東の人間が西の名店「居酒屋とよ」に行ってみるということ
酒場ナビメンバーのイカから、「あの酒場の記事はお前が書け」と言われている酒場が何軒かある。大概は関西地方なのだが、その理由として〝東北人目線の方が、関西が面白くなる〟ということだった。私が秋田出身で、イカが神戸出身。確かにその逆で、イカが東北に来て、東北人とやりとりしているのを想像すると面白い。
仮に、イカが秋田の酒場に訪れたとしよう。
「あんちゃ、どごがら来たすが?」
「えっ、なんて?」
「んだがら、どっがら来たんだす?」
「ああ、東京ですねん」
「ばしこげよー、東京がそったお笑い芸人みでったしゃべりさなべや?」
「あの……ちょっと、待っててもらえまっか?」
トゥルル……トゥルル……プツッ(スマホが繋がる音)
『はい?』
「すまん味論、ちょっと通訳してくれへん?」
オモロッ!! 是非とも、イカとカリスマジュンヤとで秋田へ飲みに行って欲しいものだ。
閑話休題、東北人の私にとっての行かなくてはいけない酒場のひとつが、大阪の京橋にあるそうな。イカ曰く、その酒場は西成の『やまき』みたいなもので、もはや関西人からすれば有名過ぎて〝観光酒場〟となっているらしい。だからこそ〝純粋な気持ち〟でその酒場へ行って欲しいとの仰せ。
新コロもある程度落ち着き、友人ら数名と関西旅行に行くことになったところで、機は熟した。いよいよその酒場へ行く日が来たのだ。
相変わらず関西の電車は、JRと私鉄のややこしさに困惑する。東京にも『京橋』という名前の古い駅があるが、こっちは思っていたより新しくてきれいな駅だ……と思っていると、
おほっ……ほんの少し駅から歩くと、大衆感たっぷりの町並みが待っていた。そこからさらに進むこと数分……
で、で、出たぁぁぁぁっ!! 大阪の超有名酒場『とよ』である。ここがそうか……ずっと存在は知っていたが、Netflixの『ストリート・グルメを求めて』を観てから、いつかは行きたいと思った酒場に、ついに来ることが出来たのだ。
「兄ちゃんたち、ここから並んどき」
「あ、はい!」
二人組のオジサン客に教えてもらい、客の列の最後尾に着いた。さすがは人気店、開店三十分前だというのに結構並んでいる。酒場で並ぶのは大嫌いだが、ここはある意味、ディズニーランドだと思って……
えっ、ちょっと待って……
店の隣が墓場だとッ!? 酒場のとなりが墓場って、なんてややこしい……いや、なんちゅうロケーションだ。〝近くに〟ではなく〝真横に〟ってのが凄い。おそらく日本全国を探しても、ここだけだろう。
「空いている席からどうぞー」
口開けとなり、遂にその全貌を現した『居酒屋とよ』。居酒屋というか、まるで大きな屋台だ。こじんまりとした調理場と、10卓ほどある立ち飲みテーブルは、半分が路上に出ているという豪快さ。ざわざわと客がテーブルにつき、あっという間に満席となった。
席は埋まったが、数人の若いスタッフが甲斐甲斐しく作業を始めるだけで、なんとなくどうしていいか分からない雰囲気。アレだ、アレに近い。小さな劇場の芝居で、座る席を探す時のせわしなさに似ている。もしかすると〝独自ルール〟とかあって、面倒な感じだったりして……と、思った瞬間──
「は──い、ど──も──!!」
静寂は、突然打ち砕かれた……! デケェ……半端じゃないデケェ声だ。その大声の主こそ、ここの大将〝筑元豊次さん〟だった。このオッチャンがうわさの名物大将か……芸能人を見た気分だ。
「今日のマグロな、インドから直輸入や!!」
「でも全部トロの部分やから、みんな頼んでや!!」
大声が墓石に反響する。グイグイと一気に客の意識を鷲摑みにして逃さない。関西人が東の人間によく言われる〝漫才みたい〟という、イメージ通りの大阪に酒場は包まれた。やっと〝上方に来たなぁ〟と、実感が湧いてきた……とにかく、まずは酒とそのオススメをいただこう。
ステンレスのテーブルには、633が一番似合う。墓場の横で飲るのは少々気が引けるが、ここは無礼をして……
ツイッ……とよッ……ツイッ……、アホほどンまいっ!! 酒場の神様、隣の仏様方、ありがとうございます。この一杯を皮切りに、怒涛の極上肴ラッシュが始まった。
まず、はじめに運ばれてきた『カニと貝の酢の物』に驚いた。ネギの盛り方が尋常ではない、ほぼ〝ネギの小鉢〟といっていい量だ。
そのネギの下には、本物のカニの身がたっぷりと敷き詰められている。いやらしくなく効いた酢と、いつもは主役のホタテも、今回ばかりは脇役に追いやられるが、それらと九条ネギとの相性が抜群にいい。
一緒に届いた『赤貝刺身』の美しきかな。文字通り、赤々とした身はパツンパツンと肉厚で、見るからにウマいものだと解る。
ひと噛みプリン、ふた噛みブリュンと、その弾力から繰り広げられる破壊的な旨味。見た目はプレデターなのに、なんでこんなに美味なのか。お通し……いや、関西で言う〝突き出し〟として最高のスタートだ。
「は──い、よろしくぅ!!」
「お願いしまぁ──す!!」
注文が入るたびに、厨房の大将の声が唸りを上げる。体がビリつく……彼の声は、脳神経に直接作用するんじゃないだろうか。
続いてその大将が勧める『マグロ』の登場だ。これは凄い、こんな武骨で山盛りのマグロなんて見たことがない。鉈でバツンバツン!と切りつけたが如く、自立しそうな程の極厚な切り身は、見ているだけで快感だ。
割り箸が折れるほど、重い切り身に喰らいつく。モリッモリッと、およそ刺身としての表現とはかけ離れた食い応え。赤身はネットリとした重厚な味で、トロはハチミツのように滋味深く甘い。これ、東京で食うならいくらかかるんだろうか……?
そして、この店で必食である『ウニとイクラ』のお出ましか……と思いきや、赤潮の影響で、ウニの仕入れが無く、今回はイクラのみとのこと。まぁこればっかりは仕方がないが、その分、イクラの量は強めらしいのだが……
強すぎるッ!! 子猫だったら寝れそうなイクラのベッドだ。マグロに然り、一度にこんな量のイクラを見たのは初めてだ。
その一粒一粒が宝石のように輝いて、食べるのが惜しいほどだ。土台が〝巻き寿司〟っていうのもすばらしい。その土台ごと、口に届くまでイクラが零れないよう、一気に口へ挿れる……うめぇなぁぁぁぁっ!! プチパチと弾ける食感と、塩っぱくも甘くもない、ちょうどいい塩気のイクラがお見事としかいいようがない──
ゴォォォォオォォォォッ!!
突然、轟音が響いた。何事かと調理場に目をやると、そこには溶接工で使うような巨大ガスバーナーを振り回している大将の姿があった。
ブァァァァッ、ゴァァァァッ!!
うわっ、燃える燃える!! 屋根まで届きそうな特大の炎が、まるでマジックショーの様だ。
「お兄ちゃん、もっと近くで見てや!」
と、大将に催促されるが、既にとんでもない熱さだ。「大将、熱くないんですか?」と訊くと、
「心頭滅却すれば、火はやっぱり熱い!! ガハハッ!!」
と、余裕の返事。こればかりは、関西人というかこのオジサンが凄い。よく考えたら、これが墓場の横というのも色々凄い。さらに近くまで寄り、「大将、こっちに笑顔ください!」と写真をお願いすると、爆炎と共に大将は大声で言った。
「あい・うぃる・びー・まい・べすとっ!!」
……おそらく〝I will do my best〟のことで『ターミネーター2』の名言とゴッチャになっているのかもしれないが、もはや本来の〝頑張ります!〟という意味は、大将の方が正しいのである。そんな大将の「びー・まい・べすとっ!!」な料理が、遂に仕上がった。
またしても特盛りネギを纏い現れたのが『マグロの頬肉の炙り』だ。焦げた醤油の香りがもうね、単純に、とにかく、単純にウマそうでしかない。
結局マグロは〝肉〟なのだが、このマグロの炙りは完全にそうだとしか言いようがない。こんがりとした焦げ目、したたり脂。口に含んだ瞬間、香ばしい香りと共に、濃厚な旨味が口中を駆け巡り、おいしさのあまり、私の頬まで落ちてしましそうだ。
これは本当にウマい。まさに大将の情熱がこもった〝炎の逸品〟である。
「お兄ちゃんたち、東京の人やろ?」
しばらくして店が落ち着き始めると、大将が席にやってきて言った。
「なんで分かったんです!?」
「東京の人は品があるんや、ガハハッ!!」
周りの客は関西弁だらけだったので、「アハハ……」と濁すしかなかったが、やっぱりこのノリが関西っぽい。
「あんな火力で、火傷しないんですか?」
「大丈夫や、見てみ!」
見せてくれた手は火傷がどうより、色も形もなんだか『E.T.』の手を思い出した。しかし、こんなにまじまじと〝職人の手〟を見せてもらったのは初めてだ。正直、心にグッと込み上げるものがあった。
「一緒に写真と……」と言いかけた途中で、大将は隣のテーブルに行ってしまった。タイミングを逃したか……と思ったが、横に居た店員のお兄さんが、
「大丈夫です。お客さんのとこ一周したら、また戻って来ますわ」
鮭みたいな大将だ……おもしろいなぁ大将、おもしろいなぁ居酒屋とよ。ここが酒場という不思議──なんだか、幻みたいな時間だ。
東北で育ち、東京に出て二十数年。周りにはメンバーを含めた関西人の知人が多いが、そこと現地の関西人とはまったく違う。こんな酒場、東北や関東にはまずないだろう……いや、世界にもないかもしれない。この歳、しかも同じ日本に居ながらにして、未だに〝カルチャーショック〟ということがあることがうれしいと感じたひと時であった。
「戻ってきたでぇ! 写真? ええよ!」
ほんとに、戻ってきた。
とよ(とよ)
住所: | 大阪府大阪市都島区東野田町3-2-26 |
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TEL: | 06-6882-5768 |
営業時間: | [火・水・金]13:00〜19:00[土]12:00〜19:00 |
定休日: | 日・月・木・祝日 |