【あの名店】本店と支店くらべてみたら 吉祥寺「いせや」の立石支店
「えっ、SLAM DUNKの映画が!?」
昨年の12月に公開され、今なお大絶賛放映中の映画『THE FIRST SLAM DUNK』。約25年ぶりの復活ということで、発表された時に驚喜した三、四十代のファンは多いだろう。私などドストライクの年代で、このアニメの影響でバスケ部の入部が殺到し、さらには学校の靴箱にバスケットシューズが大量に並ぶという、社会現象まで巻き起こしたのが懐かしい。
知っているようなことを言っているが、私はこの映画を観ていない。観ていないどころか、原作の漫画すら読んだことがない。そもそも、バスケ大国の秋田出身だというのに、バスケのルールだって分からない……だから、羨ましかったのだ。私の同年代のオジサンとオバサンらが〝狂喜〟しているのに、その嬉しさというのが共感できなかったのである。彼らが結婚して幸せな人生を送っていくことには何も感じないのに、こればかりは〝取り残された〟気分だった。
果たして、私も同じように「えっ、〇〇の〇〇が!?」などと〝狂喜〟など、することがあるだろうか……? 例えば最近あった出来事なら「えっ、吉岡里帆の水着グラビアが!?」など……嬉しいは嬉しいが、狂喜するほどではない。
そんな狂喜に乏しい私だったが、最近になって心から狂喜アンド乱舞した出来事があった。それは東京の酒場のメッカ『立石』での出来事だった。
「えっ、立石に〝いせや〟が!?」
久しぶりの立石を散策中、人目もはばからず声を上げた。だって、あの吉祥寺の名店『いせや』と同じ赤提灯が目に飛び込んできたのだ。そりゃメッカに〝いせや〟と書かれた提灯があったら、誰だって狂喜するだろう。
ただ、思いっきり普通のマンションの一階部にあるのがなぁ……まぁ、本店も建て替えでマンションの一階部になったのだが、本店のように立ち飲みは出来ないようだ。よく見たら隣は美容室だし、ぱっと見で〝吉祥寺直系〟的な謳い文句も見当たらない。
ひょっとして……違う〝いせや〟なんじゃないか? よく考えたら、武蔵野市の酒場をまったく正反対の葛飾区に作るだろうか? なんにせよ『いせや』フリークとして、早く中へ入って確認しなければならない。
「いらっしゃーい」
おぉ……四角に広いきれいな店内は、左右に小上がりとテーブル席、真ん中に対面式のカウンターが一本。ちょっと変わった作りだが、これと言って〝いせや感〟はあまり感じないが……むむっ!
デカめの短冊メニューには、カシラ、ナンコツ、ハツ、タンのラインナップ、値段も一本90円だ。うーむ、これはいよいよ『いせや』っぽいぞ。落ち着け私、酒を飲んで詳しく検証しよう。
おぉ?……うん、なんかテーブルに『赤星』を置いてみたら、ちょっとだけ〝いせや感〟が出る不思議。
とととと……ぐびりっ……いせっ……、ダハッ!赤星は本店だろうが支店だろうがウマいっ!! ただ、酒だけではまったく答えが出ない。本当に『いせや』だったら、あの〝定番料理〟を試してみるしかない。
はい出た、『煮込み』である。『いせや』の煮込みといったら〝ザ・東京の煮込み〟といった具合で、目をつぶって食べても解るほど特徴的。黒が強めのスープに、モツ、ダイコン、ニンジンにネギをパラリ。見た目はまさしく『いせや』の煮込みだが……
ちなみに、こちらは吉祥寺〝公園店〟の煮込み。全体的な色味がかなり近い。
おぉ、これはかなり〝いせや味〟に近い。野菜はジュクジュクにスープを吸い、モツもちょうどいい弾力でおいしい。だが、まだまだ決定打に欠ける……そうだ、『生野菜』はあるだろうか。本店のはマヨネーズがダビダビにかかったパンチのある大盛りサラダだ。
えーっと、生野菜は……あら? 生野菜の文字が見当たらない。うーむ、生野菜がないとなると……おや?
代わりに『エッグポテトサラダ』なるものを頼んでみた。カラフルな皿に、ゆで卵とマカロニが混ざったポテトサラダだ。
本店の生野菜とは違い、200円でちょうどいいサイズ感で味もイケる。これはこれで良いのがだが……ちょっと『いせや』からは離れた気がする。そうだ、『手作りシュウマイ』も試さないとな。
──この何気ない注文が、さらにややこしいことに。
いやいやいやいや!
これは完全に、まったく『いせや』のシュウマイとは違う!
だって、これが本店のシュウマイだよ? およそ系列店とは思えぬビジュアルの差だ。
三粒というのは一緒だが、本店のものは一粒がもっと巨大で、皮もヒダヒダが特徴的。立石のは、小ぶりでツルツルのシンプルな形だが……
うんめぇぇぇぇ! 肉のムッチリ感が半端じゃない。噛み締めるとプリモチッ、瞬時にジュワリとした肉汁が弾けるようだ。本店のものとは別物だが、これはひとつのシュウマイとして、かなりレベルが高いものだ。
ウマくて、安くて、居心地も好い。あぁ……この立石という地でかなり良い酒場だが、残念ながら吉祥寺の『いせや』とは関係なかったようだ。〝早とちり狂喜〟だったと知ると、なんだか恥ずかしくなってきた。
会計をお願いしようと……あっ、『やきとん』のことをド忘れしていたことに気づいた。でもまぁ、念のため……一応最後に確認しておきますか。
「はい、カシラとレバです」
うーん、ここにきて謎の〝貝殻皿〟ときましたか。間違いなく本店とは違……いや、今更そんなことは置いておこう。ここは支店でも『いせや』でもないのだから。では、カシラをひと口……
……ん?
あれ?
次はレバをひと口……
……い、
いぃぃぃぃ『いせや』じゃん!! これは完全にただの『いせや』じゃ──ん!!
焼き具合、パンチのある肉感、そして何よりタレがね……もう、どう味わっても本店と変わらない、あのタレの味なのだ。
こちらがその本店のやきとんだが……一瞬、ここが吉祥寺かと錯覚するほど近い味だった。
これだよ、これ。上京して初めて味わったやきとんの味。店先で大量に焼き上げる煙に誘われて思わず買ってしまう。そこから井の頭公園のベンチに行って、コンビニの缶酎ハイで一杯がお決まり。そうそう、建て替え前の『公園店』にだって何度訪れたことか。二階席に上る、あの異常な角度の階段、明らかに傾いている座敷。友人、恋人、家族……いったい『いせや』でどれだけの人々と飲ったのか計り知れない。
はじめからからそうすればよかったのが、大将に聞いてみると、過去にしっかりと吉祥寺で修行経験があったのだ。
「シュウマイ、おいしいでしょ?」
という大将に、私は「おいしいです!」と即答した。吉祥寺の〝いせやイズム〟は、東に遠く離れた立石の支店として、変化を入れながらも間違いなく受け継がれていたのだ。
本店と支店をくらべて愉しむ──前述した『SLAM DUNK』で例えるなら、昔の作品と新しい作品をくらべるのと近い気がする。本当ファンだからこそ愉しめるこんな飲り方は、今後私の〝狂喜〟のひとつになることは間違いないのだ。
いせや総本店 立石支店(いせやそうほんてん たていししてん)
住所: | 東京都葛飾区立石8-6-1 |
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TEL: | 03-5670-8370 |
営業時間: | [火~金]16:00~22:00[土日祭日]15:00~21:00 |
定休日: | 月木 |