100年に一度は行かなきゃ!浅草「神谷バー」で味わう歴史と美食の饗宴
実は私が本当に好きなのは、酒場ではなく〝レトロ建築〟なんじゃないかと疑っている。「お前、今更なに言ってやがる」と読者さまから𠮟責されてしまいそうだが……それというのも、最近はレトロ建築ばかり行っているのだ。
大好きな小金井公園にある江戸東京たてもの園に始まり、都内では有名どころの旧岩崎邸庭園、旧古河庭園、旧前田家本邸、旧朝香宮邸、旧前田家本邸など、旧ザクもびっくりするほどの〝旧建築〟をことごとく訪れている。
なぜそんなにレトロ建築が好きかといえば……正直なところ、明確な理由はない。ただ、理由がないのになぜか惹かれるというのは、ある意味ホンモノなんじゃないだろうか。ひとたびレトロ建築へ訪れると、建物のデザイン、色調、柱、壁、設備。そのひとつひとつから滲み出てくるような、当時の息づかいが聞こえてきそうな〝念〟を身体にヒシヒシと感じ、時には涙が出そうになるのだ。
ただ、結局は補修や改築などが行われて、何十年、何百年後にはすっかり別のものに代わってしまう……そんな儚さも含めてレトロ建築が好きなのかもしれない。
因みに私の現在住んでいる住まいは築30年以上だが、決してそれは好んで住んでいるのではなく、酒ばかり飲みに行って金がないからである。
やってきたのはレトロ建築の宝庫『浅草』である。日本、いや、世界でも有名なこの地には、日本文化を象徴するような歴史的建造物、すなわちレトロ建築が多く存在する。
旧博物館動物園駅、旧東京音楽学校奏楽堂、東武浅草駅ビル。桜なべ中江なんて、馬肉料理なのに国登録有形文化財というから素晴らしい。そして同じく文化財である飲食店が、浅草駅の目の前にあるのだ。
は~い出た、1880年創業の『神谷バー』である。いわゆる〝100年酒場〟という、おそらく都内の酒場好きであれば一度は耳にしたことがある老舗店。まず、素晴らしいのがその外観だ。東京大学安田講堂のような山の字をしたレンガタワー。上部には〝KAMIYA BAR〟、その下段には〝ーバ谷神〟と明治初期の右読みの文字看板。何とも言えない、この独特なモダン造りには、いつも溜め息をついてしまう。
店前の食品サンプルのショーケースにはちょっとした思い出があり、上京したての頃に初めて浅草へ訪れてこのショーケースを見て「食品サンプルが〝外〟に飾ってある!!」と驚いた。それまではデパートのレストラン街などの屋内にしかショーケースというものを見たことがなかったので、当時は実に斬新だと思ったのだ。
大した話ではないのだが、これを見る度に当時を思い出す。さて、中へと入ろう。
中は何度も改装したのが分かる、どこもピカピカの内装。木目調のシックな壁、無数に照らしつけるライトがツルツルの床を反射させている。好きですよ私、こんな風なレストラン感も。奥のテーブル席にゆったりと腰を掛ける。ああ、エアコンが効いてて気持ちがいい。こんな涼しい場所で……いや、この酒場だからこそまず飲まないといけない酒がある。
はいこちら、「元祖・電気ブラン」である。ウイスキーが超高級品だった頃の代用品だったにも関わらず、本来ならどこか淘汰されてもおかしくなかったはず。それでも今なお、ひとつの酒のジャンルとして残っていることがうれしい。この酒場が産んだ酒が、この建物と共に生きていることに感動しかない。
ツイッ……ブラッ……ツイッ……、ク──ッと、効きまくりのアルコール30度をストレート! フルーティーであり、マッタリィーであり……何とも言えない風味がやはりたまりません! これが100年以上受け継がれてきた酒の味だと思うと、より一層おいしく感じる。さあ、このビィンビィンにノドが刺激に合うアテを選ぼう。ここは大衆酒場というよりは洋食屋の一面もある。そうなると……
まずは『かにコロッケ』から始めるのが正解。かにコロッケと訊いたら、普通は俵型のフライを連想するが、ここは丸皿に丸形のコロッケだ。
ナイフとフォークで切れ目を入れると、既に中身がギッチリと詰まっていることが解る。フォークでブッ刺してひと口……ウマいッ!
中のクリームが、もの凄いパワー感がある。ンットリとしたクリームの中にはカニ身が上手に隠れている。何がこれらを後押しするかって、衣に掛かってるソースだ。ミートソースに近く、これがまたこのクリームと相性抜群。よく考えられていらっしゃる。
続いてやってきたのが『厚切りベーコン』である。 あははっ!こんなの、絶対においしいしかないビジュアルじゃないか。1.8㎝ほどの断面を見せつけてくるベーコンは表面を若干焦がし、脂じんわりと滲んでいる。付け添えのトマトやズッキーニに火を通したものはもちろん、粒の荒いマスタードがたまらなくおいしそうですよ。
そのマスタードをペットリとベーコンに引っ付けてガブリ……ハヒャァッ、これはすばらしい! ベーコン、というよりは、もはや上質なステーキのような肉々しい食感。ムチンッと弾けるような肉質からは、加工肉とは思えないほどの肉汁。これに粒の荒いマスタードが、ピリリッと馴染んで病みつきになる。今後ベーコンといったら、間違いなくここを思い出すだろう。
ジョッキを片手に彼女と笑う青年、品のいい老夫婦はナポリタンを味わい、マダムたちはゆっくりと語っている。何度となくここへは訪れたが、他にはない居心地の良さがあるのだ。大衆酒場の雑多な賑やかさ、ちょっとお高めのレストランにある清潔でラグジュアリーな落ち着き……ここが世界の観光地・浅草の中心地というのもあるのか、ここでしか味わうことが出来ないこの雰囲気を、電車に乗って30分後に味わえるのは幸せとしかいない。
その幸せの最たるを迎えるに相応しい『ハンバーグステーキ』がやってきた! 誕生日ですよ、今日が何月何日かはしらないが、今日が誕生日でいい豪華さだ。スネ夫ん家で出てきそうな花柄の高級皿の中央に、ぶ厚く香ばしい香りを漂わせてくるハンバーグ。それに寄り添うのはジャガイモとニンジン、それにクレソンですって!
普段はハンバーグもパスタもシチューも箸派だが、ここは丁寧にいこう。こちらもフォークとナイフで美しく、スッとね。
なんちゅう、神々しい断面! 肉、肉、肉……断面に見えるのは凝縮された肉の断面。辛抱たまらず、そのままフォークごと口に突っ込む──うめぇぇぇぇ! この肉々しさ、ぎゅっと詰まった肉汁が口に入れた瞬間に弾ける様だ。特筆すべきがこのスパイシィ感。スパイスには詳しくないが、おそらく様々な種類を調合して、この病みつき待ったなしのおいしさを醸し出しているのだろう。
付け合わせも忘れてはいけない。ジャガイモは香ばしい焦げ目を纏い、ハンバーグのソースをペロリと付けていただけば主役級に昇格。ニンジンのグラッセなんて、子供の頃のイメージのまま。甘~く煮詰めたグラッセは、子供向きと思いきや、これは断じて大人向けの、それと酒に合う逸品である。
18歳のガキンチョの頃に出会ってから数十年。またこうして店の歴史のひとつに、私が参加できたような気分でお腹も胸もいっぱいだ。
「ありがとうございました」
帰りに電気ブランを買ってみたりして。私の好んで住んでいないレトロ建築に持って帰って、またしみじみと100年酒場の歴史を想像して飲ろうという魂胆だ。次もストレート……いや、カミナリハイボールでお願いします。
神谷バー(かみやばー)
住所: | 東京都台東区浅草1-1-1 |
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TEL: | 03-3841-5400 |
営業時間: | 11:00 - 20:00 |
定休日: | 火 |