「○○でいい酒場ある?」と訊かれたら、今のところココを教えることにしているシリーズ/新潟「鳥仙」
はじめての新潟に訪れていたのもあり、せっかくなので日本海が拝みたいなと思って調べていた。〝せっかく〟というのには理由があって、私の地元は秋田県の沿岸部で思いっきり日本海を眺めて育ったのだが、よくよく考えてみると、秋田たより南にある日本海を見たことがないことに気が付いた。
地図で調べてみると、新潟駅から数駅離れた場所に〝小針〟という駅を見つけた。ここからなら歩いて20分もあれば日本海に辿り着くようだ。早速、JR越後線に乗り込み駅へと向かったのだ。
新潟から十数分で辿り着いた『小針駅』は、あの大都会新潟えきからすぐとは思えないほどのどかな駅だった。いや、地方都市ならではのこの感じ、私は大好きです。
駅を降りて〝秒〟で目に飛び込んできたのは、まさかの『ペンギン村』の看板である。そう、あの『ドクタースランプ』の舞台である。〝酒処〟と記されているところをみると、間違いなく酒場だ。これは断固として入ってみたいが、目的地はここではない。そう、日本海だ。
……と、思ったいたのだが、数分歩いてギブアップ。なにしろ、この日は特に暑かったのだ。時刻は17時前。だいぶ日は傾いていたが、暑くてしょうがない。ここから20分も歩いて日陰の無い浜辺に向かうなんて正気の沙汰ではない。とはいえ、地元以外の日本海も見てみたい。それとも、ペンギン村に戻って、アラレちゃんと一緒に飲ろうかどうか。葛藤しながら日本海側へダラダラ進んでいると……おや?
うほっ、まさかの〝鳥山〟だって?……いや、『鳥仙』という酒場の看板を発見する。雑居ビル、というか、雑居平屋の一部にあるその佇まい。店先のガラス戸には、なんだかよくわからない英語が並んでいるが、とりあえず鳥仙という酒場であることは間違いないようだ。
開きっぱなしのガラス戸の中へ入ってみると、これがまた面白い。なんでしょうか、中にまた更に入り口があるのだ。
おそらくだが、新潟の街ならではの〝雁木造り〟で、そこにガラス戸をハメたという感じだ。結構広いスペースで、イスもあるからここで雁木造り飲みでもイケてしまいそうだが、ここはしっかりと店内に入ってみよう。キィィィィーン!
「いらっしゃいませ~」
んちゃぁぁぁぁ! 雁木造りから短い階段を上がると、そこには素敵空間が広がっていた。大きい〝くの字〟カウンターと小上がりが奥まで延び、奥の方にも小上がりが迷路のように並んでいる。全体的に重心が低く、黒のコンクリート床と民芸風の装飾がなんとも落ち着く。
数人いる女将さんがどこに座っていてもいいというものだから、「もうっ、どこに座っちゃおうかしら」とウキウキしてくの字の〝角〟のとこのカウンターに酒座を決めた。
先に飲っていた先輩が、リザーブ焼酎を取って注いでいると「ちびちびじゃなく、もっといっぱい注いで」と女将さんのひとりが激励している。他に数人いる女将さんたちも、テキパキと店を回している。店の雰囲気と人からして、名店であろう気配がプンプンする。よし、アタシもいっぱい飲んじゃおう!
かくしてやってきたのが巨大瓶ビール……
もとい、大瓶である。表面に大汗をかいた麦汁をあますことなくグラスに注ぐ。
ぐびり……ぐびり……ぐびりぃぃぃぃ、ほよよぉぉぉぉう”まいですね! この〝まったく知らない土地〟で飲む酒というのは、なんだか特においしく感じる。きっとちょっぴり緊張していたのが、解れるのかもしれません。それじゃあ、お料理でも舌を解していただこうじゃないですか。
『岩のり大根サラダ』なんてものは、新潟どころかはじめてみた。てっきり、サラダというものは鮮やかな彩りという固定概念を一気に覆す、黒、黒、黒……! はたして、海苔と野菜が混じ合うものなのか?
合うっ! めっちゃ混じり合うじゃないか! シャカシャカの海苔はなんだかトロリとしていて、それが大根、水菜、トマトのフレッシュな歯触りとマッチする。旨いなぁ……食材同士のマッチングアプリがあったら、確実に結婚しているだろう。
続いて大好物の『鳥刺し』の登場だ。茹部分と生部分が約2:8の申し分ない割合。いつも思うが、これってかなり難しい技術だと思う。ワサビをトテリと擦り付けて……
うんまっ! 茹部分のサリサリした歯ざわりから、クンニリとした生部分の新鮮な食感。魚でもない、肉ともいえない、この独特な旨味がたまらないのである。
「ちりりんっ……」
と、突然頼りないベルの音。その正体は、厨房にあるピンクの電話からだった。懐かしいな……ここではピンクの電話が現役で、ひっきりなしに予約の電話が鳴っている。
「せっかく出たのに間違えました、だって、あはは」
笑い合う、ショートカットとポニーテールの女将さんのふたり。いいですねぇ……このマッタリとした時間。またすぐに電話がかかってくるのだろうから、その前に私の大好物となった新潟の料理をいただこう。
これこれ、『竜田揚げカレー味』ですよ! 新潟に来てからというもの、カレー味の半身揚げや唐揚げを何度もいただいたが、竜田揚げははじめてだ。そんなの、頼まないわけないじゃないですか。ザルに大振りの竜田揚げが4つ。香ばしいカレーの香りに、たまらず食らいつく。
「カジャパリッ」と、普通の唐揚げとは違う甲高い音が店内に響く。旨い! 竜田揚げなんでね、とにかく食感が気持ちいい。その乾いた食感の後には、これでもかというほどの肉汁が滴る。それがほんのりと効いたカレーの風味と相まって、極上のおいしさを醸し出すのだ。
これは、マジうめぇ。毎週月曜日に、自分ちのポストにこれをなんとか届けて欲しい。
「あっ、やったやった!」
まるで自分の家で観てるかのごとく、テレビの相撲中継に熱中する女将さんたちと大将。その様子がなんとも微笑ましく、きっとみんな仲良しなのだろうというのがすぐに分かる。時たま常連客に冗談を言いに来れば、私のような一見客にも優しく声をかけてくれる。ずーと、このよく知らない、新潟駅から外れた町酒場で飲み続けたい。
「ごちそうさまでした!」
名残惜しくも店を出て、改めて外観を見ていると……
「看板出し忘れちゃいました。ホントの姿はコレね」
と、店から出てきた大将が看板を灯す。確かに、酒場は明かりを灯してナンボ。最後まで、不思議な魅力の酒場だった。
〝新潟でいい酒場ある?〟と訊かれたら、今のところココを教えることにしている。
鳥仙(とりせん)
住所: | 新潟県新潟市西区小針上山13-3 |
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TEL: | 025-267-5710 |
営業時間: | 17:00 - 23:00 |
定休日: | 不定休 |