２０年前・・・

 

 

上京したばかりの僕は

とあるお笑い事務所の

ネタ見せ

で　

毎月　両国に来ていた

 

 

ネタ見せってなんぞや？

 

 

その名の通り

漫才やコントなどの

ネタを作って事務所の

大人達

に見せるのだ

 

大人達が気に入ってくれたら

ライブに出演できるという流れ

 

正直

ひと月のうちで

一番嫌いな日だった

 

 

ある日

ネタ見せ終わりに

ぷらぷらと

国技館裏を歩いていると

一軒の食堂が目に入った

 

財布に余裕はモチロンないが

ネタ見せをやりきった

ご褒美と称して

暖簾を押した

 

初めて来たのに

懐かしさを感じる店内の雰囲気に

とても癒された

 

疲れきった体に

冷たすぎないビールが

シュンでいく快感を

今でも覚えている

 

 

 

 

結果その店に入ったのは

その１回だけだったが

２年前

酒場ナビを始めたばかりの頃

 

あの食堂もう一度いきたい・・・

 

という思いが溢れ

いってみることにした

 

 

店は

閉まっていた

 

つぶれたのか・・・？

 

僕は店に電話をかけてみた

 

電話には

お母サマと思しき女性が出てくれた

 

「すいません　今日は営業してないんでしょうか・・・？」

「ごめんなさいねぇ　お父さんが体壊しちゃってね～」

「そうなんですか」

「今はお休みしてるんです～」

「そうですか」

「でも良くなったら　必ずまたやるんで～」

「わかりました　お大事にとお伝え下さいませ」

 

 

必ずやるんで

 

僕はその言葉を信じ

毎月のように

お母サマに電話をかけた

 

２年間

 

「まだお休みしてるんです～」

 

の　言葉しかもらえなかった

 

もしかしたら・・・

 

このまま・・・

 

という思いは強くなる

 

今年の夏

また同じ言葉をもらうんだろうな

という気持ちで電話をかけた

 

 

「やってますよ～」

 

 

次の日

僕は両国を訪れた

 

 

 

 

駅を出て

国技館を通り過ぎ

カドをちょいと曲がると

その店は見えてくる

 

 

 

 

あっ・・・

 

 

 

 

出た・・・

 

下総屋食堂

 

ココに暖簾がかかっているのを

２０年ぶりに拝めた・・・

 

あの時

僕を癒してくれた空間がそこにある・・・

 

２年間待ち続けたそれが・・・

 

 

 

 

ゴクリ……

 

緊張の面持ちで

僕は暖簾を押し

中へと入った

 

 

「・・・すいません」

 

 

ッ……!!

 

 

 

 

これだ……

 

 

 

 

これだよ……

 

 

 

 

 

これなんだァ――――ッ!!

 

 

この飴色の店内

規則正しく並ぶ褐色のテーブル

床のコンクリ

 

そう・・・

 

確実にあの時僕は

ここにいた

 

 

懐かしい・・・

 

 

座るでもなく

しばらく

山の頂上から景色を眺めるかのごたる

下総屋を舐め回した

 

 

 

 

「いらっしゃ～い」

 

 

あっ！！

電話の声だ！！

 

 

 

 

こんなに白髪やったかなぁ・・・

 

２０年前は黒髪だったような・・・

 

記憶違いか時の流れか・・・

 

まぁ　それもなんかいい・・・

 

 

「すいません　ビール下さい」

 

 

 

 

平日の午前中からの

ビールが染みる

 

あのネタ見せ終わりの時の

シュンでる感とは違うが

旨いことに変わりはない

 

 

 

 

壁のメニューを

左から右に見ていって

思い出した・・・

 

 

 

 

そうだっ！！

 

ここには

OHS

があったんだ！！

 

２０年前も

こっから

焼き魚を取った記憶がある

 

フィギュア達の上に

煌々と輝く

 

東京都指定民生食堂

 

の文字が美しい・・・

 

 

 

 

下の段に

煮物が並んでいるが

オススメかのように

上の段にいらっしゃる・・・

 

 

 

 

厚揚げ煮と

カマスの開きを頂戴してみる

 

 

 

 

魚も厚揚げも

優しい味付け

 

チビチビいきながら

今一度懐かしんでみる

 

 

 

 

２０年前は

魚とご飯を頼んだような気がする・・・

 

お母サマに

 

「ビール呑むんだったら　ご飯後にする～？」

 

と　聞かれた気がする・・・

 

「一緒でいいですー」

 

と　言って

魚とご飯が入った口に

ゴクゴクと

ビールを流し込んだ気がする・・・

 

 

 

あの日の

ネタ見せの結果は

 

 

思い出せないなぁ・・・

 

 

 

 

お母サマは

休憩中

 

もうちょっと呑みたいし・・・

 

話しかけるチャンスだ

 

 

「すいませーん」

「はいは～い」

「ビールもう１本と　玉子焼下さい」

「もう１本と卵焼きね～」

「お母サマ　ここ結構　休まれてましたよねぇ」

「そうなの　お父さんが病気でね～」

「再開なされたってことは　ご病気治られたんですか？」

「・・・亡くなりました」

「あっ・・・　そうだったんですね・・・」

「今は息子が手伝ってくれてねぇ」

「そうなんですね」

 

 

 

 

なんと

昭和７年創業という

下総屋食堂

 

お父様は２代目だったみたいだ

 

２０年前の

お父様の記憶はないが

おそらく僕は

お父様の焼かれた魚を

炊かれたご飯を食べたであろう・・・

 

 

なんか・・

 

 

誇らしい

 

 

 

 

ちょっと厨房を覗くと

三代目が

玉子焼を作られていた

 

 

美味しい

 

 

嬉しい

 

 

日本の陸上男子４００mリレー

ぐらいの

美しいバトンパスだ・・・

 

 

 

 

帰り際

お母サマにお礼を言った

 

「お店　再開して頂いて有難う御座います」

「息子のおかげだけどね～」

「嬉しいです」

「あとね～」

「はい」

「色んな人から　まだかー？　っていう電話が沢山あったのよ～」

「・・・」

「それ聞いてたら　頑張んなきゃねっ　と思ってね～」

 

 

 

僕もその１人です・・・

 

 

とは何故か恥ずかしくて言えず

 

「また来ます」

 

と　お母サマに告げ

店を後にした

 

 

 

 

皆様

民生食堂ご存知でしたら

教えて下さいませ