弘前「鳥ふじ」酒場を酒場で例えるというパラドックス/東北人が改めて東北で飲る旅 青森編③
何年も酒場のことを調べて記事にしてを繰り返していると、ある時ふと、自分が酒場に対して〝病的〟であることに気が付く。例えば、ある酒場へ行って〝ここのカウンターは〇〇(違う酒場)の造りに似ている〟とか〝そんなに食べたくなくても絵面のいい料理を選ぶ〟とか、酒場本来の楽しみ方から大きく外れてしまっているのである。
この前なんて酷かった。酒場ナビメンバーのイカと酒場で待ち合わせしていたのだが、イカが先に店に入っている店がどこにあるか分からず右往左往していた。するとイカから〝〇〇(有名な酒場)の隣のビル〟というLINEが届き、「あっ、なんだあそこか!」と無事にたどり着くことができた。酒場のある場所を酒場で指定するって……これが病的じゃなければ何と呼ぶのか。
例えるのなら〝酒場病〟とでも言っておこう。最近、はるばる訪れた青森県弘前市にある酒場でも、同じような病が発症したのだ。
市内で何軒かまわり、あと一軒くらい行きたいなぁ……と思っていると、その酒場は突如として現れたのだ。
おおっ、シブい外観には『やきとり屋 鳥ふじ』と光る看板。トタン造りの昭和チックな外壁に、シンプルな赤提灯がぶらり。ダメ押しの縄のれんの雰囲気にすぐさまここを打ち上げ会場として中へ入ろうと思ったが……ここでまた酒場病の症状が出てくる。
この外観からするに、小さな店内に寡黙な大将と女将さんが二人で切り盛りをしていて、割とピリッとした寡黙な空気かもしれない。そこで混んでいたりしたら、手間のかかる注文やその店特有の〝お作法〟なんかもあったりして、それらをスマートにこなす必要がある。財布には一万円札が2枚……これはいけない。会計時に万札を出して嫌な顔をされたくない。私はすぐさま向かいのLAWSONへと走り、ミンティアを買って千円札を補充した。これをミンティア両替というとか、いわないとか。
さて、準備は整った。中へ入ろう。
「いらっしゃいませ」
うほっ、これはいい内観。古い造りだが、入ってすぐにテーブル席がひとつ、奥までカウンターが伸びている。奥には広めの小上がりもあり外観から想像するよりだいぶ広い。カウンター厨房の中に並ぶ大量のリザーブ瓶、壁中に張られたメニュー札も素敵だ。それにしても……
「おしぼりです」
「あ、どうも」
寡黙な大将などおらず、かなり若い店員さんふたりで切り盛りをしている。だいぶ想像と違っているが……いかんいかん、また酒場病が始まった。そんなことはいいから、酒を飲もう。
おほっ、いいですね~。瓶ビールと小グラスが、カウンターの色味と美しく溶け込んでいる。ちょうど小岩の『銚子屋』とも似ていて……早く飲もう。
ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、はいウマしっ! これからの人生において、冷たい瓶ビールを飲んでおいしいと思えないことなんてあるのだろうか。いや、ないだろうな。そこへやってきたのが、お通しである。
『山芋の千切り』なのだが……おや、これはまさしく! ピンッと頭によぎったのが、高田馬場の『鳥やす本店』だ。あそこのお通しは大根おろしにウズラの卵黄を乗せたもの。だいぶ似ているなぁ……て、そんなことはいいから食べよう。
シャギシャギねっとりの山芋に、ウズラ卵黄のしつこくないコクがちょうどいい。あったようでなかった、お通しには丁度いい一品だ。
続いては『もつ煮込み』だ。これがまた〝東北人好み〟な味付けで、東京の煮込みとは少し違う……正肉多めで、そうだな、シチュー寄りのとろけるようなウマさだ。
あー、なんだっけなぁ。あそこ、あそこ、あの店の煮込みとそっくりなんだが……
「ども、代行でーす」
「あ、お客さん、代行来だすよ」
……ハッ! またすぐに病的な発想が出てくる。酒場にいて他の酒場のことを考えてどうする。せっかく青森にまで来ているんだから、酒を愉しむことに徹しろ。隣の客をみろ。やはり地方だから車じゃないと酒を飲みに行けない。代行タクシーまで使って酒場へ来ている呑兵衛の垢を煎じて酒と混ぜて飲めというもの。
反省をしていると、目の前に大きな皿が置かれ、焼き上がった串たちが次々に並んでいく。
ムチリとした肉の触感がいい『カシラ焼』、歯ごたえのいい『さがり焼』は噛めば噛むほど旨味が溢れる。珍しい『カモ焼』は臭みなどなく淡白な味わいで、『ナンコツ焼』は正肉多めのコリコリジューシー。
どれもおいしくて、このメンバーでもう一周いただきたいところだが……
このアクアブルーが美しい大皿に並ぶ串の感じ……これは間違いなく溝の口『かとりや』じゃないか! 町中華でもこの独特なアクアブルーの食器を使っているところが多いが、とにかくいろいろな料理に映える。最初にこの色をチョイスした料理人の色彩感覚は、まさしくノーベル賞ものだ。
なんかもう止まらなくなってきて、どうしても『生野菜』を試したくなった。酒場にある生野菜はバラエティ豊かで、その店の特徴が出ているものが多いのだ。それこそ高田馬場『鳥やす本店』の〝バリバリ生野菜盛合わせ〟は、一皿で一か月分の野菜を摂取できるんじゃないかと思うほどの迫力。奇しくもここも〝鳥〟から始まる店名。果たして……
ぜんぜん違うっ! ぜんぜん『鳥やす』ではないが、これはこれでダイナマイトな生野菜だ。箸でブッ刺してワシャッと口に運ぶ……うんまい!
全部の野菜が均一に千切りされてるのもあって、歯触りが心地好い。それとこのゴマドレッシングがちょうどよく絡み合っている。あ、酒場の生野菜の中で、一番のタイプかもしれない。
……と、まあ、ここが青森であろうが海外であろうが、どうしたって酒場に居ても酒場のことしか考えられないのだ。今夜だけは何も考えずに飲ろうという、休肝日ならぬ〝休酒場日〟なる日を設けていて、この病と上手く付き合っていくには欠かせないのである。
あ、やっと分かった。ここのテーブル席にあるテーブルって、湯島の『岩手屋』のものにそっくりだ……いや待て。岩手屋の方が、もう少し色が薄いか?……うーん、しかし──
弘前の夜は長く。
鳥ふじ(とりふじ)
住所: | 青森県弘前市親方町1-9 |
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TEL: | 0172-36-2697 |
営業時間: | 17:00 - 23:00 |
定休日: | 日曜日 |