神保町「ランチョン」ビールと洋食好きのためのビアホールエクスペリエンス
最近のニュースで唖然としたのが〝食卓のハム離れ〟というものだ。なんでも、家庭で消費するハムの量がここ10年で20%以上減っているとか。そんな馬鹿な! なんでも〝離れ〟にする傾向は如何なものかと、ハム好きの私は嘆いている。因みに、ソーセージは増加傾向にあるらしい。どういうことなんだ……
ただ、私個人で確実に〝離れ〟しているものがある。それがビールである。生ビール、瓶ビール、私の記事を読んでいただいている方ならお気づきかと思うが、あまりビールが登場することがない。もちろん嫌いな訳ではない。なんなら二十代の頃などビール一択。カラオケで朝までビールを飲み続けることばかりだった。が、四十歳を超えてからは顕著に飲むことが減っている。なんといっても〝パンチ〟が強すぎるのだ。ビールといえば麦芽のコク、ホップの苦みがガツンとクルのが醍醐味だが、これがオッサンの身体にはなかなか堪えるのである。
とは言っても、これでも呑兵衛の端くれ。たまにこのガツンを味わいたくなる。そういう時は下手な場所へは行かない。しっかりとビールに拘った店で飲りたい。大衆酒場でキンカキンカに冷えたジョッキに、手入れの行き届いたビアサーバーから注がれる黄金色……こんなのをゴクンゴクンと喉を鳴らしながら身体に流し込むのもいいが、やはり本気のビールはビールの専門店が好ましい。
ビールの専門店といったら〝ビア(ヤ)ホール〟になる。『ビヤホールライオン 銀座七丁目店』は、1934年創業で建物が登録有形文化財に指定されている、もはや伝説の店で飲るのもいい。それか、かつて恵比寿ガーデンプレイスにあったエビスビール記念館での見学後のテイスティングみたいなのもいいな。それこそ二十代の頃に何度も訪れて、ビールの本質を知った。
さて、今の〝離れ〟気味の私にはどこがいいだろうか。答えは、本の街『神保町』にあったのだ。
〝ちょっと気取ったランチ〟という意味の店名『ランチョン』である。こちらも1909年創業の超老舗ビアホールなのだが、他のビアホールとはひと味違う。ここはビアホールであり洋食屋でもあるのだ。
そもそも、私は洋食屋が大好きだ。まずあの店内に漂うおいしい香り、ゆったりとした独特な時間流れているでしょう。そこで大好物のハンバーグやスパゲッティを頬張る喜びといったらない。ここではさらに、特別なビールまで味わえるのだからハッピーの極致だ。
入口にあるショーケースには、子供も大好きなエビフライにオムライスなどの展示作品たち。
そこから螺旋に伸びる、今度は大人の階段を登ると……
うっほ……イイッ、イイッ、スゴクイイッ!! ウッディーな店内には数人掛けのテーブルがいくつも並び、所々にヤシの木が生えている。アンディークな照明、ブラック&ホワイトのコーディネートされた上品なスタッフ。
ガラス張りの向こうには新宿両国線の喧騒がのぞみ、都会チックを演出する。たまらねぇ……そうなんです、こういうところでウマいビールを飲りたかったのだ。無論、ガラス横の席に落ち着き、いざ〝主役〟の登場を待つ。
キタ──ッ、アサヒの黒生ビールだ! ノーマル……いや、ハーフ&ハーフか、それともクラフトで行くか。熟考の結果、黒に辿り着いた。
このモコモコのバブリング……たまんねぇ! もう我慢できません、飲みますよ、私は!
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……カッ、カッ、カッ──ンメェェェェッ!! ホイップクリームのような泡の旨味、黒ならではのコクと生ののど越し。これはビアホールでなければ、完全に味わえなかった。よかった、高級な缶ビールで妥協しないで。
そして、ここは洋食屋であったことを思い出してうれしい。この神的なビールをマリアージュさせるべく料理を頂こう。
ちょっと気取って『アスパラガス(白)』からスタート。アスパラを装飾するデコレーションマヨネーズが美しい。
フォークで刺すとスッと入り、マヨネーズを大胆に付けていただく。普通のアスパラとは違って、白独特のシャクシャクとした歯触り。なにより、このヘルシーなウマさがいい。最近〝指定野菜〟の15品目にブロッコリーが追加されたらしいが、そのうち16品目には白アスパラガスが選定されるに違いない。
ヘルシーとは相反して、続いて『サーロインステーキ(150g)』が迫力の登場だ。いくつになっても、この香りと肉々しいシルエットを見るとヨダレが出てくる。
スッスッスッと心地よい切れ味。フォークとナイフの先から肉の柔らかさが伝わる。
丁度良きレア加減はプロの技だ。赤身なのに肉汁がダビダビ、普段は避けてしまう脂身も甘くてとろけそうだ。この〝ご褒美感〟たるや、明日からもまじめに働いていこうと思います。
辺りを見渡せば、都会的なファッションを身にまとった紳士やマダムが、昼下がりの優雅な時間を愉しんでいる。そう、私はこの方々を先輩と呼びたいのだ。下町で昼間から安酒をあおっている方では、決してないのだ(まぁ、後者になる確率の方が高いが……)
洋食屋で『エビマカロニグラタン』を頼まないのは、ある意味〝罪〟じゃないだろうか。優しいクリーム色のカリカリ表面、スプーンを挿れればチーズとホワイトソースの〝ザ・洋食〟の香りが立ち込める。
マカロニがズッシリと詰まっており、まるで濃厚なバターケーキのようだ。これを大きな口を開けて、アッチ、アチチッと頬張る。ホワイトソースのまろやかな舌触り、そこにプリプリと弾けるエビが狂気的に合うのだ。
お待ちしておりました、私の大好物『ハンバーグ』がやってきました。白の大皿に、ムッチリ感のある卵型のハンバーグ。その上には、丸くきれいに焼きあがった目玉焼きがポン。ソースがいやらしくない程度にかかり、脇役のニンジンやインゲンがお行儀よく並んでいる。なんですか、この100点満点の洋食屋ハンバーグは。
ナイフを真ん中に挿れると同時に、目玉焼きの黄身がゆっくりとハンバーグに垂れる。もう、我慢できない。
刺したフォークがハンバーグに立つんじゃないかと思う程、ひき肉がギッチリと詰まっている。ひと口食べれば、旨味たっぷりの肉汁の大洪水が始まり、口の中の防波堤は決壊寸前だ。見た目は上品、中身は豪快。そんな名探偵コナンみたいなハンバーグに感無量である。
あっという間だった。この最高の洋食たちによって、あっという間に黒ビールは飲み干され、直ちに新しいビールがやってくる。普段、ビールの事を〝パンチ〟が強すぎるなんて言っているのが恥ずかしくなるほど、とにかく昼間の洋食屋のビールを愉しんでいるのである。
後に、ランチョンのホームページにはこんなことが記されていることを知った。
そう、うちは通し営業なんですよ。
お料理もね、営業時間中ずっと
お召し上がりいただけますので、
どうぞ、昼間っからビールを飲んで、
ゆったりとお過ごしくださいませ。
ここには、そんな〝お仲間〟が
たくさんいらっしゃいますから。
「ランチョン」HPより
歴史と由緒あるビアホールなのに〝昼間っから〟や〝お仲間〟という庶民的な表現にえらく感銘を受けた。ビールだけではない、ビアホールという不思議な魅力。
おいしいビールが飲みたいだったり、
おいしい洋食が飲みたいだったり、
レトロな雰囲気だったり、
〝ちょっと気取ったランチ〟をしたかったり──
だからこそ、なぜ人はビアホールするのか。きっと、それぞれの理由がある〝お仲間〟が待っているからなのかもしれない。
ランチョン(らんちょん)
住所: | 東京都千代田区神田神保町1-6 |
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TEL: | 03-3233-0866 |
営業時間: | [月~金]11:30~21:30[土]11:30~20:30 |
定休日: | 祝日 |