祖師ヶ谷大蔵「さか本そば店」独酌万華鏡ダイアリー(3)
酒場で飲っていると、ちょっと気になることがある。
カウンターにひとり、小皿だけで何時間も飲る青年作業服。肘を付きながら、つまらなそうにグラスをぶらつかせる妙齢美人。くるんと巻いた文庫本を片手に飲る中年男は、酒場においてはイケメンに映る不思議。
『独酌』
客同士での会話やスマホを見るでもなく、ただただその酒場に溶け込んでいるひとり呑兵衛は、一体なにを考えながらその時間を過ごしているのだろうか。
私自身もそう、ひとりで飲っているときはどうしてるんだっけ……
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〝祖師ヶ谷大蔵、祖師ヶ谷大蔵です〟
プシュー、
♪キンコン、キンコン
「うわっ、外暑っつ!!」
友達との用事で、はじめて降りてはみたけが……祖師谷って何があるんだっけ? 駅自体は、どこにでもあるコピペ駅の様だけど……あっ
あーはいはい、ウルトラマンの町だったか。この辺に円谷プロダクションがあるのかもな。そういえば、保育園の頃にウルトラマンの絵を描いて先生に見せたら、「背中のチャックは描かなくていいのよ」って言われたことがあったな。
そんなことより、暑すぎる。ウルトラマンじゃないけど、三分間だって同じところに居られない。冷房の効いたところで、麦汁でも飲みてぇな……ちょっと商店街を散策してみるか。
『さか本 そば店』
ここ、最近なんかで見たような……酒場放浪記だったかな。どれどれ、俺の酒場データーベースには登録してるかな?
祖師谷……さかもと……あった。蕎麦屋飲りってことね、俺の好きなやつだ。雰囲気もよさそうだし、ちょっと休憩してみるか。
ガラガラガラ……
「いらっしゃいませー。そこの消毒お願いします」
はいはいーっと。ふいー……涼しい、生き返ったぜ。
「おひとりですか?」
「あっ、はい」
「じゃあ、奥のテーブルどうぞ」
はいはいーっと。
どっこいしょ……ふむふむ、結構いい眺めですね。てか、ここって蕎麦屋だよな? 壁にすごい種類のアラカルトメニューが貼ってあるけど、ちょっとばかり遠いな。こんな時に視力が良くてよかった。いまだに両目が1.5あるから、全然見える。とりあえずは、麦汁を頼むか。
「すんませーん、中瓶ください」
「はーい」
おー来た来た。すぐさまグラスにトクトク鳴かせてと。
ツイ……ツイ……ツイ──、あーんめぇ。暑くてもう少しで熱中症になるところだったよ。
酒に付いてきたのは……こりゃ『揚げ蕎麦』か。パリサクでウマいねぇ。
さーて、お料理の方もいただきますか。蕎麦屋だしな、締めは蕎麦にするとして……しかし、このラインナップって、ここのマスターは相当酒好きのことを解ってらっしゃるな。悩むねぇ……このあと友達と飯も食うしなぁ。ま、とりあえず目に飛び込んできたアレと……アレにしてみるか。
『ホタテのヌタ』
このセンスよ。ネギとかマグロはよくあるけど、ホタテをヌタにしちゃったっていう。量もちょうどいい。どれどれ、ホタテさんはどこかな……?
でっか! ホタテでっか! ちょっと重いくらいなんですけど! 普通に刺身でもイケちゃうくらいのサイズで……プリップリッ……うまっ! ネギと甘味噌の絡みもグッドっスね。
うーむ、この感じ。早くも〝アタリ店〟の予感だ。
「お待たせしましたー」
おっ……いま斜め向かいの独酌御兄さんに届いた料理、ありゃ何だろう? 超デカイ、煮込みみたいな……あんな量、ひとりで食えんのかな?
「取り皿使いますか?」
さすが女将さん、あんなデカイ皿だと食いづらいだろうよ。
「……」
「あの、取り皿は……」
「……」
無視ですか、御兄さん。こりゃ中々の〝黒帯臭〟がするな……おっと、次は俺の番か。
「角煮、お待たせしましたー」
「ありがとうございます!(俺はちゃんと相槌するぜ)」
迫力満点でうんまそぉぉぉぉ! 箸で挿してみると……うわ、柔らかいねぇ。抵抗なく挿いっちゃったよ。
持ち上げてからのー、蕩け崩れる前にバクリッ──う、う、うんめぇ過ぎる!! なんだろう、甘じょっぱいの〝甘〟の方が普通と違う。吸い込まれそうなほど深みがあって……こりゃあれかな、この店特製の蕎麦ツユを使ってるに違いない。とにかくウマい、こりゃビール追加しようか……いや、これから友達と飯を食うんだから、これくらいにしておくか。
無視の御兄さん、さっきから何を読んでいるんだろ? あっ、『美味しんぼ』じゃん。美味しんぼを読みながら蕎麦屋で独酌って、やっぱ中々の黒帯ですな。どれ、自慢の視力で何巻を読んでるのか確認を……
あれは12巻か。確か……〝日本風カレー〟の話があったな。元柔道選手のマスターが、試行錯誤で〝骨髄カレー〟を作るとかなんとかって話だったような。
〝日本風カレー〟って響き、なんかウマそうだな。なんか、無性に日本風カレーが食いたくなってきた……あっ、そうだ!!
『カレー南蛮』
カレーと蕎麦を合体! これぞ〝日本風カレー〟ってもんよ山岡さん。シンプルなビジュアルも、日本の奥ゆかししさがあっていいね。ただ、カレー南蛮て、長ネギが強めに乗ってるイメージだったけど、そもそも長ネギが見当たらない……おや?
レンゲの下に……?
ここにおいでなすったか! こいつを丼にトンと乗せ、サクサクと箸でかき回して完成と。さぁて、ひとすすり……
ズルズボー、ズルズボ──……カァァァァッ、ウマ過ぎじゃないの!! まず、辛さがちょうどいいね。蕎麦屋のカレーのウマさってのは、やっぱ蕎麦ツユとルーのマリアージュなんだよな。スパイスの主張をツユが程よく抑えて、その分、醤油の芳醇なコクがめちゃめちゃ映えるという。ここのは蕎麦もイケてるから、全体の旨味の輪郭が強い。
おっと、〝やんちゃ〟なこと考えちゃった。
さっきの角煮をポン。そこれを蕎麦ごと「ズルズルズル──ッ!!」
あっはっはっは、ウメーに決まってんべ。角煮とルーがスッと馴染み、蕎麦も角煮に溶け込むように馴染む。言わば家族同士のツユを輸血し合っているわけだから、親和性が半端じゃないってことよ。普通の蕎麦屋だと思っていたのにな、なんて独酌が楽しいところなんだここは。
蕎麦で締めようと思っていたけど、本調子が出てきた。ちょうど友達からのLINEが鳴ったので、もはやここへ来てもらうことにしよう。
じゃ、それまで残りの独酌時間を、愉しむとしますか。
「すんません、瓶ビールもう一本ください!」
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『独酌』
それは、自分だけの特別な時間。今宵もあなたの心の中にだけ、そっと『万華鏡』のように、色とりどりの酒場模様を映し出している──
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さか本そば店(さかもとそばてん)
住所: | 東京都世田谷区祖師谷3-36-31 |
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TEL: | 03-3482-3779 |
営業時間: | 11:30~21:00 |
定休日: | 金曜日 |