秩父「餃子菜苑」混ぜればおいしいツンデレ味
ツンデレ女将酒場の愉しみ方の心得
ひとつ、『ツン』を感じろ
ひとつ、『ツン』を拒まない
ひとつ、『デレ』を感じろ
ひとつ、『デレ』を求めない
大衆酒場ファンであれば、もちろんご存じであろう一節。古い酒場には相応の女将さんが付きもので、そのほとんどが気風のいい鉄火肌だ。時に圧倒されつつも、帰り際には優しく「またおいで」などと声を掛けられるという、所謂『ツンデレ』といわれる女将さんが居る酒場を『ツンデレ女将酒場』と、われわれ呑兵衛は敬意を持って呼ぶのだ。
ウィキペディアでツンデレと引くと〝ツンデレにはツインテールが多め〟などとあるが、ツンデレ酒場のお婆さん……いや、女将さんがツインテールであったことは今までにない。せいぜい、白髪のポニーテールといったところだが、そんなツンデレ女将を愉しみながら飲るのが私は大好きだ。「ゆっくり注文して!」「そんなもん置いてないよ!」……思い出せば切りがないツンデレ女将と思い出。面白いもので、この方々は日本全国、都会だろうが田舎だろうが必ずいらっしゃるのだ。
『西武秩父』
二十年近くぶりに訪れた埼玉県秩父。この長閑な町に、前回は当時付き合っていた彼女と遊びに来たはずだが今回は違う。もちろん、酒という恋人が目当てだ。
『秩父錦 酒づくりの森』
日帰り旅行はよくするのだが、その中のアクティビティとしてワイナリーや酒蔵へ立ち寄るのが好きで、今回は埼玉の銘酒『秩父錦』の酒蔵へと訪れた。
資料館を見学して物産館で買い物をしていると、蔵長がわざわざ出向いてくれて、酒蔵工場を案内してくださった。日本酒、ビール、ウイスキー、焼酎──どんな酒でも、店でただ買って飲むより、出来上がるまでの工程を知ってから飲む酒の方がウマく感じる。そうすると、早く酒が飲りたくなる。蔵長にお礼を言うと、急いでタクシーに乗り秩父の町へ戻った。
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朝から怪しかった天気も遂に崩れ、町に戻る頃には土砂降りになっていた。とにかくどこかへ入ろうと走ると、駅から少し歩いた横道にいい按配の暖簾を見つけたので、ちょいと覗いてみることにした。
『餃子菜苑』
町中華か……いや、どことなく大衆酒場や小割烹的な雰囲気もある。周りを見てもやっている店がなさそうだし、ここに入ってみるか。
カラカラカラ……
アルミ引き戸の乾いた音が鳴る。
おぉっ、なんだこれは!? 店の真ん中にはL字カウンターがあるのだが、その半分はおそらく後で改装したのだろう、小上がりと合体した状態となっていた。
こんな不思議な小上がりは初めて見た。このフリーダムな雰囲気、これは町中華でも大衆酒場でも小割烹でもない、〝人んち〟だ。是非とも、この〝人んち〟の小上がりに座って飲ってみたい。早速、カウンターの中にひとりで居る女将さんに訊いた。
「あの、ここいいですか?」
「……」
あれ……聞こえなかったか? もう一度言ってみるか。
「すんません、この小上がりでもいいですか?」
「……」
あっ!! もしかしてこの方、〝ツンデレ女将〟じゃないか!?
八十代くらいの小柄な女将さんからは、結局返答はなかった。この場合は〝ツンデレ〟であると断定していい。解りました女将さん。しっかりと、ご対応させていただきます……!
ひとつ、『ツン』を感じろ
さぁて、そうなると自分で感じて行動するのみ。ささっと自然な感じで小上がりへと着席した。女将はこちらを一瞥だけして、チャーシューの仕込みを続けた。ドキドキしてきたぞ……よし、次の一歩、酒を頼んでみよう。
卓上にあったメニューを見ると、酎ハイの文字があった。おっ、意外に酎ハイなんて置いているのか。おもむろに声を出して頼んだ。
「すんません、酎ハ……」
いや、待て!……何か早まっている気がするぞ。寸前で注文を止め、もう一度卓上を見ると──やはり、注文用の紙が置いてあった。あぶないあぶない、ここで声をだして注文していたら「紙に書いて!」と、どやされていたに違いない。私はニヤリほくそ笑むと、注文用紙にくっきり濃い字で〝酎ハイ × 1〟と書いて女将さんへ渡した。すると、
「焼酎がないのよ!」
「えっ!」
心臓がドキリと鳴るのが分かった。え、え、どういうことだ……? 私は何も間違った手順は踏んでいなかったはず……
「酒屋に電話しても出ないのよ!」
「えっ!」
どうやら、いつもの仕入れ先の酒屋が電話に出ないらしく、焼酎を切らしているとのことだ。ほっ、そういうことか。
「あー、全然全然! じゃあ、ビールでいいです!」
「ビール? 瓶ビールでいいのね」
「ハイッ!!」
『瓶ビール』
最初の酒にたどり着くまでに、ここまでかかったのは初めてだ。これは手強そうだ。女将さんから瓶ビールを〝小上がりカウンター〟から受取り、もちろんグラスは自分でグラス受けから取り出した。緊張していたのか、カラカラの喉にビールが沁みる。
ひとつ、『ツン』を拒まない
キュー……ンまい。いや、悠長に飲んでいる場合ではない。次は料理を注文用紙に書いてお渡ししなければいけない。急いで料理を選び、注文用紙を提出した。
「女将さん、これお願いします!」
「……」
『焼き餃子』
まずは文字通り看板メニューの餃子を頂く。女将さんの小さな手に合う小ぶりサイズ。焼きたての熱気が立ち上がるところをひと口──ゥんめぇ! カリリとした皮の中には、丹念に捏ねられた餡が肉々しく、ニラとニンニクがたっぷり効いる。さすが〝人んち〟だけに、家庭的な味わいが懐かしくてうれしい。
『肉野菜炒め』
豚肉、キャベツ、長ネギだけのシンプル炒め。調理中をこっそりと見ていたが、あの小さな体からは想像もつかない鍋捌きだった。ガスのノブを捻り、チャッカマンでカチッ、ボッ。中華お玉で中華鍋に油をバシャ、豚肉をパッ、ジュワァ!! 野菜をシャッと入れてガンガン鍋を振り回すと、皿にポン。完全にプロフェッショナルだ。そんな肉野菜炒めが、おいしくないわけがない。
『ジャージャー麵』
手際よく最後に出されたのは、辛味がプヮンと感じる香りが堪らないジャージャー麵。このボリュームで、なんとたったの400円だから驚きだ。さて味はと、箸を入れようとしたが熱そうなので取り皿を女将さんにお願いした。だが……
「肉野菜の空いてるとこ使って!」
「えっ!」
半分まで食べ終えた肉野菜炒めの皿の、空いている場所を使って食べなさいと喝破される。これには流石に驚いたが、続きがあった。
「他の味と混ざっておいしいから!」
逆にここでは他の料理と〝混ぜる〟ことが正だという。もっと訊けば、常連客もそうやって混ぜたり、それに醤油やラー油を足したりして愉しんでいるとのことだ。いいですねぇ、それこそ大衆の味というものだ。そういえば、カウンターと小上がりを混ぜたりと、ここは混ぜるのがとにかく好きなようだ。私も迷わず〝ジャージャー肉野菜炒め〟を完成させ、頂くことにした。
「お婆ちゃんひとりでやってるからね。そうしてくれると、洗い物も少なくなるのよ」
「なるほどねぇ」
ひとつ、『デレ』を感じろ
全部を平らげると私は皿をお盆に乗せ、テーブルを布巾で拭いた。必然的にお手伝いをしないといけない雰囲気なのが〝ツンデレ女将〟がいる酒場なのだ。
「やっと電話繋がったよ」
「あ、酒屋さんですか?」
お盆を小上がりカウンターの上に乗せると、女将さんが受話器を耳にあてながら言った。酒屋への注文の言い方は、やはりぶっきらぼうだが、電話が終わると私に、
「瓶ビール、二本も飲ませちゃって悪かったね」
と、酎ハイの代わり追加した瓶ビールのことに気を使ってくれたのだ。私が恐縮すると同時に、「でも、混ぜたらおいしかったでしょう?」と、遂に相好を崩す女将さん。
ツンデレ女将の居る酒場の心得、最後のひとつ。
『デレ』を求めない
そうすると不思議なもので、帰る時に女将さんから、
「ありがとうね、またおいで~」
と、こうなるわけだ。
うふふ、これですよ。
やはりツンデレ女将酒場は、最後にこぼれてしまう〝デレ〟が楽しいのだ。
餃子菜苑(ぎょうざさいえん)
住所: | 埼玉県秩父市東町24-5 |
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TEL: | 0494-22-3008 |
営業時間: | [平日] 12:00~14:00 17:00~22:00 [土・日・祝日] 17:00~22:00 |
定休日: | 火曜日 |