溝の口「かとりや」独酌万華鏡ダイアリー(1)
酒場で飲っていると、ちょっと気になることがある。
カウンターにひとり、ボーっと厨房を見つめる赤ら顔のオジサン。何やら真剣な面持ちで、ジョッキを握ったままの青年サラリーマン。お通しの煮つけをまじまじと見ては、 ニンマリ顔が可愛い女の子。
『独酌』
客同士での会話やスマホを見るでもなく、ただただその酒場に溶け込んでいるひとり呑兵衛は、一体なにを考えながらその時間を過ごしているのだろうか。
私自身もそう、ひとりで飲っているときはどうしてるんだっけ……
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一応、来てみたけど……あー、ちょっとなぁ。
かとりや……うーん、やっぱ入りづらいなぁ。……ほら、常連っぽいオジサンばっかりじゃん。いやぁ、ひとりでここ入るのキツいって。
マジでどうしよっかなぁ……ちょっと一旦、他みてみるかぁ?
まぁ、そもそも、席が空いてないかもな。空いてなかったら、それを自分の中で諦める理由にして宿題にしよう……うん、そうしよっかな。じゃ、ちょっとだけ中を──
「いらっしゃいませ」
うっわ、思ってた以上に狭いし、バキバキの雰囲気だな。やべ、ちょっと緊張するぞ……。
「あ、あの、ひとり空いてますか……?」
「えーとね、じゃあそこちょっと席詰めてもらえますか」
あちゃー、そこまでは大丈夫だったのに……。いやいや、いいんですよ。だって、前からここ入ってみたかったのは間違いないし……。あ、空いた空いた。
「となり、座れる?」
「あ、すいません! 詰めてもらって」
座っちゃいましたな……。しかも隣の先輩、結構怖そうだぞ。……っと、メニューは、これか。うーん、とりあえず酎ハイでいっか。
「あの、酎ハイください」
「酎ハイですね。これお通しです」
お、キャベツ漬けか。いッスね。
「酎ハイです」
「あ、はいどうも」
こうやって並べて……はいチーズ、パシャリと。はい、オッケー。……お。
つーか、このカウンターめっちゃ渋いなぁ。酒が沁みまくって、ちょっとしっとりしてるじゃん。
角もいい味出してるねぇ。このボコボコ、これどうやたらこんなに抉れるんだ? 客が彫ったんか、んなワケねーか。
えーと、何食おっかな。まわりの先輩たちは……あぁ、煮込み食ってんだ。んじゃ、俺もとりあえずそれにしておくか。
「すんません、煮込みください」
「あいよ、煮込みー」
なんか、みんな黙々と飲ってて静かだな。……あ、ラジオは鳴ってるのか。ん……焼き場のお兄さん、学生の頃の友達に似てるな。あれ? そいつ名前ってなんつったっけ?
「はい、煮込み」
「どうも……(あっ)」
思い出した! ウチヤマだわ、ウチヤマ。そういやあいつ、結婚してから会ってねーな。結婚すると、まぁ、会わなくなるんだよ。……煮込み食うか。
あれ、汁が赤いぞ……? もしかして、結構辛えのかな? どれどれ……あ、やっぱちょっと辛い……。んー、でもウマいなコレ。モツも柔らかいし、これは……牛? いや、豚だな。
いやいや、おもいっきり〝牛〟って書いてるじゃん。アホか。あ、この煮込み、中にジャガイモ入ってるじゃん。おばあちゃんの作った味噌汁思い出すなぁ。ふーん、480円だったんだ。コスパもいいな。
次は、何にしよっかなーっと。
おっと……やきとん、いきますか。
「すんません、1本ずつで、レバとタン……」
「はいレバ、タン」
「あと……カシラとシロください」
「カシラシロ。塩タレはどうします?」
「えーと、じゃタレで」
「はいタレで」
あれ、2本縛りじゃないよな? まいっか、食えるでしょ。
「お兄ちゃん」
ありゃ、酒がもう無くなりそうだ。次、なーに飲もっかな……
「なぁ、お兄ちゃん」
「……え? あ、僕ですか?」
なんだよ、びっくりした。あ……さっき席を詰めてくれた先輩か。なんだろ、実は知ってる人……? いや、全然知らんぞ。
「はい、なんですか……?」
「あのね、塩のが、おいしいよ」
「えっ、塩?」
「そう。塩にして、一緒に付いてくる辛味噌とカラシで食ったら旨いよ」
塩……あぁ、はいはい、やきとんのことか。なるほど、塩ね。
「そうなんスか? じゃあ次は塩にしてみますよ」
「まだ、言えば変更できるよ」
うそ? え、大丈夫かな……じゃあ、訊いてみるか?
「すんません! 今から塩に変えて大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ぜんぶ塩で?」
「お願いします!」
やべ……みんな静かに飲ってるから、ちょっと恥ずかしかったな。でも隣の先輩、怖そうだったけど良い人じゃん。いるんだよ、こういう先輩って。ありがたや。
「はい、お先にレバとタン」
おっ、いいじゃないですか~。こいつもパシャリ……あれ、逆かな。
こっち向きで……パシャリと。はい、オッケー。そうそう、この水色の皿がいいよね。俺、これの丼持ってるんだよ。袋ラーメン作る時は絶対それだからな。どれ、まずはタンのお味は……ふむふむ、中までしっかり焼くタイプね。うめぇ。
「はい、カシラとシロ」
おっと、同じ皿に置くのね。はい、寄せまーす。
カシラはと……あー、カシラって……ウマいよね。一番好きだわ。塩でってのもいい……あっ! そうだ、先輩が辛味噌とカラシ付けて食べろって教えてくれたんだった。
えっと、辛味噌と……カラシを付けて──
うわっ、ウンまッ!! これ、ほんとにウマいわ。なんだろ……この辛味噌にコクがあって、それをカラシが引き立ててるっつーか。あんまりこうやって食うことないけど、これはおいしいわ。
そうだ、先輩にお礼言った方がいいよな。でも、周りにさっきのやり取り聞かれてるから、なーんかちょっと恥ずかしいなぁ。ここ、狭いから周りに丸聞こえなんだよ……
う~ん……えぇいっ!
「あの……辛味噌とカラシ、すごくおいしいかったです」
「でしょ」
「ありがとうございます」
「うん」
おっし、さりげなーくお礼、言えましたよ。よしよし。これで実は先輩、タレで食ってたら記事のオチにでも使えるのにな。はは、まぁ思いっきり辛味噌で食ってるけどね。
へぇー、ここテイクアウトもできるんだ。つーかそれ、何十本持ち帰る気だよ?……30本はありそう。まぁ、おいしいから分からんでもないけど。
「すんません、酎ハイおかわりください」
「酎ハイで。空いたグラスありますか」
はい、グラスをどうぞと。あ~、ずっと居れる。
「ひとり、いける? 駄目か」
「2人ダメ? いっぱい?……そっかぁ、また来るね」
俺の後の客、ぜんぜん入れないじゃん。タイミングよかったな。せっかくだから、もう一発くらい何か頼むか……いやまて、他の客に譲っておくか。
「すん……」
……でも、ちょっと店を出るの早いかな? この引き際のタイミングって結構気を遣うんだよ。隣とかの先輩と絡んだりしたら特に。んー、まいっか。やっぱ出ましょうかね。
「すんません、お会計を……」
「はいお会計ー」
となりの先輩は……話しかけても邪魔ならんかな? 一応あいさつはしていくか。
「ども、お先に失礼しまーす」
(軽く頷く先輩)
先輩、まだまだ飲むんだろうな。おっと、お店にもあいさつを忘れずに。
「ごちそうさまでーす」
「ありがとうございました」
狭っ……すんません先輩たち、後ろちょっと失礼しますね……
やっば、寒んむ!! 外、超寒みーじゃん!!
どうしよー、もう一軒攻めるか。今日ってここで何軒目だったっけ? 1、2……えっ、4軒目? あー、溝の口はもういっか。家に帰って、ひとり打上げすっぺがなー。
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『独酌』
それは、自分だけの特別な時間。今宵もあなたの心の中にだけ、そっと『万華鏡』のように、色とりどりの酒場模様を映し出している──
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かとりや(かとりや)
住所: | 神奈川県川崎市高津区溝口2-7-13 |
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TEL: | 044-822-8802 |
営業時間: | 17:00~23:00 |
定休日: | 日祝 |