日本一…いや、世界一小さい市場「国分寺市場」で極上市場飲み体験
〝居酒屋〟の語源を知っているだろうか。まぁ、読んで字のごとく〝酒屋〟に〝居る〟で居酒屋といって、江戸時代には多くの酒屋が市中にあったのだが、今の酒屋と同じで、酒を持って帰って家で飲るのが一般的だった。ただ、私や酒場ナビ読者諸氏のように「我慢できないよ!」という呑兵衛も、当時からいたわけだ。そんな呑兵衛がその酒屋に居座り飲り始めた、というのが居酒屋の起源だという。今でいうところの〝角打ち〟に近いのではないだろうか。必然的だったとはいえ、よくぞその文化を何百年後まで残してくれたと、先人たちに頭が上がらない。
それと同じような文化で、もう一つ発展して欲しいものがある。それが〝市場飲み〟である。市場は日本全国にあって、その場内では買い物はもちろん、居酒屋同様に「我慢できないよ!」という呑兵衛がその場で飲れるところも多い。例えば、とっくに更地となっている『築地市場』は未だに場外市場が盛んで、そこで新鮮な魚でいくらでも飲れる。東京都中央卸売食肉市場にある『一休食堂』では、新鮮なもつ肉で飲ることが出来るし、大久保淀橋市場の『伊勢屋食堂』なんて、雰囲気も抜群で朝からしっぽり飲れる。
東京以外だと、千葉の『船橋市場』や埼玉の『大宮市場』、最近行った神奈川の川崎市中央卸売市場北部市場にある『シェット』という食堂の海鮮丼なんか最高だった。地方の漁港にある小さな直売所で海産物を買って、その側で酎ハイと飲るってのもアリだ。
市場のものを、その場で飲る──これって〝居酒屋〟の語源と変わらないと思うわないか? ただ〝居酒屋〟という確固たる名称が無いだけで、実はすでに〝居市場〟という名の文化が育まれているのではないだろうか。
いや、別に酔っぱらって言っているわけではない。その証に、私は日々〝市場探し〟に余念がない。今日だって国分寺へ訪れたのだが、駅を降りてからGoogleマップで〝市場〟としっかりと検索をした。まぁ、国分寺に市場なんて聞いたことがないが、一応念のため……おや?
〝国分寺市場〟って、モロじゃないか! 国分寺って早稲田実業や農工大学なんかがある学園都市のイメージだったが、まさか市場まであったとは……。駅からも割と近いし、これは絶対に行ってみるしかない。
マップを見ながら、しばらく歩いていると……あった!
おっ、遠くに〝市場〟という文字が見えたぞ。思っていたより派手な看板だが、あそこから場内に入るのだろう。雨が降り注ぐ中だが、私の心は♪ピッチピッチ、チャップチャップ、ランラン……
ラン!?
〝大衆酒場〟だと……!? 近くに寄ってみると〝国分寺市場〟と申し訳程度に書かれた、大衆酒場の看板が現れたのだ。
ああ……なるほど、国分寺市場という店の名前だったのか……よく考えたら、国分寺に市場なんてあるわけがない、完全に私の勘違いだった。ただ、これはこれで魅力的な外観だ。雨もいよいよ強くなってきたし、ここは飛び込んでみよう。意外と中に入ったら、奥が本当に市場だったり……
するワケがない。雰囲気のいい酒場の店内そのものだ。手前にテーブル席、中央にある厨房と一緒に小さなカウンター、奥には鮮魚売り場……ではなく、小上がりがある。店内を照らす暖色の明かりは、陳列した精肉の色味を映えさせ……ではなく、落ち着いた酒場の雰囲気だ。
看板通り、これはまさしく大衆酒場然としている。よし、ここは中央の青果部……ではなく、中央のテーブルを酒座としよう。
市場飲み……いや、本当の市場ではないのだが、まずは『ホッピー』から飲み始めよう。焼酎はタンブラーの半分、ソト三杯はイケそうだ。
トットットットッ(ホッピーと焼酎が混ざる音)……グビッ……グビッ……、っつぁぁぁぁ市場イチバ──ンッ!! そもそも店名に〝市場〟と付いてるだけで、ホッピーがいつもより鮮度が良く感じる。よーし、このままアテを〝惣菜部〟から頂こう。
やった!『イワシ煮付け』! さすがは市場、手作り感満載のおいしそうな煮付けだ。生姜の千切り、さりげない青菜が何とも上品だ。
んまいっ! ほんのりと温かい身は口に挿れるとホロロと解け、骨はプリッツの様にパキポキと歯触りがいい。甘過ぎずしょっぱ過ぎず、このイワシもこんなにおいしくしてもらって、さぞ幸せだろう。
続いて〝鮮魚部〟より『刺身四点盛り』がやってきた。あれ? 1、2、3、4……ありゃ?四点盛りが、まさかの七点もあるじゃないか! これは数え間違いでもなければ、お店の間違いでもない。〝サービス〟なのだ! 市場のオマケと同じで、たまにこんな嬉しいことをしてくれるマスターがいるんだよ。
盛合わせのアイドルこと『鯛』の湯霜造りは、仕上がりが美し過ぎる。ビシッとキマった皮模様に、薄桃色の身が上品な舌触りで愉しませてくれる。『イワシ』は脂ノリまくりの〝トロイワシ〟で、『青柳』はムチプリの食感がタマラナイ。
イカ、ハマチ、ホタルイカも言うことなしのウマさで、盛合わせの花形である『マグロ』は、赤身だけと思いきや。その側で中トロが待ち構えていたから驚きだ。無論、鮮度と味も申し分なしで、よく考えたら中トロを入れると〝八点盛り〟だったという、オマケを超えた〝神サービス〟に恐縮しかない。もう一度言おう、四点が八点盛りだ!
すばらしき国分寺での市場飲み……いや、これはもはや市場飲みといってもいいんじゃないか?
市場飲みでも、さらに細かく希望がある。例えば、青果部の一角で目の前でもぎたての野菜をザクザク切り付けてもらう。そのまま、天ぷらや生野菜サラダなどに仕上げてもらい、それをアテに飲れるなんてことが出来たら最高だ。もしかしたら、全国にあるどこかの市場でやっているのかもしれない。
そんな想いが通じたのか、〝青果部〟から『新たまねぎ・みょうが・ふきのとうの天ぷら』が届いた。衣を纏い、アツアツ、フーフー! これだよこれ、野菜が一番輝く瞬間だ。その精鋭たちを、速やかに紹介したい。
パリパリと、耳ざわりのよい音を鳴らして野菜たちが口中で跳ね踊る。新たまねぎは乾燥処理させていない分、瑞々しさと甘みが違う。みょうがは、シャキリとした繊維質とパリリな衣の掛け合いが最高だ。
出たっ、ふきのとう! 地元の秋田ではよく食される山菜で、子供の頃は苦くて食べれなかったが、今では毎日でも食べたい。何でしょうね、この心地よい苦み。滋味深く、舌先から体中にジンワリと沁みていくようで、ひと口ひと口、身体が浄化していく気分だ。
「夢だけど夢じゃなかった」の逆で、「市場じゃなかったけど市場だった」という、夢オチならぬ市場オチ。おそらく日本一……いや、世界一小さな市場で、大きな満足感でいっぱいだ。なんにせよ、私の〝勘違い市場〟は、大正解だったことに間違いない。
『ずっと昔の人がね、市場でお酒を飲むようになったことが始まりなんだよ』
『へー、昔から呑兵衛ってのは変わらないね』
遠い未来、我ら現代吞兵衛たちが、新たな酒場文化〝居市場〟という歴史の証人となっているのかもしれない。
国分寺市場(こくぶんじいちば)
住所: | 東京都国分寺市南町3-4-18 |
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TEL: | 042-324-6172 |