酒場、茶色につき
「酒場は茶色かった」
ユーリイ・ガガーリン(1934 – 1968)
──と、かの偉人は言ってなかったが、おそらく当時の彼の母国・ソ連にもあっただろう大衆酒場は、間違いなく茶色の渋みを放っていたに違いない。
それにしても、そろそろ外国の大衆酒場に行きたいものだ。というのも、最近『イスラム飲酒紀行』という飲酒を禁じられているイスラム圏で、どうにか酒を飲むというとんでもない本を読んだのだが、そんな戒律の国の酒場でも文章から〝渋み〟や〝色褪せ〟が滲み出て、それを統括するとやはり〝茶色さ〟が見えてきたからだ。
それは実に不思議なことで、本以外にも外国の映画や動画を見ても分かるように、言葉も文化も違うのに酒場という括りになると途端にどこの店も壁や天井、テーブルとイス、料理まで同じように茶色を帯びているのだ。
戦争なんてものは本来あり得ない──きっと人類は、遺伝子的に〝茶色を愛する〟という、ひとつの共同体なのかもしれない。半年……いや、三か月ほど世界の酒場を飛び回れば「ほら、茶色ばっかりじゃん!」と言える自信があるだけに、未だに蔓延る疫禍が歯がゆくてならない。
男・四十、その答えを求めて残りの半生に捧げている次第で御座います。
とにかくに日本。永久に終わらないんじゃないかという開発の連鎖で、もはや電気街なのか何街なのか分からなくなってきた秋葉原。用事がない限り中々訪れる機会がないが、久しぶりにその訪れる機会があったのでやってきた。そう、茶色を目指してだ。
辛うじて秋葉原の原生林が残る昭和通り口を出てすぐ、今日の茶色酒場である『金子屋』が現れた。木枠の白地に〝金子屋〟と大書された迫力の看板と、手書きのホワイトボードメニューが出迎える。14時から昼飲み(休日)よろしく、おっぴろげの間口がの解放感がいい。
JRガード下沿い、ここの通りはまだまだ古き良き秋葉原がある。それでは、いざ茶色へ!
「いらっしゃいませー!」
うおぉぉぉぉ、こいつは茶色ぇぞ!! 広々とした店内には、茶色のテーブル、茶色のカウンター、茶色のメニュー、それらをぐるりと囲む茶色の壁。なんだか、ビターチョコレートにでも包まれているような感覚だ。そんな茶色を見渡せる一番奥の酒座に着席。
なんと、ハッピーアワー200円ですって! 茶色の壁に茶色のうれしい張り紙アリ。迷わずハッピーさせてもらうことにした。
茶色ぇなぁ!
一瞬、茶色の背景と境目が分からなくなるほどのマイルドブラウン。うれしい三冷ホッピーは、きちんとキンキンの激ヒヤだ。
チャクン……チャクン……チャクン──、ハッピーチャッピー! のど元をキューッと麦汁の茶色い液が通過するうれしさよ。さてさて準備は整った、料理にいきましょう。
出たっ、『特製牛スジトマト煮』だ! これだけでお気づきの呑兵衛もいるかと思うが、実はここは五反田の名店『かね将』の姉妹店である。この店のマスターの叔父が『かね将』をやっていて、それにインスパイヤされて始めた店らしい。
その『かね将』といえばこの牛スジトマト煮で、もはや完全にシチューといっても過言ではない独特の煮込みだ。ゴロンとデカめの牛スジが、口に入れた瞬間に蕩ける柔らかさ。スープのよく沁みたジャガイモとニンジンのポクポク感も最高で、シチューとして売り出しても下手な専門店よりは確実にウマいと断言できる。
茶色ぇなぁ!
こちらもオススメ『きんたこ』がいい色をしている。たこ焼きのようでちょっと違う、紅生姜と青海苔がたっぷり練り込まれたタコの揚げ物で、そこへマヨネーズがムリュリュとかかり、さらに山ほどの鰹節が茶色い山を形成する。
カリカリした食感と、中からは熱々の生地がとろりと流れ出てくる。ガツンとパンチのある、B級グルメ的な逸品だ。
おいしいな……何度も言うし、これからも言い続けるが、やはり茶色の食べ物は〝正義〟でしかない。
よく見れば、座っているイスもテッカテカで茶色ぇなぁ! いいぞ、続けよう。
真っ茶色ぇなぁ!
茶料理の親玉『やきとん』のお出ましだ。デリデリの真っ茶なタレからは、甘じょっぱい良い香りが漂う。レバ、つくね、カシラ、ニンニク……あぁ、フルメンバーが揃った。
どの茶色もおいしいのだが、この特製つくねが特にすばらしい。ニクニクッとしたボリューミーな肉体の中から、肉汁が無限のように溢れ出る。ギュッと詰まった旨味、例えるならこの旨味にも色が見える……もちろん茶色だ。
うわっ、眩しい!!
突然の『生野菜サラダ』のナチュラルカラーに、目がキーンと驚いた。しかもこのサラダ、ただの生野菜サラダではなかった。キャベツ、トマト、キュウリと一見普通のサラダなのだが、ここのドロリと伸し掛かっているドレッシングがまた絶品なのだ。
玉ねぎやニンジンをベースとしたイタリアンドレッシングで、シャグシャグとした食感とフルーティーだけどパンチのある味わいが最高。これだけを舐めながらでも、間違いなくアテにある。別売しているなら、買って帰りたいくらいだ。
いやしかし、今日も茶色は裏切らなかった。裏切るどころか、また新たに仲間が増えたような心強ささえ感じる。
今や、世界でも超有名になったAKIHABARA。そんな憧れの街へと旅行で訪れ、そこにあった酒場へ入った時には「オー! ベリーブラウン!」と、外から来た人だって、私と同じように故郷の酒場との親近感に歓喜するに違いない。
「ハッピーアワー、お代わりください!」
「はーい、空いたジョッキもらいまーす」
そして、平和に酒が飲める国に生まれたことに感謝しよう。
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金子屋(かねこや)
住所: | 東京都千代田区神田佐久間町2-11 |
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TEL: | 050-5872-3576 |
営業時間: | [平日]16:00〜23:00[金祝]16:00〜23:00[土日祝]14:00〜23:00 |
定休日: | 年中無休 |