高田馬場「鳥やす本店」今夜のあなたは焼鳥を〝突然と、無性に〟食べたくなる
焼鳥は〝突然と、無性に〟食べたくなる。とはいえ、焼鳥は「じゃあ、今夜はお家で焼鳥ね」などと、焼肉みたいにはいかない。まぁ、スーパーで売っているものを、レンジでチンして食べることもできるのだが、ここでいう〝突然と、無性に〟となると、そんなもんでは満足できない。
カンカンに熾した炭でじっくりと焼き、秘伝のタレ壺にじゃぶりと潜らせて角皿へトントントンと寝かしつける。あっという間に積まれた焼鳥を、マスターが「おまちどうさま」と、目の前に差し出してくれる。
重要なのが、決して高価であってはいけない。割と近い昔、焼鳥なんていう庶民の食べもんは、どこでも一本80円くらいだったはず。最近の焼鳥って、下手に高いのがあるでしょう? それじゃあ〝突然と、無性に〟の時、財布の中身ばかり気にして、あまり愉しめない。
そして女子は、焼鳥が好きだ。〝突然と、無性に〟「焼鳥たべたぁい」と提案してくる。〝焼鳥〟という安易な酒場ワードながら、意外と思い出せる酒場が出て来ないことがある。純然な男たるもの、ここでアタフタしてはならない。ここぞという夜の為にも、日ごろから焼鳥の在処を押さえておくこと。
そうすれば、湯気の立った焼鳥たちにありつける。レバ、ハツ、カワ、ササミ……間にピーマンや肉巻きなんかもいい。そんでもって、瓶ビールから安い日本酒に切り替えてシッポリと飲る。あとは会計時に、「あんなに食べて、この安さ……?」──すばらしきかな。
ダントツの安さ、そしてウマい。久しぶりにそんな焼鳥で──飲りたくないかい?
大馬鹿野郎のウイルスのせいで、酒場の閉店時間が異常に早くなっている昨今。夜七時までに店にたどり着かなければ、一滴のアルコールも飲めないという焦燥感に駆られながら、なんとか高田馬場にある酒場へ到着することが出来た。
『鳥やす本店』
さかえ通り商店街の奥にたたずむ、高田馬場を代表する酒場のひとつで、とにかく〝焼鳥が安い〟で有名だ。なにを隠そう、〝突然と、無性に〟今夜はここで飲りたくなったのだ。
暖簾前にかかる赤提灯、無骨なモルタルの外壁がいいですねぇ。フレッシュに溢れる大学生の街に、煤けた昭和カルチャーとのコントラストが独特な風情を醸し出している。それに交じって、さっそく焼鳥を焼く香りが漂ってきて、鼻孔をザワつかせる。BBQの炭の香りもいいが、タレの甘味が混じった炭の香りもいい。うむ、時は来た──ただ焼鳥を食うだけだ。
「ガタガタガタ……」
古い木製の引き戸が、いい音を鳴らす。
「いらっしゃいませー」
おほっ、これは……!
あっちもこっちも、タマラン景色じゃないか。民芸風の広い店内には、壁に達筆メニュー札が張り巡らされ、天井も柱もいい塩梅に燻されている。焼鳥を焼く煙をほのかに感じ、まるで高価なお香のように香しい。
同士がたくさんいるようで、件の病禍にもかかわらず結構な賑わい。店の中央に酒席を陣取り、まずは瓶ビールで、今日という焼鳥の日に酒ゴングをしよう。
クンッ……クンッ……プハァッ!──酒を欲して走って来ただけに、いつものビールより有難い味。
お通しは、大根おろしにウズラの卵をポトリ。この何てことない一品が、箸休めならぬ鳥休めにちょうど良さそうだ。
さぁて、喉も開通したことだし、早速メニューから焼鳥を選ぶとしよう。どれどれ、焼鳥さん、焼鳥さんと……
なぬっ!?
『もつ』が一本60円! 安──っ!!
その他に『すなぎも』が70円、『正肉』が80円と続き、一番高い『てばさき』でも130円という目を疑う破格が並んでいる。煤けた昭和カルチャーどころか、ここだけ本当に昭和なのかもしれない。「端から端まで全部!」という勢いで、目に付いたものを片っ端から注文する。そして、最初にいただくのは……
『煮込み』
すぐに焼鳥といきたいところが、待たらっしゃい。これから大量に食べる焼鳥に、胃がびっくりしないよう準備運動をしてあげないと。ルックスの良さも然ることながら、具が手羽先と根野菜のみというのに、センスを感じる。
手羽先は口にちゅぼんと挿れて、引き戻すだけで骨から肉が抜けるやぁらかさ。あっさりとした鳥スープに肉がよく馴染んでウメぇ。こっくりとした食べ味の根野菜も然り、一般的な酒場の煮込みとは違うが、これ目当てにここへ来る客がいても不思議ではない。
そんなところへ来ましたよ、今夜のヒロインが。
「お待たせしましたー」
モワッ
ワハッ、
ワハハハッ、
イャッフゥ────イッ!!
焼きたての湯気の中から、ついにお目当ての焼鳥が登場。左の皿は、もつ、正肉、ささみ、右の皿は……えぇい、どれがどれかなんて一旦置いておこう。今、この皿……いや、店全体が焼鳥と化したのだ。
『はさみ(ネギマ)』から、お手並み拝見といこう。ネギマは肉とネギをセットで食べるのが正しい。大ぶりの肉はぎゅっ、ぎゅっと弾力が小気味よく、ぬるんとした甘いネギが効いている。それをまとめ上げるタレがまた、芳醇フルボディで間違いない仕上がり。いいぞいいぞぉ。
『わざび正肉』だって、いい仕事しやがる。正肉にワサビをかなりタップリ塗っている。こりゃ辛過ぎないか……と、不安は大ハズレ。口に入れて「うっ、辛!」と思えば、瞬時にして濃厚タレと絡み合い、それがウメぇのナンのって。控えめにみえる海苔だって、肉、ワザビを絶妙に引き立てている助演賞ものだ。
「日本酒、いっちゃいますかぁ?」
などと、上機嫌でつぶやく。焼鳥で飲っていれば、よくあることだ。ラインナップを見てみると……ムムッ! 我が故郷の酒があるではないか。
『まんさくの花』
これはねぇ……本当に飲みやすい日本酒なんですよ。ツイー……と喉を通すと、「あら?……日本酒特有のクセがない?」どこに行ったのかと舌で探ってみるが、それと別にジンワリと芳醇な米の風味が溢れ出すのである。
是非とも、日本酒が苦手な方に試してもらいたい。クイクイいけちゃう。だいぶ飲みやすい酒だから、こんがりした焼きモンが食べたくなる……そう、ありますよ。まだまだ焼鳥が。
続く『砂ぎも』は、コリコリと歯ごたえを愉しめる安定のおいしさ、『ピーマンの肉巻き』は、中にチーズを仕込ませているタイプで、濃厚な豚肉との味わいが鳥休めにもちょうどいい。焼鳥屋の『ピーマン』が好き過ぎて、ピーマン肉巻きを頼んでいるのに、さらにピーマン単品まで頼んでいるという。端っこの焦げ目が、苦香ばしくてたまらないのだ。
最近はどこもテイクアウトだが、やはり焼鳥は出来たてに限る、何本でもイケてしまう。四十代になってから、しばらく量が食べられなかったが、ここにきて焼鳥の底力を改めて見せつけられた気分だ。
一本数十円、店の名前が〝鳥〟が〝安い〟とはよくいったのも。そして、掛け値なしにウマい。焼鳥とは、こういう庶民のものでなくっちゃあいけません。
「よっしゃ、もう一丁いくか!」
焼鳥中枢の壊れた、四十代の勢いは止まらない。再びメニューを開き、品定めしていると……
なにっ、『蛙』ですと……?
グランドメニューに堂々と載っているということは、これをあえて求めに来る客がいるにちがいない……よぉし、追加で蛙の足5本いってみよう!
……と、こればっかりは〝突然と、無性に〟なることはない。
鳥やす本店(とりやすほんてん)
住所: | 東京都新宿区高田馬場3-5-7 |
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TEL: | 03-3368-6459 |
営業時間: | 17:00~23:30 |
定休日: | 12月31日~1月3日 |